第9話 チンピラ勇者は奴隷ちゃんに理由を話す
「というわけでエルフに声を掛けてくれって、頼んで来た」
「なるほど」
アレクサンダーからの報告を聞いたテレジアは小さくうなずいた。
「それで手応えはどうでしたか?」
「ん……まあ、悪くはない感じだな。実際にエルフが来てくれるかどうかはともかくとして」
『考える』ということは、つまりアレクサンダーに協力するということが選択肢の一つに入っているということ。
それだけでも十分に大きな収穫と言えるだろう。
もっとも、呼びかけに応じてエルフが来てくれるかというと……
「エルフは排他的な種族ですからね。世界樹を切り倒され、離散してからは尚更」
「連中は信用していないからな、人族を」
アレクサンダーは肩を竦めた。
帝国でも都市国家同盟でも、エルフたちは未だに『同化』されていない。
都市文明を嫌い、森林での伝統的な狩猟採集の生活を送っている。
無論、徐々に『都市』に圧迫され、住処を追われているが。
「自然は豊かだし、住み心地は良いと思うのだが……」
「エルフは面倒です、やめた方が良いですよ。神聖教の教えも、まともに聞きませんからね」
テレジアは異教徒や異端者には比較的融和的であるが……
それでも(一応)敬虔な神聖教徒。
民族宗教を頑なに守り続け、人族と敵対するエルフに対する評価は辛辣だ。
「いや、でもエルフの使う魔法は独特で面白いよ。僕としては研究したいし、来て貰っても良いと思うけど? 何より、エルフの作る薬は効果が高くて、高値で売れるしね」
宗教や文化、民族というものにさほど拘りがないリリアナは楽しそうに言った。
それからアレクサンダーに尋ねる。
「ところで勇者はどうしてエルフに来て欲しいのさ。ただ人口を増やしたいから? それともエルフの魔法や薬に興味があるの?」
「まあ、薬に興味があるってのは理由の一つだな。外貨獲得の手段の一つとして利用したい」
迷宮には多種多様な薬草が生えている。
エルフを森に住まわせて、薬を作らせ、それを産業にする。
エルフとて、狩猟採集だけで生活をしているわけではない。
エルフにとって、材木や薬を農耕民に売ることは非常に重要だ。
鉄製品や穀物など、森の恵みだけでは得られないものを手に入れるには交易は必要不可欠。
彼らの生活は結局のところ、人族の農耕民に依存している。
もっとも、だからこそ商業取引を巡って、争いが起こるのだが。
「でも……もっと大きな理由もあるけどな」
「へぇ……それは何だい?」
「エルフ耳の美少女って、可愛いじゃん?」
「だと思ったよ」
リリアナは呆れ顔で言った。
実は勇者はエルフだけは、抱いたことがない。
エルフを迷宮に呼び、住まわせれば口説き落とすチャンスが増える。
そういう下半身の欲求が動機の大部分を占めていた。
「そんな邪な欲望を抱いてたら、エルフも近づかないよ。彼ら、そういうのに敏感だし」
「邪とは失礼だな。生殖欲求は生物として、当たり前の欲求だろ?」
「色欲は罪ですよ、勇者」
「テレジア、お前にだけはそれを言われたくない」
そんなやり取りをしている三人に対し、遠慮がちにメアが声を掛けた。
「あの、勇者様」
「うん? どうした」
「あの……勇者様は、あの時、私に一対一でエルミアナさんとお話するようにおっしゃられたんですよね?」
メアが尋ねると、アレクサンダーは頷いた。
「ああ、そうだ。ちゃんと、読み取ってくれたか?」
「はい……でも、その、何を話せば良かったんですか?」
何かを話せ。
と言っていることは分かったが、何を話せば良かったかは分からなかった。
メア自身も自分の話したことが、アレクサンダーの意図した通りのことだったかは分からない。
「お前は何を言ったんだ?」
逆にアレクサンダーは尋ねた。
「えっと……私の身の上と、勇者様が悪い人だってことと、女好きだから助けてって言えば助けてくれる……ということを話しました」
メアが正直に言うと、アレクサンダーは「なるほど」と頷く。
「……それで、正解でしたか?」
「元々正解なんぞ無いぞ」
「え?」
「だって、俺がお前に指示して言わせたら、それは俺の言葉になるだろ? お前が思った通りのことを、言ってくれれば良かった。それで問題ない」
メアは首を傾げた。
メアにはアレクサンダーの意図が全く分からなかった。
「……どういうことですか?」
「あいつが服従の首輪をつけていることは、分かったか?」
「ええ……まあ」
「どう感じた? どう思った? 何か気付いたか?」
メアは腕を組んで考える。
「えっと……無理矢理従わされているというような感じは、なかったです。というか、何も命じられていないような気がしました」
「まあ、そうだろうな」
冒険者ギルド長は話すこともできない。
視線で意図を伝えることすらもできない。
加えて呆けてしまっているようにも見える。
そんな状態で具体的な指示など、出せるはずもない。
服従の首輪は、指示を出さなければ効果が発揮されないのだ。
「でも……何というか、好きでやっているわけではない、という感じはしました」
「なるほど……そっちか」
「そっち、とは?」
メアが尋ねた。
「あいつが冒険者ギルドを支配しているのは自明だ。世間からはあいつが冒険者ギルド長を操っているとみなされている。今の冒険者ギルド長はあんなんだが、昔はギルド内部で絶大な権力を握っていた。そして今でも影響力がある。だから『冒険者ギルド長に絶対服従の存在であるはずの』奴隷に、『冒険者ギルド長のご意思だ』と言われれば、逆らえんのさ」
服従の首輪はそうそう出回るものではない。
一般的には『奴隷を絶対服従させるアイテム』程度しか知られていないのだ。
つまり何らかの念話か、テレパシーのような手段で主人から命令を受けていると言われてしまえば、それを嘘だと証明することは難しい。
「冒険者ギルドに巣食う女狐とか、女帝とか、売婦とか、そんな評価だな。権力に物を言わせて贅沢三昧な生活をしているとか、何とか。ただ……あいつが実際に何か、具体的に贅沢品を買ったという話は聞かないんだよな。イケメンの愛人を侍らせてるとか、そう言う話も聞かない。これはおかしくないか?」
「……何もかもが勇者様の基準に当てはまるとは限らないんじゃないですか?」
贅沢品や芸術品、そして女好きのアレクサンダーからすれば権力を握っているのに、贅沢をしないというのは不可思議かもしれないが……
清貧な権力者など、この世に大勢いる。
「じゃあ、何であの女は権力を握っているんだ?」
「えっと……冒険者ギルドを良くしたいから、とか?」
衰退している冒険者ギルド。
それを立て直すために奔走しているのでは? とメアは言った。
「だとしたら、もっと好かれててもおかしくない。というか……動機がないぞ」
「動機?」
「最後の世界樹が切り倒されたのも、エルミアナ王女が奴隷に堕ちたのも、冒険者ギルドが関わっているからな。恨みはあれど、恩はない」
エルフであるエルミアナが、冒険者ギルドのために身を粉にして働く理由はない。
そして必死に働いている様子も見られない。
「じゃあ……冒険者ギルド長に恩がある、というのはどうですか? ほら、私も勇者様に助けてもらいましたし」
「世界樹が切り倒された時の冒険者ギルド長は、今の冒険者ギルド長だからそれはない。まあ……憎しみが愛情に変わるってことが、ないわけでもないが」
しかし可能性としては低い。
「じゃあ、逆に冒険者ギルドを滅茶苦茶にしようとしているとか?」
「いや……俺から見ると、そうとも見えないんだよな。そこそこ真面目に仕事をしているように見える。今回だって、冒険者ギルドの利権を守るために動いたわけだし」
「じゃあ、何なんですか?」
「だから、お前が結論を出してくれただろ」
つまり、好きでやっているわけではない。
「……冒険者ギルド長が呆ける前に、エルミアナさんに冒険者ギルドを運営するように命令していた、とか?」
「それも可能性の一つとしてあり得るな」
アレクサンダーは頷いた。
「まあ、俺としては……同じ服従の首輪をつけられた者同士、分かるものがあるんじゃないかと、思ったわけだ」
「そう、ですか。まあ、お役に立てたのであれば、何よりです」
メアは嬉しそうに笑った。
すると先程から黙って話を聞いていたテレジアとリリアナが尋ねる。
「それで、勇者。あなたは冒険者ギルドの女狐の事情を知って、どうしたいのですか?」
「あの売婦は確かに女帝だけど、それは冒険者ギルド内部での話。君が気に留める必要はないと思うけどね」
するとアレクサンダーは答えた。
「いや、だって可愛いじゃん? 可愛い女の子の身の上は気になるじゃん? 情報を征する者が、戦争も恋愛も征するのだよ」
要するにエルミアナが『美少女だから』という理由だった。
テレジアとリリアナ、メアは呆れ顔を浮かべた。
「「「だと思った」」」