第8話 チンピラ勇者の奴隷ちゃんはエルフの奴隷ちゃんに自分の話をする
アレクサンダーと冒険者ギルド長……というよりもエルミアナとの会談はつつがなく進んだ。
概要は親書に書かれてあった通り、「名前だけの冒険者ギルドへの会員登録」と「魔物の素材の流通に関して」である。
前者に関してはアレクサンダーには特にデメリットはなく、後者に関しても死に体の冒険者ギルドからさらに利権を奪おうという気はあまりなかった。
「では、こちらからの要望は受け入れてくださるということでよろしいですね? ……と、冒険者ギルド長はおっしゃっています」
「ああ、構わない」
「嬉しい限りです……と、冒険者ギルド長はおっしゃっています」
あくまでギルド長が言っている。
という体を崩さないエルミアナ。
(……これはどういうことなんだろう?)
メアは内心で首を傾げた。
この冒険者ギルドの実質的な権力者がエルミアナであることは明白だ。
しかしなぜ『奴隷』であるエルミアナが権力を掌握しているのか、そしてなぜ自明の事実に見えるそれを否定するような体で話しているのか。
メアには見当もつかなかった。
「さて、そちらの要望は飲んだんだ。代わりにこちらの要望も聞いて貰いたいね」
「……聞いて貰いたい、ですか?」
「ああ、無理に頼まない」
メアそっちのけで、アレクサンダーとエルミアナの会談は進んでいた。
「……何でしょうか? 冒険者ギルドにできることであれば、ご協力しましょう。……と、冒険者ギルド長はおっしゃっています」
エルミアナの目的はアレクサンダーとの、迷宮王国との間に境界線を引くことだった。
どこからどこまでが迷宮王国の、または冒険者ギルドの利権なのか。
それを確定することによって迷宮王国との無用な争いを避ける。
可能であれば友好関係を築きたい。
そのためこちら側の要望の殆どを飲んでくれたアレクサンダーからの要望を無下にすることはできない。
無論、その内容にもよるのだが。
「冒険者ギルド、というよりは俺はエルミアナ殿に頼みたいのだがね」
「私に……ごほん、奴隷のエルミアナにですか?……と、冒険者ギルド長はおっしゃっています」
困惑した表情を見せるエルミアナ。
アレクサンダーはゆっくりと目を細めた。
「その通りだ」
「……そうですか。ですが、エルミアナは冒険者ギルド長である私の奴隷。一度私に話を通してからにしていただきたい。……と、冒険者ギルド長はおっしゃっています」
あくまで冒険者ギルド長の代弁。
という体を崩すつもりはない様子のエルミアナ。
アレクサンダーは気にせず、話を続ける。
「知っての通り、我々迷宮王国は移民を受け入れているのだが……」
「はい、存じております」
「エルフに連絡をつけることはできないか、と思っていてね」
その瞬間、エルミアナの長い耳が動揺で揺れた。
ピクピクと可愛らしい動きを見せる。
「……エルフに、ですか」
エルミアナの目が泳ぐ、
アレクサンダーの意図を図りかねている様子だ。
「ああ……知っての通り、王国にあった最後の世界樹が燃やされてから、すでに五十年が経過し、エルフは散り散りになっている」
「……」
「多くのエルフは王国や帝国、そして都市国家同盟で迫害にあったり、もしくは……」
アレクサンダーはじっとエルミアナを見つめて言った。
「奴隷にされたりしてしまったわけだが」
「……」
エルミアナは何も語らない。
しかしアレクサンダーは止まらない。
「何か、伝手はありませんか? エルミアナ王女」
エルミアナは何も答えなかった。
そこでアレクサンダーは立ち上がった。
「少し雉を撃ちに行きたいので、少しの間だけ失礼する。……メア、お前は俺が戻ってくるまで『ここにいろ』」
その瞬間、メアは自分の首輪の効力が働いたことに気付いた。
アレクサンダーが『ここにいろ』という命令をメアに出したのだ。
アレクサンダーは基本的に服従の首輪を使用しない。
いつもなら「ここにいろ」と口にすることはあっても、『ここにいろ』と命令をすることはない。
つまり、だ。
敢えて『ここにいろ』という命令を出したことには理由がある。
メアはアレクサンダーが立ち去り、エルミアナとボケ老人の三人だけになった部屋で一人考える。
アレクサンダーは席を外した。
つまりアレクサンダーがいる場ではできないことを、メアにさせようとしている。
そしてタイミングも重要だった。
エルフの奴隷の少女が、エルミアナ王女であると口にした、より正確にはメアに伝えてからアレクサンダーは席を外したのだ。
「あの……エルミアナ、さん?」
「何でしょうか? えっと……アレクサンダー様の奴隷という認識で問題ありませんか?」
メアは頷いた。
それからエルミアナにも尋ねる。
「……冒険者ギルド長さんの、奴隷、ですよね?」
「そうですね」
「そして元王女様」
「……昔の話ですね」
部屋の中は静まり返っていた。
聞こえるのはボケ老人の寝息だけだ。
「その首についているのは、『服従の首輪』ですか?」
「……だから何でしょうか?」
「私も『服従の首輪』をつけているので。もっとも……これは先代魔王につけられたものですが」
そう言ってからメアは自分の身の上を語った。
自分が先代魔王の娘であること。
服従の首輪をつけられ、理不尽な命令を受けたり、辱めを受けることもあったこと。
魔王を悪趣味な命令で、解放されることなく、所有権がアレクサンダーに移ったこと。
そして……今はアレクサンダーから『命令』されることは殆どなく、幸せに暮らすことができていること。
「……それが何ですか?」
エルミアナが不審そうにメアに言った。
しかし……そう言われても、メアは困ってしまう。
なぜ、自分が自分の身の上を語ったのか、メアには分からなかった。
「そう、ですね……なぜ、私がこんなことを話したのか。えっと、それは……」
メアは腕を組んで考え込んだ。
「……勇者様は人間として、ダメな人です」
「……はぁ?」
エルミアナは首を傾げた。
「チンピラみたいな性格してますし、変態ですし、犯罪者ですし、倫理観とか道徳観が抜けてますし、まあ……悪い人です」
「……だから何ですか」
唐突に主人を侮辱し始めたメアに、エルミアナは困惑するしかなった。
「加えて女好きです。信じられません。誰彼構わず、口説き回してますし、ベッドに連れ込もうとします」
「……だから何ですか?」
エルミアナは繰り返した。
「脳味噌が下半身にあるような人です」
「それで?」
「まあ……だから、というか、そのせいかどうかは分からないですけど……」
メアは答えた。
「可愛い女の子の頼みは、基本的に断らない質だと思います」
「……」
「……」
エルミアナは黙ってしまった。
メアも自分自身、何を言っているのか分からなかった。
それからしばらくして……アレクサンダーが戻ってきた。
「……何だ? この空気は」
アレクサンダーは困惑の表情を見せた。
しかしすぐに気を取り直して、ソファーに腰を掛けた。
そしてエルミアナに尋ねる。
「さっきの頼みの返答を聞かせてくれ」
エルミアナは十秒後ほどに答えた。
「……考えさせていただきます」