第7話 チンピラ勇者は冒険者ギルド長に会いに行く
冒険者ギルドとは。
人々の生活のために、そして有用な資源を獲得するために魔物を倒してお金を稼ぐ、冒険者による相互扶助団体だった。
冒険者のみならず、魔物の素材に関係する商人や職人、そして治安維持に冒険者を活用する貴族や聖職者までもがこのギルドに加盟していた。
冒険者ギルドには国境が存在せず、本部こそ都市国家同盟にありながらも王国や帝国にまで支部を持ち、大陸全土の経済や政治に深く関わっていた。
今から二、三百年ほど前までがその全盛期であり、当時の冒険者ギルド長は王国の国王や帝国の皇帝すらをも凌ぐ権力を持っていたとされている。
「……というのが冒険者ギルドだ」
「へぇ……凄いんですね。ところで、一つ良いでしょうか?」
アレクサンダーから冒険者ギルドに対する説明を受けたメアが尋ねる。
「……何で全部過去形なんですか?」
「そりゃあ、全部過去の話だからな」
アレクサンダーがそう言うと、ルーツィアとユニスも思い思いに冒険者ギルドを評する。
「今じゃ、都市国家同盟内部でしか影響力を発揮できてない」
「しかも当初の理念はどこへやら、ただの既得権益にしがみつき続けるような組織になってしまっています」
メアは冒険者ギルドを知らなかった。
その名前すら聞いたことがなかったのだ。
メアにとって唯一の情報源は父親である魔王であり……
つまり冒険者ギルドの名前を知らないということは、魔王は生前に『冒険者ギルド』という単語を少なくともメアの前では一言も発さなかったということだ。
実際、魔王討伐チームはそれぞれ帝国から三名、王国から二名、都市国家同盟から一名という具合に、冒険者ギルドは一切関わっていない。
「つまり今は何の脅威でもないということですか?」
「まあ……都市国家同盟内部に限定するなら、まだまだ力を持っている組織だぞ。金と土地と利権もあるしな」
全盛期だったころ、冒険者ギルドは数多くの利権を獲得した。
それは漁業権だったり、実質的な土地の統治権だったりと様々だ。
それらの過去の遺産のおかげで、冒険者ギルドは今でも存続することができている。
もっとも今はその遺産を食い潰している最中で、着実に滅びへの道を歩んでいるのだが。
「そんなすごい組織なのに、どうして衰退しちゃったんですか?」
「衰退した理由はいろいろだな」
慣れない土地運営に手を出したこと。
手に入れた土地などの利権に固執したこと。
ギルド内部での汚職が蔓延したこと。
外交に失敗し、敵を作り過ぎたこと。
戦争に介入し過ぎて、財政を破綻させたこと。
理由を挙げれば切りがないが……
「一番大きな理由は王国と帝国で常備軍が作られたってのが大きいな。諸侯や聖職者も力を大きく落としたが……一番煽りを食らったのが冒険者ギルドだ」
冒険者ギルドという存在がなぜ重宝されたのか。
と言えば、彼らが冒険者という軍事力を持っていたからであり、そして魔物討伐のプロフェッショナルだったからである。
大昔は諸侯といえども、魔物が出現すれば冒険者に頼らざるを得なかった。
が、時代が下るに連れて冒険者が恒常的に雇われるようになった。
以前は冒険者ギルドを通じて依頼を出し、討伐した魔物に応じて報酬が与えられたが……だんだんと冒険者ギルドを介せず冒険者が自ら諸侯と契約し、そして定期収入を得るようになった。
元々冒険者と傭兵と兵士の区別は曖昧だったが……
次第に曖昧な区別すらも消滅する。
最終的に諸侯や国は自らの財布で作り出した常設の軍隊、すなわち常備軍を持つようになった。
領内で発生した魔物はすべて、この常備軍が討伐する。
となると、冒険者ギルドという存在がお払い箱になるのは自明だった。
「結局のところ、驕れるものは久しからずってやつだな。俺たちも反面教師にしないと」
「なるほど。ところで……その落ち目の冒険者ギルドが勇者様に何の要件でしょうか? 心当たりがありますか?」
メアが尋ねるとアレクサンダーは眉を潜めた。
「まあ……ないわけではないな」
「そうなんですか?」
「昔、冒険者ギルドに勧誘されたことがある。まあ……断ったけどな」
冒険者として活動してくれなくても良い。
名誉会員として。
何なら相応の肩書と年金を用意する。
とまで言われたのだ。
「何で断ったんですか?」
「俺は当時、罪を許されて帝国の市民権を得ていたし……帝国騎士の内定が出かかってたからな。まあ帝国騎士の三倍の報酬は出すって言われてちょっと心は動いたが……でも帝国の心象を悪くはしたくなかった」
そう言ってからアレクサンダーは親書を見つめる。
「また、勧誘かな……」
「そんなことあり得るんですか? 一応、勇者様は王様ってことになってるじゃないですか」
「肩書だけならあり得る。今の国王も皇帝も、冒険者ギルドの幹部の肩書持ってるからな。名目だけだが」
アレクサンダーは封を切り、中身を取り出した。
そして内容を確認する。
「ふーん……」
「何と書かれていましたか?」
メアが尋ねた。
「ギルドへの勧誘と……魔物の素材の流通に関してだな。まあつまり……魔物を生み出せる迷宮の機能を使って、荒稼ぎすんなよって釘を刺された。まあもとよりやるつもりもないけどな」
魔物を生み出すには少なくない魔力を消費する。
短期的には利益を生み出せるが、長期的には悪手だ。
「まあ、ぱっぱか済ませるか。メア、まずはフロレンティア共和国に跳ぶ」
「はい、わかりました」
アレクサンダーとメアは手を繋いだ。
それから二人はフロレンティア共和国から馬を借り、冒険者ギルド本部がある都市、ネアポリアへと赴いた。
「へぇ……大きい建物ですね」
「過去の栄光ってやつだな。逆に哀愁がする」
巨大な冒険者ギルド本部を見上げて感嘆の声を上げるメアに対し、アレクサンダーは冷めた口調で言った。
二人は本部の中に入り、そして受付に対して要件を言った。
すでに事前に手紙は出していたため、すんなりと中に通される。
「冒険者ギルド長って、どんな方なんですか?」
応接間でメアがアレクサンダーに小声で尋ねた。
するとアレクサンダーは険しい表情で口を開く。
「……筋肉が動かなくなる病気って、知ってるか?」
「そんな病気があるんですか?」
「そうだ。ギルド長はそれに罹っている。俺が以前出会ったときは話すことすらできなかった」
「え?」
メアは目を見開いた。
「じゃあ、どうやって政務とかをしているんですか?」
「さあな……まあ、多分してないんだろう」
「どういうこと、ですか?」
「まあ、すぐにわかる」
アレクサンダーがそう言うのと同時にドアが開いた。
まず先に入ってきたのは美しい金髪のエルフの少女だった。
首にはメアと同じ、『服従の首輪』がつけられている。
少女はまずアレクサンダーたちに一礼し、それから車椅子を引いてきた。
そこにはぐったりと、死んだように動かない男性の姿があった。
エルフの少女はアレクサンダーたちの前まで車椅子を引くと、その横に立った。
そして静かに一礼する。
「お久しぶりです、アレクサンダー様。本日はご足労頂き、ありがとうございます」
そう言ってから……ニヤリと笑みを浮かべた。
「っと、ご主人様はおっしゃっています」
ギルド長はピクリとも動かなかった。
正確には動けなかったが正しい。
もはやエルフの少女の声が聞こえているのかすらも怪しい。
そんな状態のギルド長がどうやってエルフの少女に自分の意志を伝えているというのか……
メアはまるで見当がつかなかった。
「そうだな……じゃあ、エルミアナ殿。ご主人様に伝えてくれ。お招きくださり、ありがとうございますとな」
アレクサンダーは真っ直ぐ、エルフの少女を……エルミアナを見つめていった。
エルミアナは満面の笑みで頷いた。
「はい、分かりました」