第6話 チンピラ勇者は仕事をさぼる
トン。
木製の白色の駒と木製の盤が音を立てる。
ルーツィアが静かに言った。
「どうぞ」
「……はい」
メアはしばらく考えてから、黒色の駒を手に取り……前に進める。
するとルーツィアは無言で白色の駒を手に取り、前に進めた。
「……あ」
何かに気付いたようにメアは小さな声を上げた。
その表情は強張っている。
「あ、あの……」
「やり直しはなし」
「……」
静かな戦いが続く。
メアはどうにかして逆転を狙おうとするが……そのすべてが空回りし、形成は不利になっていく。
そして……
「チェックメイト」
「ああ!!」
メアは椅子に背中を預け、ぐったりと脱力したように動かなくなった。
それからむくり、と起き上がる。
「こ、今度はトランプにしませんか?」
「構わない。……勝つのは私だから」
「吠え面かかせてあげますよ!」
そんな敗北フラグを立てたメアはトランプを取り出した。
そしてルーツィアに言った。
「二人だけでやるのもあれですし、誰かほかに誘いませんか?」
「数を増やすことで、一対一を避ける作戦?」
「ち、違いますよ!」
図星を突かれたメアは上擦った声を上げた。
とはいえ、二人だけでトランプ遊びをするのも寂しい。
「誰か、暇そうな人とか、いますかね?」
「アレクサンダーとか」
「勇者様は忙しいんじゃないですか?」
そう、普通なら忙しいはずだ。
というより忙しくなくてはいけない。
だが……
「お、トランプをしているのか?」
本来、執務室にいなければならないアレクサンダーが現れた。
「これからするところです。……お仕事はないんですか?」
「ユニスとテレジア、あと優秀な官僚たちがいるからな」
アレクサンダーは帝都で異端者や異教徒たちからの融資を呼びかける一方で、同時に人材の引き抜きを行ってきた。
学問や教養とは持ち運びができる財産の一つであり、そして常に迫害され、いつ何時逃げなければならない時が来るか分からない異端者や異教徒たちには最低限の学問を身に着けている者が多い。
帝国ではまともな仕事をさせてもらえなかったり、出世できなかったりする彼らだが……
人手不足の迷宮王国ならば話は別だ。
「俺ってば、教養があまりないからな。できる仕事がない」
「何でそんなに自慢げなんですかね……」
メアは飽きれたように言った。
ルーツィアはいつもの無表情でアレクサンダーに尋ねる。
「乗っ取られたりするかも、とか思わないの?」
「それは無理だな。迷宮の支配権は俺が握っているし」
迷宮王国の開拓・経済はオークやゴブリンという労働力の存在を大前提としている。
そのためそれを掌握している……正確にはそれを掌握しているメアを支配下に置いているアレクサンダーから国を奪い取ることは不可能だ。
「それに、あいつら別に仲良くないからな。足の引っ張り合いでそれどころじゃないだろう」
アレクサンダーが迷宮に呼んだのは異教徒や異端者である。
当たり前だが、異教という宗教も、異端という宗教も存在しない。
異教というのは神聖教と比べて異なる宗教という意味であり、異端というのは主流派の教義とは異なる神聖教という意味だ。
つまり異教徒や異端者、と言ってもその種類は十を超える。
帝国にいたころは同じ『神聖教』という敵がいたため、団結できたかもしれないが……
ここにはそんな外敵はいない。
人間という生き物は醜いもので、少し前までは助け合っていたとしても、助け合う理由がなくなればすぐにでも争いを初めてしまうのだ。
「加えて、連中はこの迷宮王国では少数派だ。ここには帝国出身の神聖教徒や王国出身の女神教徒が多数派だからな。その状態で俺に逆らうほどの勇気はないだろう」
それにアレクサンダーも決してサボっているわけではない。
一応書類には目を通し、不正などがないかちゃんと確認している。
「そうだ、ルーツィア。これ、計画書だ」
「何の?」
観光地に関する計画書はすでにルーツィアは受け取っている。
つまりこれは全く異なる、別の計画書ということになる。
「アレクサンドリア銀行の設立についてだ」
「なるほど……」
「え、何がなるほど何ですか?」
話が理解できないメアがアレクサンダーとルーツィアに尋ねる。
「アレクサンダーが、この迷宮に銀行を設立したがっている」
「銀行って……えっと、お金を預けたりする金庫ですよね?」
「少し違う」
ルーツィアは首を左右に振った。
アレクサンダーはメアに対し、簡単に銀行の仕組みについて説明する。
「人からお金を借りて、そのお金を人に貸すことで利益をあげる。それが銀行だ。お金を預けるってのは、要するに貸してるってことなのさ」
「へぇ……でも人から借りたお金を、他人に貸しても良いんですか? 何か、狡くないですか?」
「貸金業ってのは、多かれ少なかれ、そういうものだな」
だからこそ嫌われやすいし、嫌われ者が就く仕事である。
まあ、アレクサンダーからすればどうでも良いことだが。
「作ると何か、メリットがあるんですか?」
「銀行を介して、金を借りられるようになるだろ? たくさんの人から。つまりそれだけ便利になるということだ」
「へぇー」
現在、アレクサンダーは多くの貸金業者から金を借りているが……
誰から、いくら借りているかを管理するのはかなり面倒だ。
その点、銀行があれば一本に絞ることも可能になる。
「でも、簡単に作れるものなんですか?」
「……ここの立地なら、できる」
アレクサンダーの代わりに答えたのはルーツィアだった。
「迷宮王国は帝国でも王国でも、そして都市国家同盟でもない国。加えて……迷宮そのものが難攻不落。ここに財産を移せば、安全。そしてどうせ財産を移すなら、誰かに貸し付けて、資産運用をしたいと……普通なら考える」
「まあ、金持ちの考える『普通』だけどな」
一般人にはそもそも移すだけの資産がないので、関係のない話だ。
「そうだ……話が逸れた。トランプをやるなら、俺も参加するぞ」
「そ、そうですか……まあ暇なら良いですけど」
一先ず、三人揃ったということでカードを切り始めるメア。
カードを分配し、いざゲームを始めようとしたその時だった。
「ご主人様! どこにおられますか!」
「やっべ……」
それはユニスの声だった。
アレクサンダーはとっさに机の下に隠れようとするが……
「ユニスさん、勇者様はここにいます」
「おい、メア!」
「ご主人様! まだ確認して頂きたい書類が残っています!!」
「分かってるって……後でやるから」
「後とは、具体的にはいつですか?」
「……後は後だ」
アレクサンダーがそう答えるとユニスはため息をついた。
メアとルーツィアは呆れ顔を浮かべる。
やはり仕事をサボってきたのだ。
「まあ、ほとんどは確かに後でも間に合いますけど。でも、これは今確認して頂かないと」
「何だ? それは」
「冒険者ギルド本部からの親書です」
アレクサンダーは目を見開いた。
「ギルド本部ってことは、あの、エルフか」