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第5話 チンピラ勇者は孫娘を預かる

間に合った……


 「入って」

 「ああ、遠慮なく」

 

 アレクサンダーは家の中に上がり込んだ。

 そして尋ねる。


 「ロバートの爺さんは?」

 「その、お爺様は、もう……」


 ルーツィアは目を伏せた。

 そして翡翠色の瞳に浮かんだ涙を手で拭う。


 「そうか……もう年だったもんな」

 「……うん」

 「勝手に殺すでないわ!」


 元気な怒鳴り声を上げて現れたのは、腰の曲がった老人だ。

 顔には皺が刻まれているが、鉤鼻で、眼光は鋭く、まだかなり元気そうだ。

 もっとも足取りは少々覚束なく、杖をついているが。


 「で、出た!」

 「ワシを幽霊か何かのように扱うな! この異教徒が!!」


 驚いた様子を見せるアレクサンダーに対し、杖で床を強く叩き、威嚇する。

 彼こそ、ルーツィアの祖父、ロバート・エールリッヒである。


 「ルーツィア! お主も、洒落にならん冗談はやめるんじゃ!」

 「アレクサンダーが勝手に勘違いしただけ」


 などとルーツィアは嘯くが、ワザとなのは間違いなかった。


 「それで……アレクサンダー」

 「おう」

 「そこの子供は何だ?」

 「魔王の娘で、俺の……まあ助手みたいな感じだな」


 正確には奴隷ということにはなるが、アレクサンダーはメアのことをさほど奴隷とは思っていないので、助手が正しい。

 ちなみに秘書はユニスだったりする。


 「ふん……魔王に娘、ね」

 「は、初めまして……」


 値踏みするようにロバートはメアの体を見た。

 そしてアレクサンダーに尋ねる。


 「もう食ってしまったのか、アレクサンダー」

 「いや、それはこれからだ」

 「ふん、食うことは否定せんのか。この異教徒め、いつか神の天罰が下るぞ」


 ロバートはそう言ってソファーに腰を下ろした。

 

 「お前さんから預かった芸術品は、地下室にある。とっとと回収せんか。物騒で仕方がない。それと……金に関しては条件次第だ。ルーツィア(まごむすめ)はやらん」


 「俺はまだ何も言ってないが?」


 「貴様がここに来る理由など、盗んだ芸術品を隠しに来るか、金の無心か、それともルーツィア目当てのどれかではないか」


 「失礼だな。他にも理由があるかもしれないだろう」


 「ほう、では何だ? 言ってみろ」


 「いや、まあ……その三つが要件なんだけどな」


 するとロバートはそれ見たことかと、鼻で笑った。

 

 「お前さんが国を建てたという話は聞いている」

 「まあ、そうだろうな」


 すでに周知の事実になっているため、情報通のロバートが知らないはずもない。

 

 「その開発に金を貸せと、そういうことだろう?」

 「そうだ。是非とも、投資して欲しくてね」

 「何をするつもりだ?」


 一先ず、アレクサンダーはロバートに観光地建設の計画を話した。

 ロバートは目を細める。


 「面白いことを考えるな」

 「だろ?」

 「ああ。……帝国の腐れ貴族共が、堕落した遊びをするために押し掛ける様が目に浮かぶわ」


 帝国では売春が禁じられている。

 が、それは表向きの話で、実際は売春宿も存在する。


 要するに婚前交渉がダメなわけで、結婚すれば良いのだ。

 宿に泊まり、たまたま同室になった女性とたまたま恋に落ち、その場で結婚し、行為をして、その後すぐに破局し、離婚。

 最終的に男が女へ慰謝料・破談金を払う。


 というシステムで売春が成立している。

 

 しかしこれは男と女同士の売春の話だ。

 つまり男と男の場合は、そもそも結婚できないので成立しない。


 教義の上では男色が禁止になっているとはいえ、性癖を変えることなど不可能だ。

 しかしもし男を買ったことがバレれば、大スキャンダルになる。


 が、迷宮王国で男を買う分は少なくとも法律には抵触しない。

 

 「他にも、農地や鉱山の開発で金が要る。貸してくれないか?」

 「ふむ。まあ……そうだな。貸すことは構わないが……」

 「さすが、ロバート様様だ」

 「まだ最後まで言っておらんだろ」


 強引に話を進めようとするアレクサンダーを、ロバートは睨んだ。


 「貸す額に関しては、具体的に計画が出来上がってからにして貰おうか」

 「おう、分かった。近いうちに計画書を提出しよう」


 アレクサンダーは笑みを浮かべた。

 それくらいは当然のことと言える。


 「それと、あと三つほど条件がある」


 「ふむ、言ってみてくれ」


 「一つ、ワシがするのは最終確認だけで、それ以外はルーツィアに任せる。二つ、ルーツィアを迷宮王国に移住させよ。三つ、うちの資産のうち四分の一を迷宮王国に移させて貰う」


 「ほう……理由を聞いても良いか?」


 アレクサンダーは尋ねた。


 「一つ目の理由は、言わんでもわかるだろう。ワシはそう、長くはない。だからワシの目が黒いうちにルーツィアの経験を積ませる」


 「そうなのか? あとどれくらい生きることができる?」


 「せめて、あと三十年じゃろうな」


 「長いな」


 ロバートの年齢は七十歳。

 つまりロバートは百歳までは生きるつもりでいるらしい。


 ……まあさすがに半分冗談だろうが。


 「残りの二つは?」

 「それも言わなくても察することくらいできるだろう」

 「まあな」


 アレクサンダーは頷いた。

 最近の帝国の情勢を考えれば、頷ける話だ。


 するとメアがアレクサンダーの服の袖を引っ張った。


 「あの、どうしてですか?」

 「うん? まあ……簡単に言えば帝国が最近、右傾化しているからだ」


 現在、帝国は王国と戦争している。

 戦争中はどうしても世論が右に傾きがちになるのは、当然と言えば当然だ。

 

 さらに王国は帝国からすれば異教徒の国である。

 つまり帝国の反王国感情の高まりは、そのまま反異教徒感情に直結する。


 王国の女神教と、ロバートたちが信仰している拝星教は全く異なる宗教だが……

 同じ、異教徒として括られるだろう。


 「あの、帝国の中ではマシな聖女(ちじょ)も、あの様だからな。今の帝国で異端者や異教徒を擁護するのは、少し勇気がいる」


 「えっと……つまり、身の危険があるということですか?」


 メアが尋ねると、アレクサンダーは頷いた。

 それに付け足すようにロバートは言った。


 「もし、帝国が敗北するようなことがあれば、我々のせいにされかねんからな」

 「だったら、いっそのことロバートさんも亡命したらどうですか? 迷宮王国に」


 メアが尋ねると、ロバートは首を横に振った。


 「それはできん」


 「どうしてですか?」


 「そんなことをすれば、我らへの風当たりは増々強くなる。ワシらは良いが、他の同胞たちに迷惑が掛かるじゃろう。それに……国の危機に逃げ出したものが、その国が平和になった時にのこのこと帰ってきたとして、そこでまともに商いができるはずもない」


 それに本当に逃げられるかどうか、分からない。

 帝国は常に拝星教の動向を監視しているのだ。


 「できるのは財産の一部と、一部の家族を外国に移住させるだけじゃな」

 「はぁ……なるほど」


 尚、ロバートは語らなかったが……

 実は少なくない額をロバートは帝国政府に貸している。


 もしロバートが迷宮王国に移住すれば、その貸した金が帰って来ない可能性があるのだ。


 少なくともロバートは金を返して貰うまでは、帝国を動くことができない。


 「まあ、そういうわけじゃ。……頼めるか、アレクサンダー」

 「任せろ。孫娘さんは、俺が幸せにする」

 「誰も嫁にやるとは言ってないわ!」


 カツン!

 と、ロバートは杖で強く床を突いた。


 「そういうわけだから、よろしく。メア」

 「あ、はい。よろしく、お願いします」

 

 突然、ルーツィアから差し出された手を、メアは少し驚きながらも握り返した。

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