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第3話 チンピラ勇者は新たなビジネスを始める

 現在、積極的に移民を受け入れ続けたことで人口が二十万を超えた迷宮王国だが、目下の課題がある。

 それは貨幣経済が発展していないことだ。


 専ら自給自足的な生活を送るばかりで、貨幣が全く流通していない。


 まあ、当然と言えば当然だ。

 難民や棄民、そして貧しい移民たちはまともに貨幣を持っていない。

 そして持っていたとしても、使うこともできない。


 今、迷宮王国で必要とされているのはお金ではなく食料。

 貨幣経済が浸透するはずがない。


 だが……アレクサンダーとしては、それは少し困る。

 

 というのも納税が物納では大変やり難いからだ。

 できれば銀納、金納が望ましい。


 「それで……リゾート施設を作ろう、と?」

 「そういうことだ。協力してくれないか? アリーチェ」


 以前、テレジアが捕まった件で有耶無耶になってしまった提案を、迷宮王国の宮殿でアリーチェに持ちかけた。

 アリーチェはアレクサンダーに尋ねる。


 「リゾート施設、というからには観光地、名所が必要になる。そういうものがあるのかね? まさか、迷宮一周旅行なんて言わないでくれよ? こんな山と川と森と海しかないようなところ、つまらないからね」


 自然が豊かな観光地というのは当然ある。

 が、それは自然+αで何らかの目玉があるから成立しているのだ。


 それはブランド価値だったり、名所だったりする。


 アリーチェが考える限り、そういうものは無いように思える。


 「無論、あるさ」

 「何がだい?」

 「気候だよ」

 「……気候?」


 アリーチェは首を傾げた。

 アレクサンダーは得意げに言う。


 「迷宮の第十階層『大海原』。あそこは夏でも涼しい場所もあれば、冬でも暖かい場所がある不思議な階層だ。……もう、分かるだろ?」


 「……なるほど、避暑地に避寒地か」


 避暑地は夏に涼しい場所に行くことで、避寒地は冬に暖かいところに行くことだ。


 迷宮の周辺国、つまり帝国と王国、都市国家同盟の場合、避暑地の候補はたくさんあるが……

 避寒地となると場所がかなり限られる。


 そして冬であっても、真夏のように太陽が輝き、海水浴ができるような場所は第十階層『大海原』だけだろう。


 「そういうこと。とりあえず避寒地を作って観光客を呼び、そしてこれが軌道に乗ったら避暑地にも乗り出す。どうだ?」


 「面白いね……外資を呼び込むこともできるだろうし、施設を作るのにも雇用が生まれる。避寒地に来てくれた観光客がお金を落としてくれればそれだけ儲かるし……上手く行けば他の階層でも物を買ってくれれば、それだけ貨幣が迷宮に落ちる。うん、良い考えだ」


 避暑地は競争相手は多いが、避寒地は競争相手が少ない。

 ちゃんと運営すれば、儲かるに違いないとアリーチェは判断した。


 「私としてはその事業に噛ませて貰いたい……と言いたいところだけど、まだ少し弱いね」

 「そうか?」

 「ああ。……避寒地以外に、大きな目玉が欲しい。冬でも太陽の下で泳げる、以外にも人が来たがるような物、何かないかい?」


 アレクサンダーは腕を組んで思案を巡らせる。


 「……美味しい海産物とか、果物とか? ほら、あのマンゴーって美味かっただろ?」

 「まあ、確かに……あれは美味しいね。でも、それだけだと少し弱いね」


 自然環境以外で、何らかの目玉を。

 と、アレクサンダーに要求するアリーチェ。


 「俺が盗んだ財宝博物館なんてどうだ?」

 「……帝国や王国との平和条約がひっくり返っても良いなら、良いんじゃないかい?」

 「今のはジョークだ、忘れてくれ」


 さすがのアレクサンダーも、そんな人を無暗に煽るような真似はしない。


 「まあ……それ以外となると、あれしかないな」

 「あれとは?」

 「賭博施設と売春宿だ」


 まさに『遊び』の典型的な例と言えるだろう。

 アレクサンダーはアリーチェの表情を伺う。


 アリーチェは……


 「くっくっく……まあ、それしかないだろうね。うん……この迷宮王国は多文化国家で、そして新興国。宗教や文化、そして慣習上の問題は一切存在しない。さぞや愉快な施設ができるだろうね」


 そう言ってアリーチェはニヤリと笑う。

 鋭く尖った牙が見え隠れする。


 「よし、そのビジネスに乗った。ただ……私だけの資金では、到底無理だし、技術もコネも必要だろう? それはどうするつもりだい?」


 「帝国の方に当てがある。大船に乗ったつもりでいてくれ」


 「そうかい? ……でも私の利権もちゃんと確保しておいてくれよ?」

 

 「そりゃあ、もう……できる限り美味しいところは君に分配するよ」


 アレクサンダーとアリーチェは互いに笑みを浮かべ……

 そして唇を交わした。








 「リリアナ、迷宮内の転移陣の解析はできたか?」


 転移陣、またはワープゲート。

 迷宮内部に存在する、異なる地点と地点を結ぶ、転移の魔術が掛けられた場所だ。

 

 基本的に異なる階層と階層を移動するときは、この転移陣を使用する。

 アレクサンダーたちも迷宮を攻略するときはこの転移陣を使い、階層を移動した。


 アレクサンダーたちは目立った場所にあった、一層一層を()に結ぶ――つまり第一階層と第二階層、第二階層と第三階層という具合に移動できる転移陣――だけだと思っていたのだが、メアの証言によってそれは間違いであることが判明している。


 つまり巧妙に隠されてはいるが、第一階層から一気に第三階層や第四階層と、移動することができる転移陣は確かに存在するのだ。


 これは国防の観点からも、そして流通の観点からも詳細に把握しておく必要がある。


 「まあ、大体のところはね……大方の転移陣の場所と繋がりは判明したよ。これがそれの地図」


 リリアナはそう言って迷宮内部にある転移陣の場所と、そしてその繋がりが詳しく記載された地図をアレクサンダーに手渡した。


 「おお、すまないな。苦労を掛ける」

 「いや、僕としても良い研究になったからね。それに……メア君の手助けもあった」


 そう言ってリリアナはメアに視線を送る。

 アレクサンダーはメアに近づき、その頭に手を置いた。


 「ありがとうな、メア」

 「こ、子供扱いしないでくださいよ……」


 アレクサンダーに頭を撫でられ、頬を赤くするメア。

 それからアレクサンダーはリリアナが作ってくれた地図を見ながらにやける。


 「後はこの転移陣、ワープゲートを守るための関所を設置して……さらに道路を敷設すれば完璧だな。……美しい」


 アレクサンダーの脳裏には芸術的なまでに効率化された流通網が思い浮かんでいた。

 そんなアレクサンダーを見ながら、リリアナとメアは互いに目を合わせ、そして肩を竦める。


 変人の美的感覚は二人には理解できなかった。


 「そうそう、メア。これから帝国に行く予定だから、転移させてくれ」

 「はい、分かりました。……ところで、どのようなご用事ですか?」

 「もうお前らには話したと思うが、観光客を招くための娯楽施設を迷宮に作る。そのための資金の確保や、娼館とかの誘致だ」


 他にも様々な専門の技術者や職人が必要となる。

 思い浮かぶ限りでも……建築家や賭博運営者、客を持てなすことができる従業員、料理人、余興のためのサーカス団や劇団、踊り子など、様々だ。


 「勇者様だけで集めることができるんですか? 勇者様、反逆者ですよね? 今は元ですけど」

 「俺の人脈を舐めるなよ? もしもの時のために、いろいろと作っておいたんだから」


 実はこう見えてもアレクサンダーは人脈やコネを持っているのだ。


 「勇者様って、王国からの移民なんですよね? しかも美術品専門の盗賊。どうやってそこまで?」

 「そりゃあ、勇者様だからな。ごますってくる奴は大勢いるさ」


 貴族や商人というのはそういうものだ。

 何に役に立つかは分からないが……取り合えず顔だけ繋いでおくのだ。


 「……でも誰も勇者様を助けてくれませんでしたよね?」


 「あまり言ってやるなよ、メア君。我らが勇者様は、交友関係は広くて、コネや人脈はあり、お友達(・・・)はたくさんいても、人望や信頼ってのは皆無なのさ」


 「ビジネスってのはそういうものだろうが」


 溺れる者を助けたりなどしたら、逆に引きずり込まれてしまいかねない。

 溺れる者がいたら見捨てるか、棒で叩くのが賢い生き方だ。


 アレクサンダーはそれを承知でお友達(・・・)になったのだ。

 それについて文句を言う気はない。


 むしろ……そのことを理由に心理的に有利に立てるくらいなので、今となっては都合が良いくらいだ。


 「それに俺にはお前たちがいる。そうだろう?」


 アレクサンダーが笑みを浮かべて言うと、リリアナとメアは苦笑いを浮かべる。


 「そうだね」

 「そうですね」

 「……お前ら、少し冷たくないか?」


 アレクサンダーは少し傷ついた。

 

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