第2話 チンピラ勇者は『性』について頭を悩ませる
宮殿のとある一室。
そこにアレクサンダー、メア、テレジア、リリアナ、ユニス、そしてゲストのアリーチェの六人が集まっていた。
六人が集まっている理由は、法律を制定するためである。
「まあ……ぶっちゃけね、刑法とかは簡単なんだよね。人殺しちゃいけませんとか、盗んじゃいけませんとか、そんなのはどんな国でも共通だし」
アレクサンダーは頬杖を突きながら言った。
刑法に関しては他の国の法律を、実行可能な範囲で真似すれば良いだけの話だ。
「それよりも、一人が所有して良い土地の面積とか、奴隷制の有無とか、水利関係とか……まあその辺の方が大切だ」
「でも、それに関してはもう、方針が決まってるんだろう?」
「まあな」
アリーチェの言葉にアレクサンダーは頷いた。
土地の面積は何らかの制限を設けるつもりだし、奴隷制度に関してはしばらくの間は容認するつもりだ。
そして水利関係などは、ケースバイケースで対応することになっている。
「決まっていないのは、宗教や文化に関する法律ですね」
静かにテレジアは言った。
「まあ……この国の王と王妃は神聖教徒ですし、国民も神聖教徒が多数派……」
「ちょっと待った……この国の王が神聖教徒、というのは分かるよ」
テレジアの言葉をリリアナが遮った。
この国の王、つまりアレクサンダーのことだ。
一応、アレクサンダーは神聖教徒なのでこれは間違っていない。
「王妃が神聖教徒、というのはどういうことだい? ……いつの間に、王妃が決まったのかな?」
「決まるも何も、私が王妃となるのは、もはや自明……」
「自明じゃない!」
リリアナは叫んだ。
ドン、と机を掌で叩く。
「一体全体、どうして君が王妃になるのか、ご説明してもらいたいね」
「どうして? 簡単です。この国の、勇者の女の中で一番家柄と血筋が良く、そして可愛く、胸も大きく、性格が優しいのは、この私です」
「は! 家柄と無駄な贅肉だけが取り柄の自意識過剰女が王妃なんて、片腹痛いね」
「僻みですか? 貧乳」
「黙れ無駄乳」
睨み合うテレジアとリリアナ。
「大体……ただのセフレ風情が、勇者の女面とは、笑えるね」
「それはあなたでしょう? 貧乳。遊ばれていることに気付いたらどうですか? 勇者の一番は私です」
「それはこっちのセリフだ!」
今にも殴り合いを始めそうな気配の二人。
そんな二人を見て、メアはため息をつき……そしてアレクサンダーに尋ねる。
「勇者様。どっちの方がお好きなんですか?」
「どっちも好きとしか、答えられないな」
「まあ、そう言うと思いましたけどね」
次はユニスがアレクサンダーに尋ねる。
「ご主人様は婚約者とか、いらっしゃったりするんですか?」
「いないな。結婚なんて、考えたことない」
「では、テレジア様とリリアナ様は?」
「仲間兼女友達兼セフレ兼愛人兼恋人みたいな感じ?」
つまり「あまり考えていない」ということだ。
そんな無責任なアレクサンダーに対し、メアはジト目で冷たい視線を送り、ユニスは苦笑いを浮かべた。
表情こそ違えど、呆れているのは二人とも共通だ。
「そんな、勇者! いつも私が一番だと、言ってるではないですか! それは嘘なんですか!」
「勇者! 僕にもいつも、僕が一番だって言ってただろ?」
「このやり取りは二度目な気がするな」
アレクサンダーは明言せずにはぐらかす。
そして話を逸らすついでに元に戻す。
「まあ人口比的に神聖教は多数だが……過半数を超えているわけではない。明確な国教は定めないのが無難だろう」
「だが……それだと、法律を作るための、倫理や道徳の柱が定まらないよ。どうするつもりだい、アレクサンダー」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら言ったのはアリーチェだ。
例えば王国では、国教である女神教を倫理・道徳の柱として法律を定めている。
一方、帝国では神聖教が柱となっている。
都市国家同盟の場合は都市によって国教や主神が違ったりするが……長い歴史の中で培った哲学や歴史、慣習を根拠として法律の柱としている。
だが迷宮王国ではそうはいかない。
それもそのはずで、この迷宮王国は帝国・王国・同盟の全く文化が異なる三つの地域からの移民で構成されているからだ。
殺人や強盗、強姦が犯罪なのはどの国、どの文化圏でも同じなので困らないが……
それ以外のこととなると、国や文化によって、受け止められ方が変わる。
例えば売春。
神聖教では売春行為は悪徳とされている。
一方女神教を国教とする王国では売春などを専門に行う身分階層が存在し……つまり売春行為は公に認められている。
都市国家同盟でも売春は悪とされていない。
同じ性関係で言えば、男色や児童性愛、婚前交渉に於いても認識が大きく異なる。
帝国では男色、児童性愛、婚前交渉は絶対的な悪だ。
神聖教では性欲は悪徳の一つであり、そして性欲が許されるのは子作りを目的とする性交渉、それも神の祝福を受けた健全なる夫婦関係の間だけだ。
男同士では当然、子供はできないので男色は悪。
児童との性交渉は、健康な子供が生まれにくくなる上に、児童を傷つけるため悪。
婚前交渉も神の祝福を受けていないため悪だ。
まあ……テレジアの例を見ればわかる通り、ばれない限りは問題ないのだが。
それでも社会的には悪とされている。
これが王国となると、根本から変わる。
王国では男色、児童性愛、婚前交渉は認められている。
男色は……好きになっちゃったのなら仕方がない。
児童性愛も……まあ相手が十歳に満たない子供でも双方同意があれば問題ない。
婚前交渉はそもそも売春が公に認められている時点で問題なし。
都市国家同盟も同様に男色、児童性愛、婚前交渉は認められている。
それどころか、むしろ『少年愛』に関しては推奨すらされている。
都市国家同盟では、雷神教では少年愛は『真実の愛』であり、誰もが一度は通る道とされている。
「まあ……俺はあれこれ禁止するのは好きじゃないからな。できるだけ寛容に……各々の倫理観や宗教観に任せてくださいという方針に……」
「じゃあさ、アレクサンダー」
アリーチェはニヤニヤと、愉快そうに笑いながら尋ねた。
「もし仮に、神聖教徒の十二歳ほどの少年と、都市国家同盟出身の男性が、双方合意の下で性関係を持ったら、どう対応するんだい?」
「あー……それは、少し、いや、かなり面倒だな」
少年の親は自分の子供が『強姦された』と主張し、極刑を求めるだろう。
だが都市国家同盟出身の男からすれば、『真実の愛』だ。
「まあ、そういうのは同じ宗教の人間同士に限るとするしかないだろうな」
「それでも大いに揉めるだろうね」
「仕方がないだろう……神聖教や女神教、雷神教だけでなく、その他の少数宗教や、神聖教の異端宗派、獣人族の民族風習だってあるんだぞ? そんなの、一纏めにできるはずがない」
こればかりは移民国家、多宗教・多文化国家の宿命だ。
折り合いを探していくしかないだろう。
「ところで、アレクサンダー」
「どうした?」
「結婚制度はどうするんだい? 確か……神聖教は一夫多妻で、女神教は一夫一妻だろう?」
神聖教は四人まで妻を娶ることが許されている。
一方女神教は妻は原則一人だけだ。
その他、宗教や民族によって家族制度は当然異なるが……
「俺は一夫多妻でも、一妻多夫でも、多夫多妻の乱交でも、双方に合意があれば良いと思っている。……家族なんだし、それくらいは話し合って決めるべきだろう」
「なるほど、なるほど……ちなみに神聖教では四人の妻は平等に愛さなければならない一方で、女神教では一夫一妻ではあるものの愛人や妾などの、正妻よりも劣る妻の存在が認められているらしいけど、その辺はどうするんだい?」
「それも夫と妻の間で、決めさせれば良いんじゃないか? 夫婦喧嘩は犬も食わないという。まあ……でも相続の関係もあるし、ある程度の基準は設ける必要はありそうだが」
「なるほど、君の考えはよくわかったよ」
アリーチェは納得したのか、大きくうなずいた。
そしてテレジア、リリアナ、ユニス、そしてメアの顔を見ながら内心で呟いた。
(国だけじゃなくて、こっちも大いに荒れそうだけどね)
一夫多妻制、ハーレムは男の夢という風潮がありますが、まあそれは複数の女性を養えるだけの財力と複数人の女性を惚れさせられるイケメン力の両方を持つ男性に限られるわけで……
当然、一人の男性が複数の女性を囲えば、女性の数は減る。
少数の女性を多数の男性で取り合うことになるので、むしろ男性は不利な立場に立たされます。
逆に一夫多妻制は女性からすると歓迎すべきでしょう。
未婚女性の数が未婚男性に比べて減るので、その分だけモテます。
ついでに金持ちイケメンが複数の女性と結婚できるようになる……つまり玉の輿枠が増えるので、玉の輿競争率も下がります。
ちなみに個人的に作者は一夫一妻が一番効率が良いと思っています。
理由としては……
一夫多妻……男性は複数の女性を一度に妊娠させられるので一見効率的、に見えるけれど遺伝子が偏る。
短期的には金持ち有能イケメンの子孫だけが増えて、貧乏無能不細工は駆逐されるので良いかもしれないが、数千年、数万年単位で考えるとどんな遺伝子が役に立つか分からないので、避けた方が良い。
遺伝子は多様性があった方が種としては生き残りやすい。
多夫一妻……不効率。
多夫多妻……効率が良い上に様々な遺伝子が残りやすい……と思いきや、誰が誰の子供か分からないので近親相姦が起こるリスクがある。
というわけで、一夫一妻が無難です