第3話 チンピラ勇者は奴隷ちゃんと食事をする
「ところで、まずはどうしますか? 国を作るわけですが……まさか、私と勇者様でせっせと子作りをして人口を増やすような、気の長い話ではありませんよね?」
「そんな気の長い話ではないが、子作りをしたいのは本当だ。させてくれるのか?」
「ご命令とあらば、逆らえませんね」
メアがそう言うと、アレクサンダーは肩を竦める。
「無理強いは趣味じゃない。俺に惚れたらその時は教えてくれ」
「分かりました」
そう言って、アレクサンダーとメアは互いに小さく笑った。
恋人になるかどうかはともかくとして、お互い気が合いそうなのは分かる。
これから長い付き合いになりそうな相手と、考え方がある程度一致するというのは悪い話ではない。
「……ゴブリンの王国とか?」
「悪いが、俺はゴブリンには芸術性は感じないんだわ」
人は魔物、モンスターに嫌悪感を抱く。
理由は分からないが、どうしても嫌悪してしまう。
アレクサンダーもそれは同様だ。
「人口を増やす前に……防備を固めないとな。俺が来た時、罠の類が一切ストップしてたが、どうなってるんだ?」
「魔王が倒された以上、ここに来る人間なんていないと思いまして。人の侵入を感知する結界のみを張って、それ以外は放置していました」
誰かが入ってきて、それが危険人物であったら対処するつもりであった。
とメアは語った。
「ダメですか?」
「あまり良くないな。王国と帝国は、ここの迷宮に存在するはずの略奪品を諦めていない。今は両国共に余裕はないだろうが、しばらくすれば探索隊を派遣するだろう。それに冒険者個人が来ないとも限らない」
アレクサンダーはそう言ってから……メアに命じる。
「罠の類だけは作動させておけ。あと、各フロアの守護モンスターもだ。できればゴブリンやオークなんかも増やして巡回させたいが……一応、聞く。魔物、モンスターの召喚に制限は?」
「……分かりません。私の、クソ親父は迷宮の詳しい仕組みを教えてくれたりはしなかったので」
メアの回答を聞き、アレクサンダーは少し考えてから答える。
「モンスターは最低限に止めようか。絶対に制限があるはずだ。何らかの、迷宮の力を消費しているはず。使わないに越したことは無いはずだ。もし守護モンスターが討伐され、最深部にまで到達しそうな勢いなら、俺が迎撃に出れば良い。お前に送り迎えして貰えば、簡単だしな」
お金は使えばなくなる、というのは誰もが知っている常識である。
ならば迷宮の力も、使えばなくなるはずだ。
力の収支、ストックが分からない以上は控えた方が良い。
「分かりました。……たった今、作動させ、最低限のモンスターも配置しました。それで最初の話に戻りますが……」
「ああ、それなら当てがある。おそらくだが……そろそろ、この近くで戦争が始まるはずだ」
アレクサンダーの言葉にメアは眉を顰める。
「どういうことでしょうか?」
「軍事バランスが崩れたからだ。俺はこう見えても歩く戦略兵器と呼ばれた男。そんな俺が帝国から消えたんだ。王国は間違いなく、攻め込むだろうさ」
この迷宮は帝国と王国の国境の近くに存在する。
戦争が起これば、流民が発生するのは誰にでも予想できることだ。
「できれば一万人以上は呼び込みたいが……一年間ほど、一万人が食べていけるほどの食糧はあるか?」
「……腐りかけのも含めれば、ギリギリあると思います。何でしたら、ゴブリンたちに調達させましょうか? 迷宮内には食べられる野菜や果物、肉や魚もあります」
「……そうだな。それで持たせることは可能、か。あとは略奪品の金貨・銀貨で食糧を購入する、という手立てもある」
とはいえ、それらは全て戦争が起きてからの話である。
取り敢えずメアはゴブリンを百頭召喚し、動物を狩ってくるように命じた。
「ゴブリンに肉を加工する知能はあるのか?」
「ゴブリンの知性はともかく、知識は私の知識量に依存します。単純作業ならゴブリンはそれなりのことはできますよ。肉を捌いて、塩漬けにするだけですから」
「知識はどこで得たんだ?」
「いろいろと仕事は命じられましたし……それに本を読むことはできました。略奪品に本があったので、整理している合間に」
アレクサンダーは目を細める。
「文字はいつ覚えた?」
「……母が教えてくれました」
「なるほどね」
アレクサンダーは深くは追及しなかった。
まだ互いの過去を詮索するほど、深い仲ではない。
「それで戦争が始まるまで待つ、ということになりますか?」
「いや……それよりも先に俺の財産の回収をしたい。日用品も、お前の下着とかも必要だ。それに情報収集もしないといけないからな。一度、帝都に戻りたい……と言いたいところなんだが、変装道具とかって、無いか?」
アレクサンダーがそう聞くと、メアは小さく頷いた。
「確かこちらの方に……容姿を変えられるマジックアイテムがありました。父が作成したものですが」
メアはそう言って、一つの眼鏡を取り出した。
アレクサンダーはその眼鏡を自分の顔につけて、鏡を見る。
「ふむ、本当に変わってるな。さすが魔王……高名な魔導士だったと聞いてはいたが、ここまでとはな」
「まあ性根は腐ってましたがね」
「魔導士ってのは変人が多いからなぁ。良くも悪くも」
アレクサンダーは苦笑いを浮かべた。
そしてメアの手を握る。
「帝都にはさすがに行ったこと、ないよな?」
「はい。迷宮の外にまず、出たことがありません。ですからまず第一階層まで、跳びますね」
「ああ、よろしく頼むよ」
さてそれから二人は迷宮から出て、帝都に向かった。
道中、アレクサンダーの似顔絵入りの手配書が随所にあったが……
容姿を変えているため、何の問題もなく通過できた。
まず二人はメアの下着を何着か購入し、ついでにアレクサンダー自身も自分の衣服を購入する。
それが終わると二人はレストランに入った。
「……お客様、お連れの方は、奴隷ですか?」
「ああ。だから個室を頼むよ」
「……かしこまりました」
アレクサンダーは従業員の手にチップを掴ませると、一番奥の個室に案内させる。
そしてメニューを確認し、慣れた様子で料理を注文した。
「ここは俺の行きつけの店だったんだ。当分の間は来れなくなりそうだから、今のうちに食っておこうと思ってな」
「そ、そうですか……」
メアはそわそわと落ち着かない様子で辺りを確認する。
そして恥ずかしそうに言った。
「あ、あの、私、マナーとか、全然分からないんですけど」
「うーん。どのレベルだ?」
「……フォークとナイフ、スプーンの持ち方を知りません」
要するに今まで手掴みで食べていた、ということだ。
まあ帝国でも田舎の方では、スプーンはともかくとしてフォークやナイフは普及していない。
手掴みで食べる文化そのものは、別に珍しくはない。
もっとも……彼女の場合は文化云々ではなく、奴隷だったため使用が許可されなかったというのが真実だが。
「安心しろ。ここは個室だからな……誰にも迷惑は掛からん。好きに食えばいい。気にし過ぎて飯が不味くなる方が悪い」
「ですが……」
「まあ、どうしてもって言うなら……最低限のマナーを教えてやる」
アレクサンダーは指を三本、立てた。
「一つ、食べる時に音を立てない。二つ、食べ物を食べながら話さない。三つ、食べ物を散らかさない。……以上だ」
「そ、それくらいは分かりますよ!」
メアは大声で言った。
それと同時にドアが開き、ウェイターが葡萄酒を運んできた。
メアは顔を赤くする。
ウェイターが去った後に、アレクサンダーは笑みを浮かべて言った。
「もう一つ、追加だ。大声を出さない」
「……はい」
メアは縮こまって、小さな声で頷いた。
「しかし……知らない間に俺は随分と、極悪非道な奴になったなぁ」
アレクサンダーは白黒の紙を広げ、を読みながら言った。
それはレストランに来る前に、途中で購入した三社の新聞である。
「んぐ、ごくん。そんなに悪いように書かれているんですか?」
「まあな……別にだからって、傷ついたわけでもないが」
メディアってのは、すぐに掌返しをするもんだ。
アレクサンダーは内心でそう毒づいた。
魔王討伐を終えたばかりの、自分への大絶賛記事と今の批判記事を脳内で比較した上での言葉だ。
「ところで、ん、私が言うのもなんですが、新聞を読みながら食べるのは大丈夫なんでしょうか?」
ペロリと、手についたソースを舐めながらメアは言った。
平然と皿のソースを指で掬い、舐めている。
全く躊躇がないその様子を見る限り、開き直ってマナー違反をしているというよりは、そもそもそれがマナー違反であるということすらも、知らないのだろう。
彼女にとっては、皿に残った物を指で掬ったり、舌で舐めたりするのは日常だったのだ。
後で教えてやらないといけないと、アレクサンダーは思いつつ、食事中の新聞についての質問に答える。
「あまり宜しくない。家でやる分はともかく、店ではやるな。同様に読書とかも、ダメだな。基本的に食事をしながら他の行為をするのは好ましいことじゃない。まあここは個室だし、誰も見てないけど……」
マナーというのは相手を不快にさせないようにするための行為だ。
つまり不快になる人間がいないのであれば、別に問題はない。
「ところで……美味いか?」
「……はい、こんなに美味しいものを食べたのは初めてです」
メアは頬を紅潮させて言った。
まあ実際聞かなくても、その食べる様子を見ればメアが食事を楽しんでいることはよく分かったが。
多少マナーは悪くても、美味しそうに食べてもらえるのであればアレクサンダーとしては来た甲斐があったということになる。
「……生きてきて良かったなと、思います。父に施された、自殺禁止の命令を感謝したのは、初めてです」
「そいつは良かった」
あまり重い話をされたくなかったアレクサンダーは軽く流した。
メアもあまりそういう話をするつもりはないようで、再びソースを舐め始める。
ある程度皿が綺麗になると、ジーっとアレクサンダーの皿をメアは見つめた。
アレクサンダーが皿を差し出すと、メアの目が輝く。
さて二人の皿が綺麗になるのと同時に、再び個室のドアが開く。
ウェイターは妙に綺麗になった皿を見て首を傾げたが……
取り敢えず己の職務を果たそうと、最後のデザートをテーブルに置いた。
メアは興味深そうに、しげしげとデザート―チョコレートケーキを観察する。
「茶色いですけど、食べれるんですか?」
「食べれるよ」
アレクサンダーはそう言って、目の前でケーキを食べて見せた。
それを見たメアはチョコレートケーキを手で掴み、大きく口を開けて頬張った。
感想は聞くまでもない。
メアの目がトロンと蕩けたからだ。
「不思議な、味がします。なんか、幸せになるような、そんな感じです」
「……甘い物を食べたのは、もしかして初めてか?」
「これが甘い、って言うんですか」
あっという間にチョコレートケーキを食べ終えるメア。
そしてチラチラと、半分だけ残ったアレクサンダーのケーキを見る。
「やるよ」
「本当ですか!!」
などと言いながら、早速食べ始める。
ケーキの底についていた紙や、皿に付着したチョコレートや生クリームは無論のこと、その皿や紙そのものまで食べそうな勢いで、少しも残さず食べるメア。
(もしこいつが男か、ブスな女だったらぶん殴って叩きだすところだが……)
薄幸の美少女だと、不思議と可愛く見える。
今回限りは許してやろうとアレクサンダーは思った。
メアが皿を舐めとるのを終えて、アレクサンダーは立ち上がった。
そしてドアの前に立ち……
個室を出る前にメアに一言、言った。
「出る前にナプキンで口の周りのソースとチョコレートを綺麗に拭いておけ」
メアの顔が真っ赤に染まった。
さてそれから二人は帝都一の骨董品屋に向かった。
宝物庫にあった略奪品の一部を売り払うためである。
アイテムボックスと呼ばれる、場違いな工芸品から芸術品を取り出し、それらを次々とアレクサンダーは売り捌く。
店を出る頃には、豪邸を一ダースは買えるほど白金貨を手にした。
「あの、勇者様。良かったのですか? 芸術品が好きだったのでは?」
「問題無い。……俺が売ったのは全部、贋作だからな」
アレクサンダーの答えに目は目を丸くした。
「本当ですか?」
「ああ、少し調べればすぐに分かった。あの骨董屋は潰れたな」
儲かった、儲かった……
とアレクサンダーは愉快そうに笑った。
「号外! 号外! 号外!」
丁度その時、新聞売りの少年が大声でそう叫びながら、新聞を売っていた。
アレクサンダーはそれをすぐに購入して広げる。
「見ろ、メア」
アレクサンダーは笑みを浮かべ、新聞の見出しを指さした。
「俺の見立て通り、戦争が始まるぞ」
そこには王国軍が帝国の国境近くに集結しているという記事が載っていた。
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