第26話 チンピラ勇者は帝国から強請りをする
「……という条件で如何でしょうか?」
帝国の外交官がアレクサンダーに対して、条件を伝える。
アレクサンダーの隣にはアリーチェもいた。
「うーん……」
これに対し、アレクサンダーは悩まし気に声を上げた。
帝国の提示する条件は、悪くない内容だった。
外交に於いて「悪くない」というのはほぼ満点に近いということである。
普通なら、ここで頷くべきだろう。
しかし……
(帝国には貸しがあるからなぁ……)
恨んでいるか、恨んでいないかと聞かれれば別に恨んではいない。
恨んではいないが、しかしこのまま普通に「悪くない」条件を飲むのは、少しだけ気に食わなかった。
それにまだまだ絞れるのであれば、絞り切りたい。
人質が手元にいて、アリーチェが手助けをしてくれており、さらに王国が(意図してやっているわけではないが)間接的に支援をしてくれているこの状況を逃せば、これほど帝国と有利に交渉できる時はないだろう。
(関税に関する条件をもう少し有利に……しても後から再交渉させられるか)
力関係はどう考えても帝国や王国の方が強い。
今は有利に立てているが、正式な国交を結ぶことになれば……交渉では不利な立場に追い込まれる。
となると、ここでは金銭を要求した方がいい。
「もう一声、かな?」
アレクサンダーはそう言って身代金を上乗せした。
外交官は眉を顰める。
「……それは少々、高すぎでしょう」
「口止め料も込みだからな」
アレクサンダーの言葉に外交官は眉を顰める。
「……何の口止め料でしょうか?」
「『フィーア』」
アレクサンダーは一言だけ、言った。
外交官は首を傾げた。
そんな外交官の反応を見て、アレクサンダーは溜息を吐いた。
「おや、知らないのか? ……まあ当然と言えば、当然か。買収される可能性がある外交官にこんな重要事項を話すとは思えないしな」
「……それはどういうことですか?」
暗にお前は帝国政府に信頼されていないのだな。
と言われた外交官は不愉快そうに眉を顰めた。
「本国に戻り、外務大臣……いや皇帝陛下かもしくは宰相に伝えてくれ。俺はフィーアに関する秘密を知っている。口止め料を支払え、とな」
「……良いでしょう」
その日の交渉はお開きとなった。
「良かったのかい、アレクサンダー。あの条件は中々良かったと思うけど」
「もう少し上乗せしたいじゃないか、何しろこっちは金欠なんだ」
アレクサンダーは肩を竦めて言った。
資金はいくらあっても足りない。
「ところで『フィーア』に関する弱みというのは、何だい? フィーア女史に何か、秘密があるのかな?」
「うーん、まあお前になら言っても良いかな? ……フィーアはホムンクルスだ」
アレクサンダーの言葉にアリーチェは目を見開いた。
「それは……確かに帝国にとっては弱みだね」
「だろ?」
神聖帝国の国教、神聖教は教義上の理由からホムンクルスの作成、研究を禁じている。
全ての生命は神の手で作られたとする神聖教の立場からすれば、人の手による生命、人間の創造であるホムンクルスの作成は絶対に許されない。
神聖帝国以外の国、王国や都市国家同盟も倫理・道徳上の問題からホムンクルスの作成や研究は禁止しているが……
神聖帝国は特に、ホムンクルスに関する研究への規制は厳しく、もしそれが判明した場合は死刑と決まっている。
「フィーアは帝国政府や皇帝に対して、絶対服従だった。つまり……フィーアを作成したのは帝国政府や帝室だろう。これが神聖帝国全土に知れることになれば……大変なことになる」
少なくとも聖職者たちは激怒するだろう。
それは皇帝も、帝国政府も望まない。
「ぶっちゃけ、口止め料としてはかなり安いと思うぜ?」
「まあ……確かに。私ならあの程度の額で君の口を封じれるなら支払うな」
アリーチェは頷いた。
元々、帝国の莫大な財源からすれば身代金など端金に過ぎない。
多少上乗せされたくらい、どうってことないはずである。
「いやー、しかし帝国からの印象は悪くなったんじゃないかい?」
「それは今更だろう」
「まあ、確かに」
元々アレクサンダーの印象はあまり良くないのだ。
これ以上、悪くなることもない。
むしろ、「秘密を握っている」と伝えることで牽制にもなるはずだ。
そして……例え口止め料を支払ったとしてもアレクサンダーの記憶が消えることはない。
帝国は下手なことができなくなる。
「しかし……そう上手くいくかな?」
「どういうことだ?」
「いや……帝国はもう少し、陰湿なんじゃないかなーと、まあ私の勘だね」
アリーチェはそう言ってから「特に根拠はないから気にしないでくれ」と付け加える。
それからアレクサンダーに言った。
「ホムンクルスって言われたら、少し気になってきた。帝国政府に引き渡す前に、もう一度会わせて貰えないかな? 会話もしてみたい。前回は全く会話できなかったし」
「別に良いけど、会話なんてできないぞ? 俺はあいつがしゃべったところを見たことが無い」
「らしいね、でもこちらの言葉は分かるんだろう? ……ところで血はどんな味がするんだろう?」
「それは俺ので我慢しておけ」
舌なめずりをするアリーチェに対し、アレクサンダーは呆れ顔で言った。
「『フィーア』一体とクーベルシュタイン卿に勝利し、疲弊し、油断している勇者アレクサンダーを三体の『フィーア』で急襲すれば、必ず打ち倒せる……のではなかったのかね?」
「そ、それは……」
神聖帝国皇帝の言葉に対し、『元』宰相は何とか言い訳を述べようとする。
しかし皇帝は『元』宰相が何かを言う前に口を開いた。
「余は出来得る限り、政治には口を出さぬと決めている。余、一人の判断で物事を決めるよりもお前たちが進めた方がより正しい政治ができるからだ。そしてまた、それが帝国の伝統でもある。余はあの……野蛮な異教徒共、王国の国王とは異なるのでな。しかし、だ……」
皇帝はその瞳をカッと見開いた。
「『フィーア』を全て捕らえられるとは、何事か!! この、バカ者が!!!!」
その怒鳴り声は宮廷中に響き渡った
皇帝の怒りに触れた『元』宰相はへなへなと、床に座り込んだ。
そんな『元』宰相の姿を見て、皇帝はさらに怒鳴り声を上げる。
「立たぬか!!」
「は、はい!! 申し訳ありません!!」
『元』宰相は即座に立ち上がり、背筋をピンと伸ばした。
そんな『元』宰相の姿を見て、皇帝は溜息を吐いた。
「……もう良い。貴様を任命したのは、余だからな。ただ……もう二度と、要職につけると思うなよ? この場から失せよ!」
「は、はい!!」
『元』宰相は逃げるように去っていく。
そんな『元』宰相の姿を見送ってから……現在の帝国宰相は皇帝に声を掛けた。
「陛下。そのように御怒りになられると、お体に障ります」
「これが怒らずにいられるか!!!」
皇帝は怒鳴り声を上げた。
ビクリ、と宰相は体を震わせる。
そんな宰相の姿を見て、皇帝は冷静になったのは……深い溜息を吐いた。
「それで……今後の対応はどうするつもりだ?」
「現在、『勇者』アレクサンダーと交渉中です。一先ずクーベルシュタイン卿に関しては、一通り纏まりました」
「……そうか。しかし、アレクサンダーは帝国を恨んでいないのか?」
皇帝の問いに対し、宰相は少し迷ってから……答える。
「交渉では恨んでいる、ということを前面に押し出して、有利に立とうとはしているようです。しかしあの男はそういうタイプではないでしょう? 良くも悪くも」
「……ふむ、確かにそうだな」
アレクサンダーは感情よりも理性を優先して動く人間である……というのが皇帝と宰相の評価だ。
だからこそ危険でもある。
もし仮にアレクサンダーが「帝国よりも王国に与した方が利益がある」と判断すれば、アレクサンダーは帝国を裏切って王国につくだろう……
と、判断したため皇帝はアレクサンダーに反逆罪の汚名を着せて、処刑をすることを許したのだ。
もっとも、今となってはその判断は誤りであったと皇帝は後悔しているのだが。
そして皮肉なことにこうなった要因でもあるアレクサンダーの「感情よりも理性を優先する」という気質は、帝国にとってもありがたかった。
感情的になった相手と交渉するのは骨が折れるからである。
「しかし陛下……お一つ、懸念事項が」
「懸念?」
「……はい。アレクサンダーは『フィーア』がホムンクルスであることを、知っているようです」
「何!?」
宰相はアレクサンダーが口止め料を要求していることを伝えた。
皇帝は不愉快そうに顔を顰めた。
「……あの、チンピラ勇者め。相変わらず、強請り集りは得意と見える」
「全くですな」
「それでどう対応するつもりだ? 口止め料を支払ったところで、その後もあの男が口を閉じているとは限らないぞ? 何しろ誠実とは正反対に位置する人間だ」
皇帝の懸念も尤もである。
アレクサンダーがフィーアの秘密を知る限り、帝国はアレクサンダーに翻弄されることになる。
「証拠を隠滅するしかありますまい」
「証拠を隠滅?」
皇帝の質問に対し、宰相は頷いた。
「『フィーア』を遠隔操作で破壊します。そうすれば『フィーア』がホムンクルスである証拠は消滅します。……ホムンクルスなど、また作れば良いのです」
まあ、たぶん五等分の暗殺者を開発中なんでしょう