第25話 チンピラは帝国から搾り取ろうとする
帝国政府との交渉がある程度まとまってきたことをハンス(とついでにフィーアたち)に伝えるために、アレクサンダーがメアを伴って牢へと赴くと……
ハンスとフィーアたちを、四六時中監視していたリリアナが興奮した顔でアレクサンダーに近づいた。
何だか面倒くさそうな雰囲気を感じたアレクサンダーだが、逃げるわけにもいかない。
「いやー、勇者。彼女は凄いよ!!」
リリアナは興奮気味に言った。
彼女、というからにはフィーアのことである。
「何が凄いんだ?」
「彼女、フィーア君は人間では無かったんだ!」
アレクサンダーは眉を顰め……
牢の中にいるフィーアたちを見る。
四人のフィーアはやはり、何を考えているのかよく分からない顔でぼーっとしていた。
「俺の目からは人間に見えるが?」
アレクサンダーがそう言うと、リリアナは頭を掻いた。
「あー、すまない。少し言葉足らずだったかな? 正直、人間か否かに関しては定義に依るね。まあ、そうだね……元仲間として、道徳的・倫理的な意味では彼女は人間として、一人の個人として権利を有していると僕は思うよ」
決してフィーアのことを貶しているわけではない。
そう前置きした上で、リリアナは説明を始めた。
「人間か否かってのは、現在の科学的な定義の上でさ。フィーアはホムンクルスであり、また人工精霊だったんだ」
「……ホムンクルス? 人工精霊?」
アレクサンダーは首を傾げた。
魔導科学について詳しくないアレクサンダーでも、『ホムンクルス』と『人工精霊』という言葉には若干の聞き覚えがある。
前者、ホムンクルスは人間の手で作られた人間のことであり……
後者、人工精霊は人工的に作られた『精霊』と呼ばれる魔導的な生命体のことである。
「多分詳しく説明しても理解できないだろうから、簡潔に説明するんだけど……フィーアの体はホムンクルスで、魂は人工精霊なのさ」
「なるほど」
分からん。
と、内心でアレクサンダーは呟いた。
「そしてもっと凄いことに……フィーアは四人で一人だ」
「……?」
アレクサンダーは首を傾げた。
リリアナの口振りから察するに「俺たちは三人で一人だ!」のような友情・仲間・絆的な意味ではないことは分かる。
「よく分からないが……四人で一人の人格、ということか? 意識を共有していると?」
「おお! さすが、勇者! やっぱり君はバカだけど、地頭はそこそこ良いね」
リリアナは頷いた。
「これほど諜報活動に適した存在はいないだろうね……僕らの迷宮攻略は常に帝国によって監視されていたわけだ」
「なるほどね……道理で四人とも一緒に見えるわけだ。少しの雰囲気の違いもないのかと思ったが、同一人物ならそりゃあないだろうな」
どれが自分たちの元仲間のフィーアなのか。
という問いについて悩んでいたアレクサンダーにとっては、全員同じフィーアであるという事実は少々意外な解答であった。
「こいつが喋らないのはそれが関係しているのか?」
「それは分からないね。脳の大きさ的にも僕らと同等の知性も感情もあるはずだけど……もしかしたら魂が人工精霊なのが、不具合を起こしているのか、それとも失声症か……そもそもフィーアの個性か」
そればかりは詳しく調べてみないと分からない。
と、リリアナは肩を竦めた。
アレクサンダーとリリアナの話が一段落したところで、先程から黙っていたメアが口を開く。
「あの、そろそろ外交交渉のことを……」
「あー、そうだった。すまない、すまない」
ここに来た用件を思い出したアレクサンダーはハンスに話しかける。
「よう、ハンス。お前の方は無事に帰れそうだぞ」
「……それは喜ばしいこと、と素直に喜べないな。帝国政府は私を解放するために、君に何を差し出した?」
ハンスが尋ねると、アレクサンダーは肩を竦める。
「テレジアの家族。あとあいつが運営していた孤児院の子供たちだ。まあ後者は希望者だけだが」
帝国にとっての重要な大駒であるハンス・クーベルシュタイン。
それに対する交換条件がテレジアを帝国に縛り付けるための人質。
つまりこれは事実上の、テレジアとハンスの交換である。
「これだけでも揉めに揉めたんだぞ? まずあちら側がなかなか交渉のテーブルに着かなくてな」
反逆者、テロリストのアレクサンダーとは交渉を一切しない!
と、公式に声名を出した帝国の対応はとても頑なであった。
「だが王国の軍事的脅威に耐えきれず、ついに交渉のテーブルに着いた。それからは早かったな」
「まあ……その軍事的脅威、王国を嗾けたのは勇者様ですけどね」
メアは肩を竦めた。
アレクサンダーが王国にいるアニエスに対し、こっそりと「帝国で暴れ回ってくれない?」と頼んだのだ。
元々アニエスは王国の戦力の一つとして、参戦させるべきであるという意見が王国国内にあった。
国内の反乱分子への抑えのため、または過剰戦力となる、予備兵力として備えるべき……等々の理由から参戦が見送られていたが、アレクサンダーからの要請を受けたことで、アニエスは大喜びで戦場に行き、帝国で大活躍をした。
結果、帝国はすぐにでもハンス・クーベルシュタインが必要になったのである。
「しかし……帝国の皇帝陛下はそんな簡単に前言撤回して良いんですかね?」
「いや、帝国の皇帝はあまり政治をやらんのだよ」
「……どういうことですか?」
メアは首を傾げた。
「帝国の主要な政治機構は四つ。大審院、帝国議会、内閣、そして教会だ。皇帝はこの四つの機構の責任者を任命したり、解散させたりできるが……皇帝本人が政治的な決定をすることはあまりない。今回の帝国の心変わりは簡単だ……行政を司る内閣が交代したんだよ」
つまり帝国内部の政権交代が原因である。
アレクサンダーに対して比較的好意的な党派へと、政権が移行したのだ。
「……つまり帝国の皇帝陛下は実際はそんなに偉くないってことですか?」
「そんなことはない。聖教会の守護者である皇帝の威光は強大だ。その威光を無視して、貴族たちは政治を行うことはできないだろうさ」
そういう説明で良いだろう?
とアレクサンダーがハンスの方を見ると、ハンスは小さく頷いた。
「おそらく今回の事件が原因で、反勇者派が失脚したのだろう。……勇者、今なら君も戻れるんじゃないか?」
「戻れるかもな。でも、今更だ」
現在の政権はアレクサンダーに対して比較的好意的だ。
アレクサンダーが頼めば、王国への牽制のために喜んでアレクサンダーを帝国へと再び迎えるだろう。
とはいえ、もうすでにアレクサンダーは国を作ってしまっている。
後には引けない。
「フィーアに関する交渉は今、やっている最中だ。……ハンス、お前フィーアに関してどれくらい知っている?」
「仮にもお前が有利になるようなことを話すとでも? ……と言いたいところだが、私はフィーアに関しては全く分からない。フィーアが四人いたことも、最近知ったくらいだ。最初に私とフィーアが交戦してお前を疲弊させ、油断させたところで……後から三人のフィーアでお前の暗殺を謀る、という作戦は当日に伝えられたものだ。正直、驚いた」
ハンスの証言は意外なものであった。
帝国の最高戦力の一角である、ハンスにもフィーアが四つ子、というより四人で一人であることは伝えられていなかったようだ。
「……所詮、駒には重要な情報は流さない、ということか」
アレクサンダーは内心でほくそ笑む。
ハンスは気付いていないようだが、今の情報は十分「お前が有利になるようなこと」である。
「まあハンス、お前はあともうしばらくの辛抱だから頑張ってくれ。リリアナ、引き続き監視と……フィーアに関する情報集めを頼むよ」
「了解! 任せてくれ!!」
フィーアを調べても良い、とアレクサンダーからのお墨付きを得たリリアナは目を輝かせた。
さすがのリリアナも、元仲間のフィーアを解体することは多分やらないだろうとアレクサンダーは思いつつ……
小さな声で呟く。
「帝国には貸しがあるからな。せっかくの機会だ、可能な限り……搾り取らせてもらうよ」
アレクサンダーはニヤリと笑みを浮かべる。
身代金にしろ、何らかの技術協力にしろ、交易にしろ……
フィーアは帝国から大きな譲歩を引き出せる、重要な政治的カードになる。
たとえ元仲間と言えども、アレクサンダーは利用できるものは利用するつもりであった。