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第24話 チンピラ勇者は帝国と仲直りする方法を考える

 「いやー、何とか逃げ出せて本当に良かったな」

 「……勇者、体は大丈夫ですか?」

 「一晩寝たら全回復だ」

 「そ、そうですか……」(どういう体の構造しているんだろう……)


 笑顔で親指を突き出すアレクサンダーに対し、テレジアは思わず苦笑いを浮かべた。


 

 アレクサンダーたちは無事に帝都からの逃亡に成功した。

 ハンスとフィーア×4は迷宮内部の牢獄に閉じ込めている。


 「とはいえ、これからが本番だよ、アレクサンダー」


 元気そうなアレクサンダーにそう忠告したのは、フロレンティア共和国から来たアリーチェである。

 アリーチェはテレジアの方を向く。


 「君が経営していた孤児院の子供たちは取り残されたままなのだろう? それに家族も」

 「……はい」


 テレジアは暗い顔で頷いた。

 孤児院の子供たちはともかくとして、両親に関しては自宅に軟禁されており……人質として使われるのは目に見えている。


 「もう一回、忍び込むか?」

 「……そう何度も同じ手が通用するほど、帝国政府も教会も馬鹿じゃないと思うけどね」

 「だよな」


 アレクサンダーは肩を竦めた。 

 となると、手段は限られてくる。


 「つまり政治的な交渉で取り戻さなければならない、ということだね。ハンス・クーベルシュタインとフィーアの二名……実質五名だっけ? を連れてきたのはナイスな判断だ。重要な政治的カードになる」

 「政治的カードで思い出したんだが……リリアナの顔を見られてしまったんだが、大丈夫か?」


 アレクサンダーが尋ねると、アリーチェは肩を竦めた。


 「あまり大丈夫ではないね……とはいえ、もう一年も過ぎてほとぼりが冷めた頃合いだ。私の関与を疑う声もそうそうでないだろうし、君と迷宮が都市国家同盟に利益を齎すのは事実だから……全体として都市国家同盟と関係が悪化するということはないだろうね。ただし、ヴェンジニア共和国との関係悪化は覚悟したまえよ?」


 「まあ……それは仕方がないな。一応、逃げ出したリリアナを保護しただけで脱獄の手引きはしていない、と公式に言い訳をしておくよ」


 「それが賢明だね」


 アリーチェは頷いた。

 そして話は帝国との交渉に移る。


 「仲介の方は私がしよう」

 「すまないな」

 「なーに、対価は後でしっかりと貰うさ」


 アリーチェはニヤリと笑う。 

 口の端から鋭い牙が見え隠れした。


 「……ピンチはチャンスとはよく言ったものだね。これを機会に帝国とも和睦、もしくは最低限の不可侵を結ぶと良い。帝国政府も、君と王国、そして都市国家同盟を相手にしようとするほど馬鹿ではないさ」


 「ついでに通商も開ければ幸いだな。まあ……正直、交渉とかはあまり得意じゃない。基本的にはアリーチェと、テレジアに任せるよ」


 専門外のことに関しては詳しい人物に丸投げする。

 それがアレクサンダーの方針である。


 アレクサンダーには戦う以外の能が無いのだから。


 「それはともかくとして、問題はフィーアたち(・・)の方だ。ハンスは頑固者だが、それを除けば一番の常識人だし、話も通じる」


 少なくとも会話はできる。

 これから帝国政府と交渉するから大人しくしていろ、とアレクサンダーが言ったところ、今のところしぶしぶという表情ではあったが、納得している。


 だがフィーアは……


 「今のところフィーアはリリアナが監視している。一応、まだ大人しいが……あいつは話が通じないからな」


 帝国に連れて行くために外に出した瞬間、暴れ出す危険がある。

 何を考えているか分からないため、同時に何を仕出かすかも分からない。


 「あいつは元仲間だが……まともに会話をしたことがないからなぁ」

 「会話どころか、私は彼女が意味のある言葉を発したところを見たことがありませんよ」

 「一応、言葉を理解することはできるみたいだけどな」


 もっとも理解した上で、こちらの指示に従ってくれるか否かは別の話ではあるが。 


 「……しかし驚いた。フィーアのやつ、四つ子だったんだな」


 アレクサンダーは自分を刺した、フィーアそっくりの三人の少女を思い浮かべて呟く。

 合計四人、フィーアと全く同じ顔の少女がいることになる。


 顔どころか雰囲気や身長、体型までそっくりなのでまるで見分けがつかない。


 「五つ子かもしれませんよ」

 「まあ確かに……」


 捕えたフィーアが全てとは限らない……

 と、そこまで考えたアレクサンダーはようやく気付く。


 「……フィーア()か。四人いるから『フィーア』なのか、あいつが四女だから『フィーア』なのか」


 神聖帝国の古い言葉で、『フィーア』とは数字の四の意味である。

 四人でセットで『フィーア』の可能性もあれば、五女もいる可能性がある。

 こればかりは直接、フィーアに聞いてみなければ分からない。

 もっともフィーアが教えてくれるかどうかは分からないが。


 「一先ず、一度様子を見に行こう」 

 「はい、分かりました」

 「私も同行させてもらうよ」


 アレクサンダーたち三人はハンスとフィーアたちを閉じ込めている牢獄へと向かう。

 並んだ五つの牢獄にはハンスとフィーアたちが閉じ込められており、牢の前には椅子に座ったリリアナがいた。


 「ご苦労だった、リリアナ。すまないな」

 「いや……大したことじゃないよ。……一つ頼みたいんだけど、五人の監視は僕にさせてもらえないかな?」


 リリアナがアレクサンダーに頼んだ。

 アレクサンダーは眉を顰める。


 元仲間の監視など、そうそう面白い仕事ではない。

 一瞬だけ五人を脱獄させようとしているのか? とも考えたが、リリアナはそういう人情溢れるタイプではない。

 

 「どうしてだ?」

 「うーん、フィーア君についていろいろ調べたくてね」

 「……ほどほどにしろよ?」

 「大丈夫。別に大したことはしないよ……まあ、今は敵対しているとはいえ、元仲間だしね。彼女には何度も救われた。僕の感謝の気持ちが伝わっているかは、正直疑問だけど」


 リリアナは苦笑いを浮かべる。

 アレクサンダーはリリアナが見つめるフィーアたちに視線を移した。


 どのフィーアがアレクサンダーの仲間か、判別できない。

 ただ、どれもぼーっと、どこを見ているのか分からないような視線を浮かべている。

 

 「おーい、フィーア四姉妹。不便は無いか?」


 アレクサンダーが声を掛けるとフィーア四姉妹は揃って顔を上げた。

 そして全く同じタイミングで首を横に振る。


 「無いみたいだな。しかしそっくりだな……ところで聞きたいんだけど、お前らって全員合わせてフィーアなの? それともアインス、ツヴァイ、ドライ、フュンフもいるの?」


 アレクサンダーが尋ねるとフィーアは首を傾げた。

 アレクサンダーは少しだけ、付け加える。


 「前者があってるなら首を縦に、後者があっているなら首を横に振ってくれ」

 

 するとフィーアたちは一斉に首を縦に振った。

 どうやら五つ子ではなく、四つ子であり、そして全員がフィーアのようだ。


 「その質問、さっき僕もしたんだけどね。……実に興味深いよ」


 リリアナは楽しそうに笑みを浮かべる。

 まるで実験動物か何かを見るような目で、フィーアを見ている。

 アレクサンダーはリリアナの方の監視も必要だと考え、定期的にユニスを監視に向かわせようと決意した。


 「よお、ハンス。気分は良いか?」

 「気分は良いとは言えないが、体調は悪くない」


 続いてアレクサンダーが声を掛けたのは、丁度真ん中の牢に入れられているハンスだ。

 ハンスは仏頂面で答えた。


 「不便は無いか?」

 「この鎖や手枷以外は」

 「それはさすがに外せないな。お前は仮にも戦略級戦士だ」


 魔力を封じていなければ、すぐにでもハンスは牢を破壊して脱獄するだろう。

 一人で迷宮から抜け出せるとは思えないが、しかしそれでも面倒なことになる点は変わりない。


 「私も大変でしたよ、ハンス。特に私は女でしたからね……水浴びができないどころか、排泄まで監視されるのは苦痛でした。少しは私の気持ちは分かりましたか?」


 テレジアの言葉にハンスは軽く頭を下げた。


 「……君の投獄に与することになってしまったことは、申し訳ないと思っている」


 しかしすぐに顔を上げる。


 「だが私は陛下の命に従わなければならない。後悔はしていない」


 「あなたは相変わらずですね。あなたの帝国政府への忠誠心は素晴らしいものです。頑固なところは長所でもあり、短所でもありますが。まあ別にあなたを恨む気持ちはありませんから、安心してください」


 「……かたじけない」


 ハンスは再びテレジアに頭を下げた。

 アレクサンダーは肩を竦める。

 

 「相変わらず、律儀な奴だ。もう少し適当に、自分勝手に生きた方が良いんじゃないか?」

 「勇者、あなたは自分勝手の度が過ぎる」


 アレクサンダーの言葉に、ハンスは反論した。

 自覚があるのか、アレクサンダーは特に反論はしなかった。


 「何か、要望はあるか? 堪えられる範囲内でだ」

 「……麦酒(ビール)が飲みたい。あと、可能ならばソーセージ」

 「良いだろう。まあ、迷宮で作られた酒とソーセージがお前の口に合うかは、分からないが」

 「虜囚の身だ、贅沢は言わない」


 ハンスは淡々と答えた。

 麦酒(ビール)とソーセージという要求も、アレクサンダーに聞かれたから答えただけであり、もしアレクサンダーが粗末な食事しか出さなくとも、それに文句を言うことは無かっただろう。


 それがハンス・クーベルシュタインという男である。

 アレクサンダーとは対極に位置する人間だ。


 もっともだからといって、二人の関係が決して険悪ではないことは……

 両者の会話から伺える。


 「クーベルシュタイン卿、お久しぶりだ」


 アレクサンダーとハンスの会話が終わると、今度はアリーチェがハンスに話しかけた。

 両者は決して仲の良い関係ではないが……

 一応、勇者パーティーと一国の代表者、ということで相互に面識があった。


 「これは……フロレンティア共和国の執政官殿」

 「ああ、覚えていてくれてありがとう。私がアレクサンダーと帝国政府の間を取り持つ。交渉を長引かせるつもりはないから、安心したまえよ」


 暗にすぐに帰れるようにしてやる。

 と、アリーチェはハンスに言った。


 ハンスは丁重に頭を下げた。


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