第23話 チンピラ勇者は九人のフィーアと戦う
「……フィーア、お前、四つ子だったんだな」
「ゆ、勇者様!? そんなことを言っている場合じゃありませんよ!!」
メアが慌てて駆け寄ろうとする。
そんなメアに対し、フィーアの一人がナイフを振り上げ……
「させないよ」
一人をリリアナが蹴り飛ばした。
そして続いて、跳びかかってきた二人を殴り、蹴り飛ばす。
三人のフィーアは空中で姿勢を立て直し、床に着地をする。
そしてナイフを構え、リリアナとアレクサンダーの隙を伺う。
「メア君、冷静になりな」
「……す、すみません」
リリアナに諭され、メアはようやく冷静になった。
次にリリアナはアレクサンダーに尋ねる。
「勇者、大丈夫かい?」
「ちょーっとばかし、くらくらするな。多分、毒だ」
「……フィーアが使う毒ということを考えると致死性だと思うのだけど、よくくらくらするだけで済んでいるね」
リリアナは呆れ半分、安心半分で言った。
とはいえ、アレクサンダーの顔色はあまり良いとはいえない。
「ま、まあ、大丈夫だ。テレジアに回復して貰えば良い」
「……そのテレジアは今、牢の中だけどね」
「ちょっと! な、何が起きているんですか? その声、貧乳魔導士もいるんですか?」
「誰が貧乳魔導士だ!!」
困惑気味のテレジアの声に対し、リリアナは怒鳴り返した。
そして三人のフィーアを睨みながら言う。
「勇者、どれくらい持ちそう?」
「……三分だ」
「じゃあ一分で一人のフィーアだね」
「すまん、今の俺には九人に見える」
「……本当に大丈夫?」
「すまん、今のは冗談だ。あー、でも三分は難しいかもしれない。二分が限界かも」
「……それだけ元気なら、五分は戦えそうだね」
アレクサンダーとリリアナはフィーア×3へと一気に肉薄する。
フィーアが得意とするのは奇襲戦術か、または障害物が多く、視界不良の戦場である。
つまり狭い部屋の中での戦いならば、正面戦闘が得意なアレクサンダーとリリアナに分がある。
一撃でアレクサンダーを仕留められなかった時点で、フィーアたちに勝ち目はない。
一分も立たず、フィーア×3は床に倒れることになった。
「……すまん、リリアナ。もう駄目だ」
床に倒れるアレクサンダー。
そんなアレクサンダーにメアが慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか?」
「……そう言えば、今ここで俺が死ぬとお前のご主人様はフィーアになるのか?」
「え、縁起でもないことを言わないでください!!」
メアは半泣きでアレクサンダーに対し、必死で声を掛ける。
リリアナは二人を一瞥すると、地下牢の扉を蹴破った。
「性女! 今、治癒魔術は使えるか?」
「……何で初めに来るのが勇者ではなく、貧乳なんですか?」
「ええい! 僕は貧乳じゃ……って、そんなことを言っている場合じゃない!」
リリアナはそう怒鳴ると、テレジアの体を拘束している鎖を引きちぎる、
魔力封じの手枷と足枷を破壊し、強引にテレジアを断たせた。
「勇者が毒にやられた! それと出血多量だ!! 急いでくれ」
「それを先に言いなさい!」
テレジアは大慌てて牢から出て、アレクサンダーに駆け寄る。
そして治癒魔術と解毒魔術を掛けた。
聖女と呼ばれるだけあって、テレジアの腕は良い。
すぐにアレクサンダーの出血は止まり、毒も体から殆どが消え去った。
「ふぅ……すまないな、テレジア。……おっと」
アレクサンダーはゆっくりと立ち上がろうとし、そしてよろける。
それを慌ててメアが支えた。
「失った体力までは戻りません……無理はしないでください。それと助けに来てくれてありがとうございます」
「礼には及ばないさ。お前は俺の女だぞ? 助けるのは当たり前だ」
アレクサンダーがそう言うとテレジアは頬を赤らめた。
するとリリアナがわざとらしい咳払いをする。
「ごほん、ごほん……えー、テレジア。君が間抜けにも捕まった理由を聞いても良いかな?」
「間抜け云々はあなたに言われる筋合いはありませんが? ……まあことの切っ掛けは帝国政府からの参戦要求を断ったことです」
「参戦……ということは王国との戦いか? 何でだ?」
アレクサンダーが尋ねると、テレジアは肩を竦める。
「何でも何も、私は聖職者ですよ? 人を殺すわけにはいかないでしょう。まさか、戦場で不殺など不可能ですし」
「異教徒はノーカンじゃないか?」
「人によりますが、私にとってはノーカンではないのです。私、こう見えても平和主義者なので」
その割にはリリアナを相手にするときには本気で殺しにきていないか?
とアレクサンダーは思ったが、口には出さなかった。
「それに『姫騎士』アニエスや『魔導騎士』フィリップとは、戦いたくないでしょう?」
「まあ、確かに」
一応、肩を並べて戦った元仲間である。
そんな仲間と殺し合いをしたくない、という考えは理解できる。
「ただ、それは切っ掛けです。元々私は聖教会内部では改革派で教義の解釈が上とは異なりましたし、異教徒・異端者には寛容に、と声高に叫んでいましたからね。それに出世で妬まれていましたし……原因の大本はそこでしょう。反逆者の勇者と親しかったとか、参戦要求を断ったからとか……その辺りは建前に過ぎないと思います」
「つまり自業自得ってことだね!」
リリアナが馬鹿にしたように言うと、テレジアはイラついた顔で言う。
「あなたのような研究費のネコババするような悪行はしていません。私は自分の正義を貫いただけです」
「僕は研究費の横領なんて、していない! 勇者じゃあるまいし……一緒にするな!!」
喧嘩を始めるリリアナとテレジア。
アレクサンダーは頭を抱えながら言った。
「あー、取り敢えず早く逃げないか? あと、テレジア。ハンスとフィーア×4の治療もついでにやってくれ」
「あ、はい」
テレジアはハンスやフィーア×4の治療を開始する。
ハンスの腹部に治癒魔術を掛けながら呟く。
「……内臓が傷ついていますよ? 下手したら、死ぬレベルの怪我です」
「リリアナ」
「い、いや……あっちだって、殺す気で来てたし」
一先ず治療を終えた上で、テレジアはハンスやフィーア×4に睡眠魔法を掛ける。
「それでこの二人……というか五人ですけど。一応、連れ帰りますか?」
「そうだな……人質としては有用だろう。戦略級戦士五人は」
アレクサンダーは頷いた。
とはいえ、深手を負っているアレクサンダーがフィーアを抱えて逃げるのは難しい。
また、テレジアも今まで投獄されていて体力が消耗しているため、やはり複数人を抱えて逃げるのは無理があるだろう。
さすがのリリアナも五人を抱えるのは無理だ。
さらに……
「勇者アレクサンダー! 貴様は包囲されているぞ!!」
アレクサンダーが蹴破った扉から、ぞろぞろと兵士たちが現れる。
「おいおい、お前ら……良いのか? これ以上近づいたら、ハンスを殺すぞ。ハンス・クーベルシュタインが死ぬのは不味いんじゃないか?」
「……」
アレクサンダーは気絶しているハンスの首元に剣を当てて、兵士たちを牽制しつつ……
小声でメアに言った。
「……お前だけは先に逃げな」
「そ、そんな! そういうわけにはいきません!!」
メアは首を左右に振った。
するとテレジアが兵士たちに聞こえない程度の小さな声で、囁く。
「……私が結界を張って、魔法魔術阻害魔術を一時的に無効化します。その間に転移魔術で逃げましょう」
「……そんなことができるのか?」
「これでも聖女。結界魔術はお手の物ですよ」
テレジアは頷いた。
アレクサンダーとリリアナは兵士たちに追い詰められるフリをしながら、じりじりと中心へと集まる。
そしてメア、アレクサンダー、リリアナ、テレジア、さらにハンスとフィーア×4の体が互いに接触し合った瞬間、テレジアが結界魔術を使い一時的に自分の周囲への魔法・魔術への干渉を遮断させた。
それと同時にメアが転移魔術を使った。