第22話 チンピラ勇者は性女を救出に行く
「というわけで、リリアナ。テレジアのやつをちょっと助けに行ってくるから留守番を頼む」
「うん、すまない。取り敢えずなぜあの性女に助けが必要なのかを、教えて貰えないか?」
唐突に言いだしたアレクサンダーに対し、リリアナは首を傾げた。
「俺もよく分からんが、あいつ、捕まったらしいぞ。異端だか、異教だかの罪で」
「ふーん、まあ確かにあの性女は異教徒や異端者にも一定の権利を……とか言ってたし、目の仇にされるのは分かるけど……確か、王国と帝国は戦争中だろう?」
貴重な戦力であるテレジアを捕まえるような真似をするメリットが帝国政府にはないはずだ。
と、リリアナは主張した。
アレクサンダーは肩を竦める。
「俺も分からないよ。まあでも、どうせ帝国内部での下らない権力闘争じゃないか? 確かにテレジアは優秀だし、強いが……代わりがいないってわけでもないだろうし」
王国も帝国も、人材の層は厚い。
アレクサンダーのような決戦兵器はともかくとして、それ以外の『聖女』テレジアや『姫騎士』アニエスに匹敵する程度の戦士ならば、それなりの数が揃っている。
迷宮攻略に駆り出した戦力は、帝国と王国の戦力の一部に過ぎない。
「……よし、僕も行くよ」
リリアナは立ち上がった。
「いや、だが迷宮の守りが……」
「帝国の狙いは君だ、勇者」
リリアナはそう断言した。
「良いか、勇者。帝国は君が王国と友好を結んだことを問題視しているんだ。それであの変態性女を餌に君を釣り出そうとしている。勇者ならば聖女テレジアが危機に陥れば、必ず駆けつけてくるに違いない……と帝国は考えているんだよ」
「……テレジアを失ってまで、俺を殺す必要なんてあるか?」
餌にするにはテレジアはあまりにも価値が高すぎるように思えた。
しかしリリアナは首を縦に振った。
「それについてはさっき、君も言っただろう? テレジアは、あの変態性女は元々上層部に嫌われている。まあ……僕もあまり人のことを言えないけど。目障りな性女を消せる上に、安全保障上危険な勇者を殺せるならば連中はやるだろうさ。性女一人で勇者を釣り出すのは、それなりに割に合うと思うよ」
アレクサンダーは大陸最強の人間である。
その戦闘能力は各国に警戒されるほどだ。
リリアナやテレジアが一騎当千であるとするならば、アレクサンダーは一騎当万である。
実際、勇者を除く勇者パーティー全員を合わせても……尚アレクサンダーの方が強いだろう。
それを考えると、不穏分子の『聖女テレジア』を切り捨てて、アレクサンダーを殺すのは決して割に合わないとまでは言えない。
リリアナの考えも尤もだと感じたアレクサンダーは……
少し考えてから尋ねる。
「……逆に迷宮を狙う可能性もあるんじゃないか?」
アレクサンダーを呼び出して、手薄になった迷宮を襲撃する。
有り得る話である。
だからこそアレクサンダーはリリアナに留守番を頼んだのだが……
「迷宮なんかよりも、勇者、君と……ついでに変態性女の方が大切だろう? それに戦力は分散させず、集中させた方が良い」
「……それもそうだな」
リリアナの言い分ももっともだ、とアレクサンダーは頷いた。
「さて……まずは帝都にでも跳ぶか」
「別に構わないけど、帝都のど真ん中に転移するなんてことはないよね?」
「帝都には借りている部屋が一つある。そこに転移する」
「さすが元盗賊、余念がないね」
「……」
アレクサンダーは一言何か言ってやろうと考えたが、時間が惜しいのでやめた。
「さて、何なく帝都に侵入できたわけだけど……」
リリアナが変身眼鏡をクイっと指で上げる。
アレクサンダーもメアも、変身眼鏡を掛けている。
これで人相によって通報される心配はない。
「当てはあるのかい?」
「アリーチェからの情報によると、テレジアの罪状は『異端』だ。それを考えると中央教会の管理する地下牢じゃないか?」
「まあ、確かに変態性女を閉じ込めて置ける設備は帝都の中ではそこしかないかな? 深夜、突入しよう」
そんな二人に対し、メアは溜息混じりに言う。
「……大丈夫なんですか? そんな作戦で」
「大丈夫だ。何しろ俺とリリアナの二人がかりだぞ? それに今回はお前もいる。別に見つかっても問題はないさ。俺たちがテレジアの下に辿り着きさえすれば、それで勝利だ」
元々帝国との関係は悪いのだから、今更帝国の地下牢で大暴れしたところでこれ以上悪化することはない。
と、アレクサンダーは言った。
「まあ……確かに、それもそうですね」
雑ではあるが、単純な作戦である。
あの勇者と大魔導士が大丈夫と言っているのだ、大丈夫だろう。
メアは二人を信じることにした。
「勇者、君は呆れるほど単純だな」
「……」
中央教会の地下牢。
その最深部、で待ち構えていたのは一人の騎士と、白髪の少女だった。
帝国騎士、ハンス・クーベルシュタイン。
帝国暗殺者、フィーア。
帝国が誇る戦略級の戦士である。
「ほら! だから言ったではないですか、勇者様!」
「まあまあ、落ち着け、メア」
アレクサンダーは言わんこっちゃないと詰め寄るメアを制してから、不適な笑みを浮かべる。
「やっぱり待ち伏せしてたか」
「ああ。残念ながらな」
ハンスは淡々と答える。
アレクサンダーは肩を竦めた。
「教えてくれる気はないか?」
「悪いが、私は帝国に仕える軍人なのでな」
「冤罪で捕まった仲間の処刑に協力するのもか?」
アレクサンダーが尋ねると、ハンスは一瞬表情を歪めた。
が、しかし淡々と答える。
「剣が意思を持つと思うか?」
「相変わらず、生真面目な奴だな」
そう言ってアレクサンダーは剣を抜いた。
「悪いが、先に行かせて貰うぞ。テレジアは俺のモノだ」
「ならばできる限り急ぐのだな。直に援軍が来て、この地下牢の出入り口は塞がれる。一応言っておくが、転移魔法はここでは使えないぞ? 君がテレジアを助けるには、援軍が来る前に私とフィーアの二人を倒すしかない……もっと君一人で倒すのはさすがに難し……」
「おいおい、ハンス。君、僕のことを無視するのは酷くないかい?」
そう言ってリリアナが変身眼鏡を取った。
ハンスは目を見開いた。
「リリアーナ・モンテメラーノ! なるほど、脱獄したとは聞いていたが、それを手引きしたのは勇者か」
「そういうことだね。……帝国にはいろいろと借りがある。君の相手は僕がしよう」
そう言ってリリアナは拳を構えた。
そしてメアに尋ねる。
「メア君、ここには魔法魔術阻害魔術が敷かれているようだ。だけど、僕の開発したものほど効果は高くない。おそらくだが、君一人が転移する分はギリギリ大丈夫だろう。危なく成ったらすぐに逃げるんだ」
「は、はい!」
メアは頷いて後ろへ下がり、アレクサンダーとリリアナから距離を取った。
「フィーア、君は勇者を頼む」
「……」
フィーアは感情の見えない目でじっとアレクサンダーを見つめる。
アレクサンダーはニヤリと笑った。
「来な、フィーア」
「……ッ!!」
その瞬間、フィーアがアレクサンダーに跳びかかった。
ナイフと聖剣が高い金属音を鳴らして、衝突する。
それと同時にリリアナの拳とハンスの剣がぶつかる。
「さすがフィーア……強いな」
「……」
巧みにアレクサンダーの聖剣から距離を取り、ナイフを投擲するフィーア。
帝国最高戦力の一角と言われるその実力は、大陸最強と名高いアレクサンダーとも互角以上に戦えるほど高い。
だが……
「でもな、フィーア。これはお前の不得意分野だろう?」
ニヤリとアレクサンダーは笑みを浮かべた。
そして一気にフィーアに肉薄する。
「……っ!?」
「お前が得意なのは奇襲だろう? 一対一の正面戦闘はお前が最も苦手とする戦い方……戦術を間違えたな」
そう言ってアレクサンダーは聖剣の腹をフィーアに叩きつける。
小柄なフィーアの体はあっさりと吹き飛ばされ、壁に激突する。
「……けほ」
フィーアは小さく息を漏らし、そしてぐったりとそのまま動かなくなった。
フィーアを早々に片付けたアレクサンダーは、リリアナに加勢しに行く。
「よう、ハンス……投降しな。俺とリリアナの二人を相手にするのは、いくらお前でも無理だろう?」
「……忠告するぞ、勇者。テレジアの救出は諦めろ。さもなければお前も死ぬぞ?」
ハンスはアレクサンダーとリリアナに言った。
が、しかし二人はそんな忠告に耳を貸すことなく……ハンスは徐々に追い詰められていく。
「これでも食らえ!!」
リリアナの拳がハンスの腹にめり込む。
バキバキと音を立てて、金属製の鎧が壊れる。
ハンスの膝が崩れる。
「おいおい、リリアナ……まさか、殺してないよな? さすがに元仲間が死ぬのは寝覚めが悪いぞ」
「い、いや……手加減はできなかったからね。で、でも、多分ハンスなら大丈夫だって。即死はしてないはずだから、最悪あの変態性女に治療して貰えば良いし」
「……まあそれも、そうか」
アレクサンダーは頷き、フィーアを左手で抱える。
「リリアナはハンスを頼む。……この二人は人質にする」
「一応、元仲間なんだけどね。君も割と人の事、言えないよね」
「お互い様という奴だ」
アレクサンダーがそう言うと、リリアナは肩を竦めた。
そしてハンスの襟首を掴み、ずるずると引きずっていく。
「多分この奥だよ、勇者。魔力封じの結界が張ってある」
リリアナがそう言うと、アレクサンダーは頷き……
思いっきりドアを蹴破った。
鉄製のドアが吹き飛ぶ。
「相変わらず乱暴な……」
「ちんたらピッキングしている暇なんぞない」
そう言ってアレクサンダーは部屋の中へと入る。
そこにはもう一つ、小さなドアがあった。
そこに向かってアレクサンダーは声を掛ける。
「おーい、テレジア、いるか?」
「……その声は勇者!?」
驚きと喜びが入り混じった声が返ってきた。
テレジアの無事を確かめたアレクサンダーは、一瞬だけ気を抜いた。
その時、物陰から何かが飛び出してくるのが見えた。
数は三つ。
アレクサンダーはその持ち前の反射神経で、首や胸部に迫るナイフの斬撃を避ける。
急所を外すことはできたが……
その奇襲を完全に避けることはできなかった。
腹と左右の脇腹に鋭い痛みが走った。
アレクサンダー視線を己の腹に移す。
すると、そこには三本のナイフが突き刺さっていた。
アレクサンダーにナイフを突き立てたのは、三人の白髪の少女。
アレクサンダーは目を見開いた。
「……フィーア?」
そこにはフィーアが三人。
いや、アレクサンダーが今抱えているフィーアも含め、四人のフィーアがいた。




