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第21話 チンピラ勇者は迷宮に於ける経済発展について頭を悩ませる

 「ふっ……温かいですね」

 「そりゃあ、シチューだからな」


 アレクサンダーとメアはテーブルを向かい合い、食事をしていた。

 大きなバゲットパンに、豚肉のシチュー、サラダ、葡萄酒という……極めて一般的なメニューである。

 

 「いえ、その……一年前はこんな温かい食事は食べれなかったので……あ、いえ、すみません。あまりそういう話はするべきではないですね」

 「いや、別に俺は不快な思いはしなかったから良いけどな……」


 かれこれアレクサンダーが迷宮に国を建てると決意してから、一年が経とうとしていた。

 迷宮内部の季節は外の季節と連動している。

 そのため迷宮の季節は殆どが冬となっている。


 殆ど、というのはつまり冬ではない場所もあるということだ。

 『熱帯多雨林』や『大凍土・火山地帯』などは殆ど気候が変わらない。


 「しかし一年で随分と迷宮も発展……というべきなのかは分かりませんが、『国』になってきましたね」

 「まあ、まだ税金すらも取ってない段階だけどな」


 迷宮の人口は現在、二十万人を突破した。

 獣人族の移民や、都市国家同盟からの移民第二弾、そして各国からの自発的な移民・難民により人口は増大を続けている。


 「だが食糧基盤は整いつつあるし、もう食糧の支援や輸入は要らなくなるかもな。税金が取れるようになるのは、あともう一年後だろうけど」


 最初期にやって来た移民たちが作った畑は無論のこと、最近やってきた移民たちの作った畑も来年には収穫が期待できる。

 迷宮の土壌は肥沃で、降雨量も安定しているため……豊作になることは約束されている。


 また都市国家同盟から移住してきた漁民たちが『大海原』で魚やクジラなどを仕留め、せっせと干物や干し肉に加工している。

 家畜ネズミであるクイもまた、各家庭で育てられ、食卓に上がっている。


 「何というか、変な話ですよね。普通、小麦や野菜の方が安いじゃないですか。それなのに肉や魚の方がこの迷宮では得易いなんて……」

 「まあ……それも来年までの話だろう。人口が増えて、畑が増加すれば逆転するさ。クイに関しては分からないけどな」


 肉類が迷宮の主食と化しているのは畑がまだ広がっていないのと、人口が少ないからである。


 畑よりも、畜産や漁業は初期投資が少なくて済むためすぐにでも肉や魚は生産できる。

 だが生産性そのものは畑で採れる穀物や野菜には劣る。

 

 小麦や野菜と、肉や魚の価値の『捻じれ』は来年には変わっているだろうというのがアレクサンダーの予想である。


 「ところで勇者様。人口二十万って、国としてはどんな規模なんですかね?」 

 「うーん、ギリギリ小国ってところかな?」


 アレクサンダーは少し考えてから答えた。


 「どんな国も正確な人口なんて把握してないから分からないけど、王国と帝国の人口は確かそれぞれ二千万から三千万程度だったな。都市国家同盟は確か全体なら二千万を超えない程度だと聞いた」

 「じゃあまだまだ、ほんの小さな小国という感じですかね?」


 メアの問いにアレクサンダーは首を横に振った。


 「比較対象にもよるさ。都市国家同盟の中なら、人口二十万くらいならごく普通の小国だろう。人口十万を下回る国もあるからな」


 尚、都市国家同盟最大の人口を誇るのはフロレンティア共和国である。

 都市の市民だけでも十万、域外や衛星都市の人口も含めれば百万を超える。

 

 「しかし問題になるのは法制度だな。人も増えてきたし……その分、揉め事も多い」


 人口の増加に伴い、住民同士の紛争も絶えなくなってきている。

 

 元々、帝国・王国・都市国家同盟と住み分けをする程度には仲の悪い、相性の悪い民族が同じ空間で生活をすれば、その分紛争が生じるのは当然と言えば当然である。


 アレクサンダーは混乱を防ぐために各々に自分たちの文化や宗教はそのままでも良いと命じていたが、それが軋轢を生じさせている。

  

 特に神聖教と女神教の相性は絶望的に悪い。


 「あと文官の方も増やさないとですよ……どうします? また奴隷を買いますか?」


 「いやー、文字の読み書きのできる奴隷ってやっぱり高いからな。いつまでも奴隷に頼るわけにもいかないし……やっぱりあれだな。教養人の移民とかを募集しないと」


 「……教養人がこんなところに来ますかね?」


 「現状、来ていないのがその答えじゃないか?」


 アレクサンダーとメアは溜息を吐いた。

 結局、迷宮に来るのは「棄民」されるような層の人間である。

 

 大多数がそういう人間なのは問題無いのだが……全員がそうだと、それはそれで国が成立しない。

 

 「頭のいい人って、どうすれば来るのかな?」

 「お金をたくさん出せば来るんじゃないですかね?」

 「お金を使うところ、迷宮にはないぞ」


 一応、クジラから採れた油や迷宮の氷などを買いに行商人たちが来ることは確かだ。

 しかし彼らは「買い」に来ているのであって、「売り」に来ているわけではない。


 必要な生活物資はアレクサンダーがまとめて購入し、分配しているということもあり……行商人から物を買おうとする者は少なく、そもそも買おうと思っても買うための貨幣を持つ者も少ない。


 アレクサンダーが現物を配給するのではなく、金銭を配って、商人から買う方式にすれば少しは現状も変わるかもしれないが……

 アレクサンダーがアリーチェの威光を背景に纏めて購入した方が、生活物資は安価に購入できるという事情がある。


 財政的な余裕がない現状では、住民に金銭を配るというやり方は取れないのだ。


 「じゃあ使うところは作るというのはどうですか?」


 メアの提案にアレクサンダーは眉を顰める。


 「使うところを作る? 作るって言ったって、そんなところ……いや、待てよ? 作ろうと思えば、作れるか……確かに需要はあるかもしれない。うん、ありだな」


 アレクサンダーはニヤリと笑みを浮かべた。

 そしてメアの頭を撫でた。


 「ありがとうな、メア。お前のおかげで良いことを思いついた」

 「は、はぁ……ところで良いことというのは?」

 「それは秘密だ。……少なくともアリーチェの支援が必要になるな。よし、善は急げだ」


 アレクサンダーは立ち上がった。

 すでにテーブルの上の皿は空になっている。


 「メア、フロレンティア共和国まで跳ぶぞ。転移をよろしく頼む」

 「はいはい……分かりました」


 メアは頷き、アレクサンダーの手を握る。

 向かう先はフロレンティア共和国、アリーチェの屋敷のある一室だ。


 ぐるりと視界が変わり、気付くとアレクサンダーとメアはお洒落な小部屋にいた。

 

 転移魔法というのは繊細な魔法で、もし転移先に人や物などが存在すると大事故に繋がる。

 また、突然人が現れれば当然大騒ぎにもなる。


 メアの転移魔法の存在はある程度は知られているが……国から国へと移動できるほどのものである、ということはできるだけ隠しておきたい。


 そういうわけでアレクサンダーとメアは、フロレンティア共和国に跳ぶ時は普段は誰も使用していないこの小部屋へと移動することにしていた。

  

 アリーチェの屋敷へと無事に跳び終えた二人は部屋を出る。

 そして丁度通りかかった使用人に声を掛けた。

 アリーチェの屋敷の使用人たちには、メアの転移魔法のことは詳細を省いた上で伝えられてるので、不法侵入で追い出されるようなことはない。


 「お邪魔させて貰っているぞ。アリーチェは今、暇か?」

 「アレクサンダー様! あ、アリーチェ様がお呼びです!! こちらへ来てください!!」


 使用人は叫ぶようにいうと、アレクサンダーに対してついてくるように言った。

 ただならぬ様子にアレクサンダーとメアは黙って頷き、使用人についていく。


 使用人はアリーチェの執務室に赴くと、強くノックしてから声を掛けた。


 「アリーチェ様! アレクサンダー様が御来訪されました!」

 「何! アレクサンダーが!? 通すんだ」


 使用人はすぐにドアを開けてアレクサンダーを中へと通した。

 アレクサンダーの姿を確認したアリーチェは椅子から飛び上がるように立ち上がり、アレクサンダーの方へと歩み寄る。


 「どうした、アリーチェ。そんなに俺の体液が恋しかったか?」

 「まあ、確かに君の体液は中々美味だからね……そろそろ欲しくなってきた頃合い……って、そんな話をしている場合じゃない!」


 アリーチェは拳でアレクサンダーの胸板を強く叩いた。 

 

 「本当に、良いタイミングで来てくれた」

 「少しお前に商談があって来たんだが……そういう話をしている場合じゃなさそうだな。どうした?」


 アレクサンダーが尋ねると、アリーチェは焦ったような顔で言った。


 

 「ロイメルク女史(テレジア)が帝国で捕まったそうだ」



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