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第2話 チンピラ勇者は国造りをすることにする

 「うーん、おかげで大分回復したわ」

 「……本当に食べて、寝るだけで治るって、どういう体の構造してるんですかね?」


 三日後、跳んでみたり、腕を回してみたりして、体の調子を確認するアレクサンダーに少女は苦笑いで言った。

 アレクサンダーは肩を竦める。


 「さて、まずは……いろいろ迷宮を案内して貰えないかな? 生憎、広すぎてね」


 迷宮は十一の階層、地上部も含めれば十二の階層に分かれている。

 一つ一つの階層の広さは、最深部である『大宮殿』を除けば『州』や『県』に相応する広さがある。


 全ての階層を合わせれば、その広さは一国の国土と同等と言える。


 アレクサンダーたちは最短ルートで『大宮殿』まで行き、魔王を打ち倒した。

 迷宮の八割以上の土地は未踏破だ。


 「そうですね……ではまず食糧庫からご案内しましょう」

 「そんなものがあるのか」

 「はい。……手を握ってください」


 言われるがままにアレクサンダーは少女の手を握る。

 するとグンっと、内臓が持ち上がるような感覚と同時に目の前の景色が変わった。


 「うわ、寒い……ここはどこだ?」


 アレクサンダーは両手で体を擦りながら尋ねる。

 少女は顔色一つ変えず……しかしやはり寒いのか、腕で体を抱きながら答える。


 「第九階層『大凍土・火山地帯』です」

 「さっきまでいたのが、第十一階層の『大宮殿』だよな? 魔王ってのは、自由に迷宮内部を移動できるのか?」


 迷宮の各階層は独立して存在している。

 ただし各所に『跳躍地点』と呼ばれる場所が存在し、そこから一つの上の階層、または下の階層に移動できる。


 だが少女は『跳躍地点』を経由せず、しかも一気に第十階層を飛び越えて目的地まで辿り着いてみせた。


 「いえ、魔王も迷宮の移動は皆さんと同じです。これは私の固有の技術、『瞬間移動』です。一度行ったところならば、どこへでも飛べます」

 「へぇー、便利だなぁ」


 まあ考えてみれば……

 もし魔王がどこへでも飛べるというのであれば、突然天井に飛んできて、頭上から奇襲攻撃を仕掛けるということもできたはずだ。

 それをしなかったというのは、できなかったと考える方が正しいだろう。


 「魔王はお前のその技術を利用しようとは思わなかったのか?」

 「黙っていましたからね」


 少女は笑みを浮かべた。

 なるほど、狡賢い少女だとアレクサンダーは感心すると同時に、警戒を強める。

 まだ心から信じたわけでもない。

 『服従の首輪』とやらの効力がどれくらいかは分からないが、抜け道というのはどこかに存在するものだ。


 「ここに食糧を入れて置けば、全部凍結します。ですから長期保存が可能です」

 「ふーん、どれくらいが限度だ?」

 「野菜や肉類などは一月から二月。堅く焼いたパンや干し肉など、保存加工を施したものならば一年、二年……五年は持つかもしれませんね。まあ多少腐ったモノを食べても、人間は案外死にませんから」

 

 少女の言葉には妙な重みがあった。

 腐ったモノでも食べさせられたのか……とアレクサンダーは少女の首輪を見て思った。


 そしてふと気づく。

 少女の服装が大変寒そうだということに。


 少女は奴隷のような、いや実際奴隷だったらしいが、とても粗末な服を着ている。

 繊維は麻由来なのか、ゴワゴワと硬そうで、その上使い古しているのかボロボロで、汚れている。


 袖は存在せず、ノースリーブで腋が出ている。

 丈は大変短く、ギリギリ下が隠れる程度。

 

 服には穴がいくつも空いているため、風が吹くたびにそこに冷たい空気が入り込んでいる。

 

 三日前に命令で脱がした時、アレクサンダーは少女が下着の類を着ていないことを確認している。


 少女がよほどの暑がりでも無い限り、相当寒いはずだ。


 事実、少女の体は自然と震え、時折歯がカチカチと音を立てている。

 手で体を擦り、小さく縮こまっていた。

 唇も青く、とても辛そうだ。


 「お前、何でいつまでそんな服を着ているんだ? それしか持っていないのか? それとも、何かの修行か?」

 「ふ、ふぅ、こ、これはですね……」


 少女は震えながら答える。


 「先代魔王の……、私の父が、この服以外着るなと、命じたのが、まだ残っているんです」

 「ふーん……じゃあ他に服はあるんだな?」

 「りゃ、略奪品は、ほ、宝物庫にありますから、そ、そこに行けば……」

 「じゃあ、すぐにそこに行こうか。お前の服を選ぼう。お前の父親の命令は取り消しだ」


 アレクサンダーに言われて少女は目を見開いた。


 「そ、そうですね……そういえば、解除して貰えば、良かったですね。も、盲点でした」

 「そうだな……他にも何か、命令を受けているか?」

 「ま、まあ、い、いくつか……あまり口には出したくないものも含めて、ありますね」


 口に出したくない命令というのに、とても興味が湧いたが……

 本人が言いたくないと言っているものを喋らせるほど、アレクサンダーは鬼畜ではないので、聞くのをやめる。

 代わりに、一つ命令を出す。


 「お前の父親が出した命令は、全てキャンセルだ。命令は追って、俺から出す。良いな? さぁ、風邪を引かんうちに、宝物庫とやらに行こう」


 アレクサンダーは少女の手を握った。

 少女は頷き……転移魔術を使う。


 再び景色が変わる。

 そこは小さな洞窟のような場所で、薄暗かった。


 略奪品を収蔵するところである、という少女の言葉は正しいようで、確かに金銀財宝が無造作に置かれていた。

 アレクサンダーが聖剣の光で照らすと、金貨や銀貨が光を反射する。


 「へぇ、凄い。……確か、結局略奪品は見つからなかったんだよな。魔王を倒した後の調査では……ここ、どこの階層だ? どこに隠していたんだ、こんな部屋」

 「第十二階層です、勇者様」

 「十二?」


 アレクサンダーが知る限りでは、迷宮の階層の数は十一、地上部を含めても十二である。

 第十一階層の下は少なくとも、発見されなかった。

 

 「巧妙に隠されていますからね。……迷宮の最深部はこの下の、第十三階層です。そこに迷宮の核があります」

 「なるほどね……ということは迷宮は十三の階層、地上部を含めて十四か」

 

 もっとも……見た限り、宝物庫はそこまで広くなさそうなので、迷宮全体の面積は想定を大きく超えることは無さそうだが。


 「服はどこにある?」

 「こちらです」


 少女はアレクサンダーを奥へと案内する。

 アレクサンダーはキョロキョロと金銀財宝を鑑賞しながら、少女の後を追う。


 ある程度歩くと、少女の足が止まった。


 「へぇー、綺麗に整理されてるじゃないか」


 どこから持ってきたかは分からないが、クローゼットに服が収められてた。

 近くには装飾品や小物、靴などもある。

 

 宝物庫にわざわざ治めるだけあり、全体的に見て高そうで、品質の良さそうなものが多い。


 「ここの管理は私の仕事でしたから」

 「そりゃあ悪趣味だな」

 「ええ、本当に……」


 少女は苦笑いを浮かべる。

 奴隷用の粗末な服以外の着用を禁じた上で、美しい服や装飾品の整理、管理を命じる。

 

 悪趣味としか、言いようがない。


 「まあ、今は関係ないさ。……何か、好きなモノを選んで着ろ。その服装は見ててこっちが寒くなるからな。それに不衛生だ」

 「ありがとうございます……ただ、私は生まれてこの方、こういう服以外を着たことがなく、正直ファッションセンスには自信がありません。……選んで頂けませんか?」

 「了解、任せろ。俺はこう見えてもセンスは良い方だ」


 そう言ってアレクサンダーは服を選ぶ。

 服の種類は多種多様だ。


 「メイド服やバニーガールもあるんだな。このバニー服なんて、エロ可愛いな。どうだ?」

 「……外ではそれは一般的なのですか?」

 「特殊な界隈では一般的だな」

 「それは一般的とは言えないのでは?」


 御尤もである。

 アレクサンダーはバニー服を着せるのはまた今度ということで一先ず置いておき、真剣に服を選ぶ。

 手に取ったのは闇色のドレスだ。

 

 「これを着ろ。見た感じ、下着は無さそうだからそっちは今度、街に出た時だな。あとは、そうだな……」


 青色の造花でできた髪飾り、青い宝石のイアリング、青い宝石の首飾りを手渡す。

 

 少女はいそいそと着替え始める。

 

 「さて、姿見は……あった、あった。ほら、どうだ?」

 「……」


 自分の姿を見た少女の目が揺れ動く。

 頬が紅潮しているのは喜びか、気恥ずかしさか……

 

 少女はアレクサンダーの方を向き直る。


 「……ありがとう、ございます」

 「まあ、ここの衣服はお前のモノ……いや、略奪品だから元は人様のものだけど。それはともかくとして、いつまでもお前、お前と呼ぶわけにもいかんな。奴隷(スクラーヴェ)……と呼ばれるのは、嫌か?」

 「……あまり好きな呼ばれ方とは、言えませんね」


 少女は答えた。

 

 「何か、あるか?」

 「勇者様に名付けて貰えると、嬉しいです」

 「そうか、そうだな……じゃあ、『メア』というのはどうだ?」

 「どういう意味ですか?」

 「俺の出身地、帝国の民間伝承に出てくる夢魔だ。……あー、でもそんなに良い意味でもないな。気に入らなかったら、他のを考えよう。一日くらい、時間を貰えると嬉しいが」

 

 アレクサンダーがそう言うと、少女はメア、メアと小さな声で呟き……


 「いえ、メアで結構です。呼びやすそうですし、魔王の娘である私に付けるには、悪い名前ではないかと」

 「魔王の娘っていうのは、お前的にはあまり良いことじゃないんじゃないか?」

 「そうですね……でも、娘であることは、事実ですから」


 少女は―メアは小さく頷いた。

 そんなものかと、アレクサンダーは肩を竦める。


 「ところで勇者様、以前仰っていた国を作る……ということの意味を教えて頂けませんか?」

 「うん? そのままだぞ。ここに人間を集めて国家を作る。まあ最初は自治都市スタートって感じだけどな」


 アレクサンダーがそう言うとメアは首を傾げる。


 「……なぜ国を作ろうと、思ったのですか? 相当な労力がかかると思いますが。ここに篭って、魔物を使って侵入者を撃退するだけでも良いのでは?」

 「魔王はそれで討伐されたじゃないか。同じ轍を踏むのは愚かなことだ。それに……」


 アレクサンダーは指を三本、立てた。


 「実はな、俺には好きなモノが三つある」

 「好きなモノ、ですか?」


 メアは聞き返した。

 アレクサンダーは頷いて、指を一本折った。


 「一つ、美酒美食だ。やっぱり人間、生まれたからには美味しい物を食べないとな。酒池肉林ってやつよ」

 「……そう、ですか。すみません、食事で美味しいと思ったことは一度もないので」


 あまり共感出来なさそうな表情を浮かべるアレクサンダー。

 そんなメアのことは気にせず、アレクサンダーは二本目の指を折る。


 「次に美女だ。やっぱり男として生まれたからには、美女を抱きたい」

 「すみません、私、女なので……」

 「イケメンに抱かれたいとか、思わない?」

 「あまりそういうのはないですね」


 アレクサンダーは肩を竦めた。

 そして三本目の指を折る。


 「最後に……芸術品だ」

 「……芸術品、ですか?」


 アレクサンダーはニヤリと、笑みを浮かべて頷いた。


 「ああ。芸術品ってのは、良い。まあ芸術にも自然が作り出した物もあれば、人が作り出した物もあるし、その二つが融合した物もあるが。とにかく、俺はそういうのを蒐集したり、眺めたり、聞いたり、触れたりするのが好きだ。というか……さっき上げた、美酒美食・美女も俺にとっては芸術品だ」


 そういう意味では、自分が好きなのは『芸術品』と一言でまとめられる。

 と、アレクサンダーは言った。


 そしてそっと、メアの顎に手を当てる。

 ビクリ、とメアの体が震えた。


 「無論、お前もだよ……やっぱり綺麗な女は綺麗な服を着ないとな」

 「……揶揄わないで、ください」

 

 メアは顔を赤くした。

 優しくされたのも、褒められたのも、彼女にとっては初めての経験である。


 アレクサンダーは肩を竦めた。


 「まあとにかく……その三つを俺は欲しいわけだ。そのためには金と権力がいる。国ってのは、それを手に入れるためには単純明快な方法だと、俺は思う。それに……国、国家、法律、社会制度、宗教、文化、それらは全て芸術だ。自分の手で作ってみたいじゃないか」


 「……共感は正直、できません」


 メアは首を横に振った。

 しかしアレクサンダーを見上げ、本でも読んで覚えたのか、スカートの丈を摘み、一礼する。


 「元より、私のご主人様はあなたですから。逆らう余地もありませんし、する意味もありません。ご協力致します」

 「ああ。よろしくな、メア」


 アレクサンダーは笑った。


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