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第19話 チンピラ勇者はチョロインと再会する

 アニエス・ブリュエット・カルヴィング。


 カルヴィング王国、第三姫。

 優れた槍と魔法の使い手であり、『姫騎士』の二つ名を持つ。


 太陽の光を受けて煌めく金髪、美しい碧眼、健康的で血色の良い肌。

 手足は長く、体全体の均整が取れている。

 大変、美しい女性であった。


 「元気そうで良かった」

 「それは私のセリフだ……心配したぞ? 何でも帝国に反逆したとか?」

 「ありゃあ、冤罪だ」

 「それは本当か? あなたのことだ……本当は何か、したのではないか?」

 「本当にしていない!」


 親し気に話すアレクサンダーとアニエル。


 (……)


 そんな二人の様子を見て、メアは胸にモヤモヤとした気持ちが広がるのを感じた。


 「……ところで今晩、空いているか?」


 アレクサンダーが小声で聞くと、アニエスは笑顔でアレクサンダーの腹に拳を捻じ込んだ。


 「ぐはぁ……」

 「調子に乗るな、勇者」


 アニエスはそう言ってから、アレクサンダーに小声で言った。


 「あなたは本当に懲りないな……いいか、父上は今でも怒っておられる。今回の外交の件が終わるまで、父上の機嫌を損ねるような真似はするな? あなたもそれくらいの分別はあるだろう?」

 

 「つまり今回の件が済んだら……痛い!」


 アレクサンダーは足を押さえた。 

 アニエスがアレクサンダーの脛を蹴り上げたからだ。


 「じょ、冗談だ……アニエス」

 「それは良かった」


 アニエスは笑顔を浮かべた。

 そんな二人に対し、アリーチェが溜息混じりに言う。


 「あー、お二人とも。痴話喧嘩はそれくらいにしてくれないかね? 私はいつまでも国を空けて居られる身分ではない……無論、アレクサンダーも」


 「これは失礼しました、アリーチェ様。では……私について来てください」







 アレクサンダーたちはアニエスの案内に従い、王宮の奥、玉座の間へと通された。

 そこには四十代ほどの男が座っていた。

 カルヴィング王国、国王ルイ二十三世である。


 アレクサンダーたちは少し迷ってから、ルイ二十三世に対して跪き、頭を垂れた。

 一応アレクサンダーは暫定名称『迷宮王国』を支配する身であるが、国力の差は歴然である。


 大事なのは形式上の立場ではなく、実質的な力の差だ。

 そう考えたアレクサンダーは、元々自分がルイ二十三世に嫌われていることも加味した上で頭を下げることにした。


 アレクサンダーが跪いたことで、アレクサンダーの付き人……メアやユニスたちも迷わず膝をつく。

 

 ただ一人、立っているのはアリーチェだけだ。

 

 アリーチェは自分以外全員跪いているのを見て、一瞬顔を顰めてから……

 ルイ二十三世に対して、軽く会釈をする。


 「申し訳ないね、カルヴィング王。私はフロレンティア共和国の民の第一人者、軽々しく他国の王に頭を下げるわけにはいかない。理解して頂けると幸いだね」

 

 「分かっている……アリーチェ殿」


 ルイ二十三世は頷いた。

 もっとも内心では吸血鬼であるアリーチェのことを見下しているのだが……それは表情には出さない。


 「それと、『勇者』アレクサンダー殿、久しぶりだな」

 「はい、お久しぶりです。国王陛下」


 アレクサンダーはそう言って顔を上げて、ルイ二十三世の顔を見る。

 ルイ二十三世は穏やかな笑みを浮かべていた。


 「娘が随分と世話(・・)になったな」


 しかし目が笑っていなかった。

 アレクサンダーの脳裏に「ごちそうさまでした。今までアニエスを育ててくださりありがとうございます」という言葉が浮かんだが、さすがにそれを言うと殺されそうだったので、喉まで出かかったその言葉を飲み込む。


 そして答える。


 「はい。アニエス姫殿下のご助力がなければ、決して魔王の『迷宮』は攻略できなかったでしょう」

 「そして今は、あなたがその『迷宮』の主か」

 「紆余曲折ありまして」

 (何だ、この空気……)


 お互い笑顔のはずなのに、目が笑っていない所為か、空気が凍り付いている。

 メアはすぐにでも逃げ出したい気持ちになった。


 「さて、『勇者』アレクサンダー。本題に入ろうか……諸々の事情により、隔離していた獣人族たちを移動させる必要がでてきた。そこで我が国の獣人族たち約一万人を引き取って頂きたい」

 「はい、お受け致しましょう。陛下」


 アレクサンダーは頷いた。

 元より、これについては受け入れるつもりであった。


 「それともう一つ……君の国にやってきた王国出身の人族に関しては、これを拒むように。良いかね?」

 「無論ですとも」


 王国にとって獣人族やエルフ族などは潜在的な脅威であるが……

 非カルヴィング人の人族に関しては大きな脅威ではない。

 無論、反乱を起こされれば厄介であるという点は同じではあるが……しかし獣人族やエルフほど単体で強力な力を発揮するわけでもない人族は、労働力として重要な存在なのだ。


 そのため王国にとって、人族の人口が迷宮へと流出するのはあまり良くない動向なのである。

 

 アレクサンダーとしては王国との交易はありがたいため、友好のために「はい分かりました」と答えて置く。


 「ふむ……では詳しいことは外務大臣との交渉に一任する。しばらく王都に滞在してくれたまえ」


 こうして国王との謁見が終わった。








 「時間をくれてありがとう、勇者」

 「それはもう、君のためならいくらでも時間を割くさ」


 アニエスに対し、アレクサンダーは笑顔を浮かべて言った。

 王宮の中庭で、アレクサンダーとアニエス、そしてメアとユニスは丸テーブルを囲んでいた。


 テーブルの上にはケーキと珈琲が乗っている。


 「まあ、別にアレクサンダーと話をするために場所を設けたわけではないけどね」


 アニエスはそう言ってから……ユニスへと視線を移した。

 

 「久しぶりだね、ユニス」

 「……はい、アニエス姫殿下もお変わりなく」


 ユニスは小さく頷いた。

 そして数瞬、戸惑ってからユニスは口を開く。


 「その、私と両親は……」

 「分かっている、冤罪だ。馬鹿勇者でもあるまいし、君と君のご両親がそのようなことをするはずがない」


 アニエスがそう言うと、ユニスの表情が少しだけ明るくなった。


 「俺も冤罪なんだけどな……」

 「嘘は良くないですよ、勇者様」


 アレクサンダーが小声でぼやくが、メアに注意されてしまう。

 日頃の行いの大切さがよく分かる。


 「しかしルイ二十三世はガン無視だったな。少しは動揺すると思ったのだが」

 「父上はそういうお方だ。……まあ今更冤罪だったなどと、父上も言いだせないだろう。代わりに謝罪させてくれ……」


 そう言って頭を下げるアニエス。


 「い、いえ……アニエス姫殿下は悪くありません。やめてください」


 ユニスは慌てた様子で、アニエスに対して顔を上げるように言った。

 

 「しかし勇者……どこでユニスを見つけた?」


 「偶然よ、偶然。奴隷市場で売られてたのを買ったら、たまたま第三王子様の元婚約者様だったわけよ。俺もビックリ仰天だわ。というか、カルヴィング王国は身分差には厳しいだろ? 有り得るのか? 貴族から奴隷に堕とされるなんてことが」


 カルヴィング王国にとって、身分とは変動するものではない。

 生まれながら、女神によって定められたその者の職業であり運命なのだ。

 

 「過去に例が無かったわけではない。ただユニスの罪状から考えても……まあ冤罪だとは思うけど、あり得ない処罰だ。しかし、その、何というか、アレだ……うちの馬鹿弟はそうとうあの女に御熱心のようでな。それに、父は馬鹿弟に甘いのだよ」


 「一番末の弟が可愛くて仕方がないと? まぁあり得ない話でもないが……しかし利益さえあれば、あれだけ嫌っていた俺を王宮に招くくらいの理性はある人だろう? ルイ二十三世は。自国の法どころか、数百年以上保ってきた伝統文化すらも否定し、社会構造を揺るがしかねないような判断をするものかね? いくら第三王子が可愛いと言っても」


 「……その第三王子の父親は、父上だぞ?」

 

 「納得した」


 つまり好きな人のためになると、理性が蒸発してしまう家系なのである。

 そして二人のやり取りを横で聞いていたメアはふと思った。


 (なるほど……アニエス様の父親と弟君だ)


 実のところ、獣人族の迷宮への移住を提案したのはアニエスである。

 そして勇者との和解を父親に促したのもアニエスだ。

 そのことはすでにアニエスの口からも、そして外務大臣の方からもアレクサンダーへ伝えられている。


 王国の提案が妙にアレクサンダーに対して有利なのは、アニエスのおかげなのである。


 結局のところ、アニエスもアレクサンダー好き好き病に罹り、理性が蒸発しているのだ。


 「しかし、王国の血筋で判断するような文化はあまり好きではないが。こうしてみると頷ける話だな。うん、血は争えない」


 アレクサンダーもメアと同じことを思ったのか、アニエスを見ながらうんうんと頷く。

 ユニスの方も、何とも言えなさそうな表情を浮かべていた。


 ただ一人自覚していないのか、アニエスだけは「全く、父上と馬鹿弟は困ったものだ」などと言っている。


 そんなアニエスに対し、アレクサンダーは笑みを浮かべて言った。


 「まあ、何はともあれ……これで俺の国と王国は友好国。ありがとうな、アニエス」


 「べ、別にあなたのためにやったわけではない。ただ、その、獣人族たちが可哀想だったから、動いただけだ。か、勘違いしないで貰いたいな」


 アレクサンダーから顔を背けて言う、アニエス。

 金髪から見え隠れするその耳は紅く染まっていた。


 「アニエス、これからも頼りにしているよ。本当に……お前だけが頼りだ」


 「し、仕方がないな! ば、馬鹿勇者は私が助けてやらないと、どうしようもないみたいだな、全く……分かった。王国との外交は任せてくれ」

 

 大船に乗ったつもりでいろ。

 と、アニエスは拳で自分の胸を叩いた。

 

 そんなアニエスを見て、メアとユニスは呆れ顔を浮かべた。

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