第18話 チンピラ勇者は久しぶりに王国へ行く
それはある日のこと。
「王国からの使者!?」
「はい、そうです。どうしますか?」
迷宮に王国からの使者がやってきた。
アレクサンダーは元々王国から大変嫌われており、それに加えて将軍誘拐事件を引き起こしたこともあり、前回一度来た時は「死ね」というラブコールを頂いている。
まさかまた「死ね」と言いに来た……というわけではないだろう、とアレクサンダーは考える。
そんな何度も「死ね」「死ね」言うほど、王国も暇ではないはずだ。
「……何の要件だと思う?」
「思いつく限りだと……対帝国に対する同盟、ですかね?」
「だよな、それくらいしか思いつかない」
王国とアレクサンダーの確執は四つある。
一つ、アレクサンダーが王国出身であり、どちらかと言えば差別される側の存在であったこと。
二つ、アレクサンダーがかつて王国で盗みを幾度も働き、その中には王国の国宝も存在すること。
三つ、アレクサンダーが国王の愛娘である『姫騎士』アニエス・ブリュエット・カルヴィングの貞操を奪ったこと。
四つ、王国軍に奇襲攻撃を仕掛けて、将軍を拉致したこと。
特に三つ目のことに関しては、国王は大変お冠であり、アレクサンダーは「次に余の前にその面を見せたら首を跳ね飛ばしてやる」というありがたいお言葉を賜っている。
とはいえ、四つとも実は大したことではない。
最初の一つ目はアレクサンダーと王国側が大人になれば済む話。
二つ目に関してはアレクサンダーが勇者になった時に、王国帝国都市国家同盟双方から恩赦が出されており、無罪になっている。
三つ目に関しても、これはアレクサンダー、国王、アニエスの三人というごく限られた人間しか知らないことであり、国王が我慢すれば解決する。
最後の四つ目に関しても、結局のところ将軍は無傷で帰ってくることができたわけで、大きな確執には繋がっていない。
政治というのは大人の世界である。
たとえ、相手がどんなに気に食わなかろうとも、悪逆非道な奴であっても、それこそ親の仇であったとしても、利益が合致すれば一時的に手を組むというのはあり得る話。
王国がアレクサンダーに対して同盟を申し出ることは、何の違和感もない。
「でもなー、俺、王国嫌いなんだよね」
「好き嫌い言ってる場合でもないのではないですか? 今は両国が戦争状態だから良いですけど……この後、どうなるか分かりませんよ? 私は政治は分からないですけど……王国と帝国は都市国家同盟よりも遥かに強い国なんですよね?」
都市国家同盟は政治的に未統一の上に、そもそも統一したところでその国力はたかが知れている。
一方王国と帝国は……決して一枚岩では無いにせよ、その国力は強大。
最低でもどちらか一方とは友好関係を結ばなければ、今後危うくなるのはメアでも分かった。
「いや、人間は感情で生きている生き物なんだ。感情ってのは大切だぜ? ……とはいえ、そうも言ってられないな。あっちが大人になるんだったら、こっちも大人にならないと」
そう言って椅子から立ち上がったアレクサンダーはメアの肩に手を置いた。
「跳ばしてくれ」
「はい」
アレクサンダーは第ゼロ階層で待機させられていた王国の外交官を歓待すると、第一階層へと通した。
そして第一階層の来賓を歓迎するために建てられた小さな館へと案内する。
その館の一室、アレクサンダーと外交官はソファーに座り、机を挟んで向かい合った。
「よく来てくれた……外交官さん。さて、ご用件は何かな?」
「単刀直入に申しますと……王国はあなたの国、えー、便宜上『迷宮王国』としますが、それを国として認め、国交を開く用意があります」
アレクサンダーは目を細めた。
いつだかの態度とは、掌を返したような変わりようである。
「なるほどね……理由を聞かせて貰っても宜しいかな?」
「理由も何も……事実上の国でしょう? 迷宮を攻め落とすのは不可能ですし……実効支配されてしまっている以上、我々も諦めざるを得ませんな」
実は王国内部でも、これを認めるか認めないかには大きな論争があったのだが……
最終的に、現状を認める『容認派』が勝利をした。
もっともアレクサンダーはそれを知る由もないが。
「都市国家同盟に交易の利益を独占されるのは癪ですから。是非とも、交易を開かせてもらいたい」
「それはありがたいことが……いろいろと入用なので」
物資が不足して困っていることは誰の目から見ても明らかなので、隠すまでもない。
実はアレクサンダーは都市国家同盟に足元を見られており、高価格で物資を購入させられていた。
王国との交易が開ければ、それだけ低く価格を押さえることができる……かもしれない。
「それとこれは提案なのですが……軍事同盟を結びませんか?」
やはり来たか。
アレクサンダーは表情は変えず、しかし内心で身構える。
そして用意しておいたセリフを口にする。
「それは難しい」
「……あなたは帝国に恨みがあるのでは?」
「それはもう! ……あの恩知らずの帝国など、大っ嫌いだ!!」
アレクサンダーは声を荒げて、怒りを露わにする。
まあアレクサンダーは帝国と同じかそれ以上に王国のことが嫌いなのだが……
ちょっとした演技である。
「しかしね……生憎、私は迷宮から出れない。分かるでしょう? ……迷宮は少数精鋭に弱い。帝国が少数精鋭の攻略部隊を送り込んでくるかもしれない……それを考えると、私は、まあ絶対に出れないというわけでもないですが、少なくとも大きな行動を起こすことは難しいのです」
本当は転移魔法の使い手であるメアがいるため、そこまで問題でもないのだが……
そういうことにしておく。
すると外交官は首を傾げた。
「おや……聞くところによると、そちらには転移魔法・魔術の使い手がいるらしいですが? 何でも可愛らしい黒髪のお嬢さんだとか……」
そう言って外交官はアレクサンダーの隣に控えていたメアに視線を移す。
メアはビクリと体を震わせた。
某将軍を誘拐する時に、大々的に転移魔法・魔術を使用したのだ。
とっくにバレている。
「確かにそうだが……彼女の能力には限界があるのでね」
「そうですか……ええ、ではそういうことにしておきましょう」
ダメ元での提案だったのか……
外交官はあっさりと引き下がった。
「用件は以上かな?」
「いえ、まだ本題がまだです」
外交官の言葉にアレクサンダーは内心で首を傾げた。
アレクサンダーは元々、軍事同盟が本題であると思っていたからである。
「本題……とは?」
「端的に言いますと……」
外交官は肩を竦めて言った。
「我が国の獣人族を引き取って頂きたい」
「しかし変な話ですね。わざわざ王国の方から移民を送ってくれるなんて」
馬車に揺られながらメアはアレクサンダーに言った。
現在、メアとアレクサンダーは迷宮から王国へと向かっていた。
外交交渉がその目的だ。
本当は転移魔法を使えばいつでも移動できるのだが……
制限がある、という設定になっているので馬車での移動である。
「棄民だと考えればおかしな話でもないだろう」
メアの疑問にアレクサンダーが答える。
全国的に農地不足なのは、帝国も王国も都市国家同盟も同じである。
「でも王国では獣人族は一番蔑視されているんですよね? 奴隷階級なら、その言い方は悪いですけど、死んだって構わないじゃないですか」
ただ働きさせて使い潰してしまえば良い。
というのがメアの考えである。
しかしアレクサンダーは首を横に振った。
「難しいな……その前に反乱が起きるリスクがある」
「……それはどの奴隷も同じでは?」
「獣人族は人族よりも身体能力が高い……リスクが高いんだよ」
そう言ってアレクサンダーはメアに対し、獣人族やエルフなどの「他種族」の扱いについて説明を始める。
実のところ、人族にとっての「他種族」というのはかなりの厄介者である。
仮に戦争になれば、数で優る人族が勝つ。
しかしこれを統治するとなると、話が異なる。
獣人族は身体能力、エルフなら魔力と……彼らは人族よりも秀でた力を持っている。
人族は一対一では他種族に敵わない。
彼らが国内で反乱を起こすと、例え鎮圧は容易だとしても……多大な被害は免れない。
いや、反乱などという大それたものである必要はない。
街中で十数人程度の徒党を組まれ、何らかの犯罪を犯されればそれだけ大きな損害が発生するのだ。
王国も帝国も都市国家同盟も多数派は人族であり、これらの国にとって「他種族」というのは潜在的な不穏分子である。
彼らの力を抑え込むためのマジックアイテムも存在するにはするが……
大変高価であり、それを全ての他種族に装着させるのは金銭的に不可能だ。
これらの不穏分子に対する対処は三つある。
融和、同化、隔離だ。
融和の代表例はフロレンティア共和国である。
他種族や異民族の文化や宗教を認め、その社会的地位を人族と同等とすることで、不満が発生しないようにするのだ。
アリーチェは吸血鬼であるにも拘らず、執政官となっている。
つまり人種による差別は、表向きには存在しない。
都市国家同盟の多くの都市はこの「融和」政策を取っている。(無論、例外も存在するが)
同化の代表例は神聖帝国である。
神聖帝国は一神教である神聖教を国教に据えている関係上、他種族の文化や宗教を認めることができない。
この世で「宗教」は神聖教ただ一つであり、それ以外は全て迷信というのが神聖帝国の建国以来の方針である。
だが逆に言えば神聖教徒ならば、他種族であろうとも人族であろうとも、神の前に平等である。
故に帝国は征服した他種族や異民族に対し、半強制的な改宗をさせ……
これらを帝国の文化や宗教と同化させることに成功した。
そういうわけで帝国に住まうエルフや獣人族等の他種族の多くは、人族と全く変わらない生活を送っており、完全に「人族」となっている。
そして最後、隔離の代表例がカルヴィング王国である。
王国は人族、特に人族の中のカルヴィング人こそが世界で最も優れた民族である、というカルヴィング人至上主義を掲げる国である。
故に人族、カルヴィング人の血が「汚染」される可能性がある同化政策は不可能であり、同等の権利を与える融和などは以ての外。
故に特定の地域に「隔離」させてしまうことで、他種族同士が連携を取れないようにさせつつ、一纏めにして監視することで治安を維持している。
「王国にとっては、隔離政策の一環だろう。国内からいなくなってもらえれば、それに越したことはないんじゃないか? まあさすがに全てというわけではないだろうが」
他種族が、搾取しても良い貴重な労働力であるのは事実だ。
要するに限度、数の問題である。
リスクとリターンの釣り合いを考えた結果、王国はアレクサンダーに一部の獣人族を引き取って欲しいと頼み込んだのだ。
「なるほど……そう考えると筋が通ってますね。しかし勇者様、もう一つ懸念があるのですが……」
「何だ?」
「罠、という可能性はありませんか?」
「あるな」
迷宮を突破して大陸最強と名高い勇者アレクサンダーを殺すのは不可能だ。
しかし王国に呼び寄せて、暗殺するのは容易い……ということはないが、十分に可能である。
「まあ、だがアリーチェの同席も許されたし、可能性は低いだろう」
罠であることを懸念したアレクサンダーは仲介役として、フロレンティア共和国のアリーチェの同行を王国に願い出た。
王国の外交官は問題無いと言い、アリーチェも以前仲介役となることを約束していてくれたこともあり、ついて来てくれることになった。
アリーチェはアレクサンダーの乗っている馬車の一つ後ろの馬車に乗っている。
またその後ろにはユニスを始めとする、アレクサンダーの手足である官僚たちが乗る馬車が続いている。
「ユニスさん、大丈夫ですかね?」
「本人が行きたいって言ったからなぁ……」
アレクサンダーとメアは王国に行く前に、ユニスから過去を打ち明けられている。
ユニスにとって王国はあまり良くない思い出がある場所であることを知っているため、二人にとっての心配事はユニスの精神状態である。
もっとも同行したいと言いだしたのはユニスである。
しかし本人が同行したいと申し出ている上に、王国事情にも詳しいであろうユニスが輔佐をしてくるのはありがたいことなので、同行を許可したのだ。
「まあ、あいつにも考えがあるんだろう」
アレクサンダーは肩を竦めた。
もし無理をしているようであれば、メアの転移魔法で帰還させればいいだけの話だ。
さてそれから数日後。
アレクサンダーたちは無事に王都に到着した。
馬車はそのまま王宮の前まで行き、そこでようやく止まる。
馬車を降りたアレクサンダーは、王宮の外に出て、出迎えのために待っていた十数名ほどの王国人、そのうちの一人である金髪の女性に声を掛けた。
「よう、久しぶりだな……『姫騎士』アニエス・ブリュエット・カルヴィング。以前の通りアニエスと呼んでいいかな? それともアニエス姫殿下とお呼びした方が良かったかな?」
アレクサンダーがそう言うと、金髪の女性は笑みを浮かべた。
「前者で構わない、勇者。久しぶりだな」
二人は握手を交わした。




