第17話 チンピラ勇者は魚(もどき)を食べる
「ふぅ、ん、あぁ……ぅ、んっ……!」
白い肌の上を、ごつごつした手が滑る。
その度に銀髪の少女は嬌声を上げ、体を震わせる。
「……ぁ……あ、っ、だ、だめ……こ、こんなのぉ……」
男の手が動くたびに少女は熱い吐息を漏らす。
そんな少女に対し、男は言った。
「……テレジア」
「ゆ、ゆうしゃ……、ん、な、なんですか?」
「もう終わったぞ」
男―アレクサンダーがそう言うと女―テレジアは解いていた水着の紐を背中で結び、立ち上がった。
「ありがとうございます、勇者」
「お前、切り替え早いなぁ……」
オイルを背中に塗り終え、すまし顔で海に向かうテレジア。
そして先にオイルを塗り終えて、海で遊んでいたリリアナと口論を始める。
「さて、次はメア、お前の番だな」
「あ、あの……や、やっぱり良いです」
メアは首を左右に振った。
先程のテレジアの声に当てられたのか、顔が少し赤い。
通常、海で遊ぶ前に肌を保護するためのオイルを塗る。
しかし背中には手が届かないため、自分では塗れない。
誰かに塗って貰えば解決するが……テレジアとリリアナ、そしてメアはアレクサンダーに塗って貰うように頼んだ。
メアは一番最後で良いと言って譲ったが、テレジアとリリアナは揉めに揉めて……
結果、くじ引きの末にリリアナが先、テレジアが後になったのである。
「だけど背中に塗れないだろう?」
「そ、その……大魔導士様か聖女様に頼みますから」
「遠慮するな」
アレクサンダーはそう言ってメアを押し倒した。
メアは小さな悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっと……」
「おいおい、起き上がるな……起き上がると上の部分が見えるぞ」
「か、勝手に解かないでください!」
アレクサンダーはとうにメアの胸を守っている布切れの紐を、解いた後だった。
抵抗して体を上げれば、メアの胸は露出してしまう。
……位置関係の問題で、メアの背後にいるアレクサンダーにメアの胸が見えることはないのだが、メアはそれに気付いていなかった。
「塗ってやるからじっとしてろ」
「ああ、もう……っひゃ!」
冷たいオイルを肌に垂らされて、メアは悲鳴を上げた。
アレクサンダーはオイルをメアの背中に広げていく。
恥ずかしさとくすぐったさで、メアは身動ぎした。
「メア、お前は少し日に焼けた方が良いかもな。あまり健康的とは言えないぞ」
「よ、余計なお世話です……」
顔を赤くし、砂浜の上に置かれた敷物をぎゅっとメアは握り締めた。
「あぅ!」
「どうした、メア? テレジアの真似なんて、しなくて良いぞ?」
「ち、違います……くぅ、ど、どこ触ってるんですか……」
「いや、しっかり塗られていなかったから」
そう言うアレクサンダーが触っているのは、メアの足、内股の部分だ。
確かにメアはこの部分にオイルを塗り忘れていた。
「で、でもそこは自分で塗れますから……」
「遠慮するな」
抵抗するメアを無理やり押さえつけて、アレクサンダーは強引にオイルを塗った。
そして最後に水着の紐を結び、離れる。
「終わったぞ」
「……変態」
メアは涙目でアレクサンダーを睨んだ。
アレクサンダーは肩を竦めた。
「さあ、海で遊ぼうか……ところでお前、泳げるか?」
「……泳げないです」
「だよな、思った通りだ。教えてやるよ……手取り足取り」
「……変なところを触るつもりでしょう?」
「心外だな」
そんなやり取りをしつつ、メアとアレクサンダーは海の中に入る。
「この辺りが丁度良いだろう。手を引いてやるから、足を動かしながら息継ぎをしてみな」
「は、はい……」
メアはアレクサンダーの手を掴み、目を瞑って水の中に潜った。
そしてアレクサンダーが手を引くと、バシャバシャと足を動かした。
「……!んぐ!! ふぐぅ……!!!」
「あー、大丈夫か?」
アレクサンダーは慌ててメアを水中から引き上げた。
ゲホゲホとメアは咳込みながら、アレクサンダーを睨みつけて言った。
「……人は浮きません」
「浮くぞ」
アレクサンダーは遠方を指さす。
そこではテレジアとリリアナが遠洋勝負をしており、遥か彼方まで凄まじい速度で泳いでいた。
「あの人達は人間じゃないです……」
「一応、人間だ。足を動かすとき、膝を曲げるな。それと水中から足を出すな。それと水中では鼻で息を吐け。そうすれば鼻に水が入りづらくなる」
「……はい」
メアは不満げな表情を浮かべていたが、一応アレクサンダーの指導に従って泳ぎの練習を開始した。
一時間ほどで、取り敢えずアレクサンダーが手を引いている限りでは溺れないようになった。
一段落した、ということで二人は砂浜に戻った。
アレクサンダーは砂浜に於いてあった水筒の水を飲み、そのままそれをメアに渡した。
「えっと……」
「どうした? 水の中にいたから分からないかもしれないが、汗もかなり掻いていると思うぞ」
「……もう、良いです」
これじゃあ間接キスじゃないですか……
と小さな声で呟きつつ、メアは水筒に口を付ける。
すると丁度、砂浜からテレジアとリリアナが上がってきた。
リリアナの方は巨大な何かを掴んでいる。
「私の勝ちです」
「いいや、こいつが僕の邪魔をしなければ僕の勝ちだった」
「現実として、私の方が先にゴールしましたよ」
「こいつが襲ってくるまで、直前まで僕の方がリードしていただろう!」
「かも、もしもな話は聞きたくないですねー、敗者の言い訳でしょう?」
「実際、僕が勝ってただろう!!」
「勝ったのは私です!!」
どうやら勝負の最中に何らかのトラブルが発生したようで、双方勝敗に不満があるようだ。
アレクサンダーは二人に近づき……とりあえずリリアナに尋ねる。
「そのデカイ魚は何だ?」
「魚じゃなくて、多分クジラだよ。生意気にも、僕と変態性女の戦いを邪魔をしたんだ。こいつがいなかったら僕が勝っていたのに!」
「関係ありません、クジラに八つ当たりするのは良くないですよ。胸も小さければ器も小さいんですね」
「黙れ、無駄乳!!」
「やーい、貧乳!!」
アレクサンダーはリリアナが捕獲してきたクジラをしげしげと観察する。
胴体に巨大な穴が開いていることから、リリアナの拳で打ち抜かれたことがよく分かる。
大きさは全長二十メートルほどで、歯は鋭く尖っており三十センチ以上もある。
「クジラって、魚じゃないのか?」
「魚の定義によるけどね……クジラは肺呼吸だし、胎生だからどちらかというと僕らに近いよ」
「へぇー」
じっくりとクジラを見てから、アレクサンダーはリリアナに尋ねる。
「食えるのか?」
「さぁ……食べたことないから、分からないね。食べれないこともないと思うけど」
「私は毒があると聞きましたよ。お腹を壊すらしいです……やめておいたらどうです?」
「先程、牡蠣も食べましたしね……二重の意味で危ないですよ」
リリアナは「食べられる」と主張し、テレジアとメアは「やめておいた方がいい」と主張する。
アレクサンダーは顎に手を当てて考える。
「だけど……これ、死んじまってるだろう?」
「つい、カッとなってね。殴ったら死んじゃったんだ……でもこいつ、僕を食べようとしたんだよ? ほら、見てよ、この牙! これでパクってやられたら、さすがの僕も死ぬよ」
「カッとなって、クジラを殺せるのもどうかと思いますけどね……」
「まあ、運の尽きというやつですね」
リリアナは正当防衛を主張し、テレジアとメアは穿たれた穴を見てクジラに同情を示す。
「このまま放置するのは、勿体ないだろ?」
「クジラの頭には油があるらしいよ。ランプの油に使えるって、僕は聞いたけど」
「頭の油とって、全身放置も可哀想だろ」
「何度も言うけどね、こいつは僕を殺そうとしたんだよ。君は僕とクジラ、どっちが大切なんだい?」
「そりゃあ、お前だけど……」
取り敢えず捨てるのは勿体ない。
そう判断したアレクサンダーはクジラの尾を剣で切断する。
「食べるのかい?」
「まあ、腹も減ってきたところだしな」
皮を剥ぎ、肉を削いで、網の上に乗せる。
火にかけると大量の油が肉から溢れ出てきた。
「よし、焼けたぞ……」
剣で肉を切り、口に運ぶ。
三人が見守る中、アレクサンダーが味の感想を言う。
「まあまあイケるぞ」
そう言って三人に勧める。
三人は恐る恐るクジラ肉を口に運ぶ。
「独特な味ですね……」
「脂がちょっとキツイかな?」
「そこそこ美味しいですね」
テレジア、リリアナ、メアが思い思いの感想を言った。
泳ぎ疲れてお腹が空いていた三人は軽食として、クジラを焼いて食べた。
もっとも全てを食べるのはさすがに不可能である。
よって……
「メア、瞬間移動をして船を呼んできてくれ。残ったクジラを運ばせよう……大事な食糧だ」
「分かりました」
メアは水着の上から服に袖を通し、瞬間移動をする。
五分後に戻ってきた。
「すぐに来てくれるそうですよ」
「そうか、これで一応クジラも報われ……はしないだろうが、勿体ないことにはならないな」
少なくともアレクサンダーは自分を殺した野生動物に「食ってやったんだから報われただろ?」と言われたら、腹が立つ。
もっとも、殺して放置されたらそれはそれで「何で襲ったんだよ」と文句を言うであろうが。
「魚介類にクジラ……産業には困らなそうですね、良かったじゃないですか」
「まあ、そうだな」
一応、資源調査という目的はある程度は果たしたことになる。
魚介類は腐ってしまうが、クジラから得られるという油は腐らない。
外貨獲得の手段となるだろう。
「もう一泳ぎしてから帰ろうか」
四人は再び海へと向かった。




