表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/41

第15話 チンピラ勇者は吸血鬼に商談を申し込む

 「ところでアレクサンダー、あの奇妙な生き物……いやゴーレムかな? あれは何だい? モンテメラーノ女史が乗っているように見えるけど」

 「あれは農業用トラクターっていう代物だ……リリアナ! アリーチェに説明してやってくれ」


 アレクサンダーが声を掛けると、トラクターの動きが止まる。

 ひょい、と運転席から飛び降りたリリアナが走り寄ってくる。


 「これはアリーチェ執政官! まさかお越しくださるとは……御挨拶が遅れて申し訳ございません。それと助けて頂きありがとうございます」


 アレクサンダーにリリアナの救出を依頼したのはアリーチェである。

 そのことについて礼を言っているのだ。


 「アレクサンダーならどっちみち助けに行っただろう。それはともかく、あの奇妙な乗り物はなんだい?」

 「場違いな工業品(アーティファクト)です。宝物庫にあったのを修理しまして……畑を耕すことができるのです」


 事実、その『農業用トラクター』が通った場所は見事に耕されていた。 

 アリーチェはその『農業用トラクター』に近づき、興味深そうにペチペチと触る。


 「へぇ……これ一つしかないのかい?」

 「似たようなのが十台くらいあったぞ。もっとも……壊れてるのが多いし、共食い整備で実際に動かせるようになるのは三台か四台くらいだと思うが」


 アレクサンダーが答える。

 

 「一台、譲って貰えないかな?」

 「まあ世話になっているし、一台なら構わない。研究でもするのか?」

 「ああ。量産できるようになったら素敵だろう?」


 もっとも……場違いな工業品(アーティファクト)は現代の技術では再現不可能であるからこそ『場違い』と呼ばれているのだ。

 現実には量産などできない。


 リリアナですらも、仕組みがよく分かっていないのだから。


 「うん?……うわぁ!」


 その時、アリーチェは足に何かが当たるのを感じた。

 視線を下に向けると、巨大なネズミのような生き物がいた。


 思わず声を上げて飛び上がるアリーチェ。

 傘を放り出してアレクサンダーに抱き付いてしまう。


 「落ち着け、アリーチェ。リリアナ、傘を!」

 「はいはい」


 リリアナが傘を持ち、日差しからアリーチェを守る。

 アリーチェは自分がアレクサンダーに抱き付いているのに気づき、顔を赤らめ、バツが悪そうな表情を浮かべて離れた。


 「あらあら、どこかから逃げ出したんですかね?」


 メアはその大きなネズミを抱え上げた。

 突然、高所に持ち上げられたネズミは恐怖のためか、プルプルと震えている。


 「何だい? そのネズミは」

 「クイといいます。この迷宮の固有種でして……食用として育てているんですよ」

 「食用? ネズミが?」


 アリーチェは眉を顰めた。

 

 クイは草食性のネズミであり、人間が食べられない草木を消化できる。

 食糧が不足気味の迷宮内部に於いては貴重なたんぱく源となったのだ。


 成長も早く、個体数も増加しやすい。

 育てるのも簡単で、飼料の入手も簡単である……ということもあり、現在迷宮に住んでいる者たちの多くは各家庭でこのクイを飼育していた。


 「結構、美味いぞ? 鶏肉みたいな味だ」

 「……君が言うなら美味しいんだろうね。しかしよく見ると可愛いね」


 アリーチェはメアからクイを受け取る。

 プルプルと震えているクイは確かに、中々可愛らしい。


 「持ち帰るか?」

 「いや、結構だよ。繁殖力が強いんだろう? 街中走り回られたら困るからね」


 アリーチェはそう言ってクイをメアに返却した。

 それからアレクサンダーに尋ねる。


 「他の階層での開拓は進んでいないのかい?」

 「今は『大草原』と『大平原』、『大湿原』の開拓にも着手しているよ」


 アレクサンダーの言葉にアリーチェは眉を顰めた。

 

 「『大草原』は分かるよ……これから羊を使って牧畜を開始するんだろう? 『大平原』もまあ分かるさ。野菜や果物を育てられる。『大湿原』はどういうことだい?」


 「ほら、以前お前も言ってただろう? 都市国家同盟の国の一つに、稲作をやってる連中がいるって。前に都市国家同盟から来た移民の中に、稲作に従事していた小作農がいたんだよ」


 一言に農民、と言ってもそれぞれ育てている作物が異なる。

 当然、自分たちが以前育てていなかった作物を育てるのは難しい。


 今まで稲作ばかりやっていた者たちは、当然稲作しかできない。

 故に『大湿原』への移住を希望したのだ。


 「小麦の栽培をしていた者は『大荒野』へ、牧畜をやっていた者は『大草原』へ、野菜なんかの栽培が主だった者は『大平原』へ、米の栽培をしていた者は『大湿原』へ……それぞれ望む場所を与えている」

 

 「なるほどね……まあ確かにそれぞれ専門分野をやらせた方が合理的、というのはその通りだね。ただ……米はあまり売れないよ?」


 「それは知っているさ。分かってる……メインは小麦だ」


 この大陸では米はあまり食されない。

 都市国家同盟は将来的に、迷宮からの食糧輸出を期待しているのだ。

 アリーチェを含め、都市国家同盟の指導者たちが望んでいるのは小麦の栽培である。


 アレクサンダーもそのことは承知している。


 「分かっているなら結構だけどね。ところでアレクサンダー……この後、移民の第二弾の募集が始まる予定なんだけど、何か希望はあるかい?」

 

 「心が清らかで優しくて、教養のあるやつにしてくれ」


 「それは無理だね」


 一々面接などやるわけにもいかない。

 そもそもこれは移民という名の棄民政策である……『心が清らかで優しくて、教養のあるやつ』はそもそも棄てられない。


 「そうだな……『大海原』で漁業をやりたい。魚ならすぐに食糧になるしな……漁民の移住希望者はいないか?」

 「いないこともない。……考慮しておこう」


 アリーチェは苦笑いを浮かべる。

 アリーチェが支配するフロレンティア共和国は内陸国であるため、漁業はあまり関係ないが……都市国家同盟の中には当然、海に面する国が存在する。


 そういう国では小さな漁船を所有する漁民と、巨大な漁船を何隻も所有し多数の漁民を雇っている大商人の間で、漁場の奪い合いが生じていた。

 大概の場合は大商人側が勝利する。


 都市国家同盟の指導者層は基本的に富裕層、つまり大商人たちであり……

 彼らにとって、移民の名目で漁民を漁場から追い出せるのであればそれは好都合なことだ。


 アレクサンダーの望みはすんなりと通るだろうと、アリーチェは考えていた。


 「ああ、あとそうだ……アレクサンダー。これは君がもし良いと言ってくれたら、なのだけどね? 犯罪者を受け入れてくれないかな?」

 「迷宮を流刑地にしよう、ってことか?」

 「まあ、そういうことだね」


 犯罪者の処分というのはどこの国でも頭を悩ませる問題である。

 重犯罪は死刑にしてしまえば良いが、軽犯罪となるとそういうわけにもいかない。


 罰金刑の場合、罰金を払えない貧困層―そもそも盗みなどの軽犯罪は貧困層に多い―にはそもそも実施が不可能である。

 かといって、牢獄に入れておくにはコストが掛かる。


 「ほら、君も元犯罪者だろう?」

 「うるさい……まあ、構わんよ。ただあまり酷いのは……殺人・強姦の類は送ってくれるなよ」

 「そういうのは死刑だから、あまり困っていないね」


 あくまで処分に困る軽犯罪者が対象である。

 

 「しかし本当に良いのかい?」

 「どうせ、貧困が要因だろ? 土地でも与えれば大人しくなるだろう。もし犯罪をここで犯すのであれば……まあその時はその時で相応の処罰をすれば良い」


 アレクサンダーは腰の聖剣に触れて言った。

 怖い怖い……とでもいうようにアリーチェは肩を竦める。


 「そうだ……これは都市国家同盟とではなく、アリーチェさんとの商談なのだが……氷を買わないか?」

 「ふむ、氷か」


 迷宮の『火山・凍土地帯』で採れる天然氷を都市国家同盟に輸出しようと、アレクサンダ―は考えていた。

 現状、迷宮で唯一金になりそうなものが氷しかないからである。


 「味はどうなんだい?」

 「かなりイケるぞ」

 「君が言うなら確かなんだろうね」


 実は魔法を使えば氷を作り出すことは可能である。

 しかし魔法で作り出された氷は融解しやすく、加えて魔素が混ざるため味が大変悪い。

 少なくとも食用にできるようなものではない。


 しかし天然氷となると、そう簡単に得られるものではない。

 まず基本的に天然氷を得られるのは冬だが、氷の需要が増すのは夏であるというジレンマが存在する。


 故に天然氷は大変、高価なのだ。


 「問題は輸送だけど、大丈夫なのかい?」


 「実は『火山・凍土地帯』から、第ゼロ階層の地上部近くに転移できるワープゲートがある。メアに教えて貰ったんだがな……そこを通せば、少なくとも迷宮内部での輸送はほぼゼロ距離だ。問題はそこからの輸送だが……箱を二重にして、オガクズを詰めれば十分に持つんじゃないか?」


 「そればかりは試してみないと分からないけど……そうだね、うん。もしできたらそれなりの利益を生むだろう……ところでメアちゃんの魔法で輸送することはできないのかい?」


 アリーチェの問いにアレクサンダーは肩を竦める。


 「あまりあいつに負担を掛けられないし……切り札だからな。あまり大っぴらにしたくはない」


 切り札というのはここぞという時までは、出来る限り秘匿しておくものだ。

 別にメアの転移魔法が知られたところで大きな不利益もないが……知られないに越したことは無い。

 

 「ところで王国と帝国の戦争はどうなっている?」

 「まだまだ続きそうだよ……最短でもあと半年は続くね。それがどうかしたのかい?」

 「いや、可能ならばどちらか一方と仲直りしたくてね」


 王国と帝国はどちらも大陸を代表する強国。

 その両方を敵に回すほど、アレクサンダーは愚かではない。


 「仲直りするのであれば、王国じゃないかな? ……というか、何で君は王国から追放処分を受けているんだい?」

 「まあいろいろあってな……国王がカンカンに怒ってるんだわ」

 「はぁ……もしかして王族の誰かの処女を奪ったとか、そんな下らない理由じゃないだろうね?」

 

 アリーチェの言葉にアレクサンダーは目を逸らした。

 アリーチェは思わず溜息を吐いた。


 「本当だとは驚いたよ。それは怒るさ……この世で最も優れた民族カルヴィング人、その代表格であるカルヴィング家の淑女を、非カルヴィング人の下層身分の男が穢したとあっちゃね」


 「うるせえ……俺は神聖教徒だ! カルヴィング人の女神教なんぞ、知らん」


 血筋で人を差別するなんて、けしからん!

 とアレクサンダーは憤慨する。


 「宗教や民族関係なく、年頃の娘さんをどこの馬の骨か分からない男に食べられれば、男親が怒り狂うのは古今東西共通しているんじゃないかな? ……アレクサンダー的には、帝国と仲直りしたいのかい?」


 「まあな。そうすればテレジアの奴が大手を振ってここに来れる」


 アレクサンダーは神聖教徒であり、そして王国から帝国に移住した非カルヴィング人である。

 心情的にはどちらかと言うと―無論殺されそうになったことに関しては文句の一つ二つあるが―親帝国側であった。


 「そうかい……まあチャンスがあったら伝えるし、もし外交交渉をするのであれば間に立とう。君と私の仲だからね」


 アリーチェは肩を竦めて言った。

古代人の作った核シェルター的なものという設定なので、トラクターモドキとかがあります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ