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第12話 チンピラ勇者は奴隷購入を決める

 「ちなみに近いうちに都市国家同盟から三万人規模の移民が来る予定だから、さらに増えるぞ」

 

 アリーチェの外交工作のおかげで、大部分の都市国家同盟に所属する都市国家はアレクサンダーに対して好意的であった。

 都市国家の多くはその狭い領域が要因で、農地不足に悩んでいる。


 一種の棄民政策だ。


 「それにそろそろ、王国と帝国内部で差別されている種族や宗教の方々に『迷宮には自由がある』と伝わる頃ですニャ。ますます人口は増える予定ですニャ」


 恥ずかしそうに猫耳をピクピクさせながらメアは言った。

 今のところ人口の伸びは順調そのものである。


 「しかし人がそれだけ集まると揉め事の一つや二つ、起きそうですが、その辺りはどうなっているのですか?」

 「ワンはやめたのか?」

 「ですかワン」


 慌てて「ワン」を語尾に付けるテレジア。

 アレクサンダーは苦笑いを浮かべる。


 そしてテレジアの問いに答える。


 「今のところは起きていないな」

 「意外ですね」

 「今のところ、殆どが帝国からの難民ってのが大きいかな? それにほら、今はみんなやることがある。夢と希望で胸一杯だから揉め事を興す精神的な余裕はないんだよ」


 今は耕せば耕した分だけ、その土地が得られる。

 今まで自分の土地が持てず、搾取され続けてきた貧農たちにとっては成り上がりのチャンスなのだから、必死に畑を耕す。


 畑を耕すのに必死なので、人を憎んだりする余裕はなく……

 そして誰もが貧しい、故郷を追われた、または逃げざるを得なくなった人間なので嫉妬することもない。


 そういうわけで現在の迷宮内部の治安はとても良い。


 「まああと数年すれば治安も悪化するだろうけど……それまでに法律とかも整えないとな」

 「今はどうなってるんですかワン?」

 「殺人・強姦は死刑、窃盗・暴力は追放、紛争は喧嘩両成敗」

 「ガバガバですワン」


 三つしか法律がない。

 というのはどう考えてもお粗末過ぎる。


 「ガバガバですけど、喧嘩両成敗ってそんなに悪い法律ですかニャ?」


 「喧嘩(紛争)が起きた理由なんてどうでもいい。何故なら調べるのは面倒くさいし、そもそも調べる能力すらないし、そして分かったとしても適切にそれを処理する能力もない。とにかく自分の膝下で喧嘩(紛争)を起こすな。起こした奴は問答無用で殺す……っていう、まともな行政能力を持たない国や人間が治安を何とか維持するための法律だからね」


 「思った以上にガバガバですニャ」


 リリアナの答えにメアは納得の表情を浮かべる。

 そしてメアはアレクサンダーに尋ねる。


 「整備するつもりはないんですかニャ?」

 「リリアナも言ってるだろ? 整備しても実行できなきゃ意味がない。生憎、俺には手足になる官僚組織も治安維持組織も無いんだ」


 規模だけなら国と言えるが…… 

 中身が伴っていない。


 「それは問題ですワン。行政組織も実力組織も急には揃えられないですワン。今のうちに準備したらどうですかワン?」

 「うーん、そうは言ってもな。王国や帝国で募集なんぞできんし、都市国家同盟を経由すると俺の部下が全員都市国家同盟の間諜、なんていう間抜けなことになるかもしれないだろ?」


 都市国家同盟が送りつけてくる棄民に間諜が混ざっていることは覚悟の上である。

 しかし部下が全員間諜なのはさすがに笑えない。

 

 「じゃあ奴隷でも購入したらどうだい? 勇者。それが一番手っ取り早いだろう?」

 「奴隷ね……まあ、確かにな。でも高くないか? 字の読み書きができる奴と、多少の戦闘ができる奴だろ?」


 何かしらの一芸を持っている奴隷は高い。

 今回の場合は数を揃えなければならないので、相応の金が掛かるだろう。

  

 「一応、都市国家同盟から借りたお金もありますし……財政的な余裕はありますニャ?」

 「それもそうだな。まあ初期投資だと思って買うか」


 支出そのものは食糧の輸入ですでに相当な額になっている。

 今更と言えば、今更だろう。


 「買いに行くなら王国だろうな。今、値崩れしているはずだ」


 王国軍が帝国から攫った大量の奴隷が、王国の奴隷市場に溢れている。

 供給量が上がれば価格は下がるのは自明だ。


 「方針が決まったようで、良かったですワン。取り敢えず私は帝国に戻らせてもらいますワン」

 「あ、分かりましたニャ。お送りしますニャ」


 メアはテレジアの手を取った。

 このまま瞬間移動をすれば、帝都まであっという間である。


 「では勇者、頑張ってくださいワン」

 「ああ、じゃあな」


 そしてアレクサンダーの前から消えるテレジアとメア。

 すぐにメアだけが戻ってくる。


 そしてリリアナが呟く。


 「……あの性女、犬耳のまま帰ったけど良いのかい?」

 「「あ……」」


 






 その後、アレクサンダーとメアは迷宮を出て王国へと向かった。 

 アレクサンダーは王国から国外追放されているが……変身してしまえばどうということはない。


 二人はすぐに王都に辿り着いた。


 「ここが王都ですか……帝都は「雑多」って感じがしましたが、ここは「美しい」って感じですね」

 「人口では帝都の方が上だが、芸術性じゃあ王都が上だ」


 帝都は無秩序に広がり発展した大都市であり……

 王都は初めから首都として計画され、整備された大都市である。


 文化・宗教の違いも相まって、まるで雰囲気が異なる。


 「まあ「美しい」のは側だけさ。ほれ、あれを見ろ」

 「あれは……」


 アレクサンダーが指さした先には、粗末な服を着た男性が大きな荷物を運んでいた。

 足には鉄製の足枷が付けられていることから、一目で奴隷と分かる。

 主人と思しき男性が鞭を振るい、奴隷を急かしている。


 メアは周囲を見渡す。

 よく見るとそこかしこで奴隷が働いている。


 メアは思わず自分の首枷に触れる。


 「……帝都は奴隷なんていなかったのに、全然違いますね」

 「いや、帝都も奴隷はいたぞ」

 「え? でも……私は見てないですよ?」

 「帝国では奴隷に『奴隷らしい』服装をさせる文化はないからな」


 つまり一般市民と同様の服装であったため、見分けがつかなかっただけである。


 「帝国の方が奴隷の扱いが良いということですか?」

 「それもあるが、どちらかと言えば……奴隷同士結託を防ぐためかな? 一目で奴隷だって分かれば、反乱も起こしやすいだろう?」


 奴隷に『奴隷らしい』服装をさせて区別させる、というのは社会的に大きなリスクがある。

 帝国ではそういうリスクを好まれないのだ。


 一方王国では厳密に階層を分けて、奴隷同士を分断させることでリスクを分散させている。


 「帝国では粗末な服を奴隷に着せていると、『奴隷に粗末な服しか与えられない貧乏でケチな主人』と見做される」


 「へぇ……同じ奴隷制度でも違いがあるんですね」


 「ああ。そもそも神聖教は奴隷制度には否定的だからな。奴隷にして良いのは異教徒と異端者だけで……それに異教徒・異端者の奴隷を改宗させ、解放するのは善行とされている。一方王国の女神教では、奴隷はずっと奴隷だ。上位階層の人間に仕えるために女神が生み出したもの……つまり奴隷制度には肯定的と言える」

 

 もっとも……だからと言って、帝国の方が優れているとは一概にも言えない。

 奴隷の数が少なかろうと多かろうとも、奴隷が従事するような重労働・低賃金の労働はどんな社会にも存在する。


 要するに奴隷という名前の身分の数は違えども、奴隷と同じ職業に就く人間の数はあまり変わらない。

 

 帝国の最下層民と王国の最下層民の生活水準は似たり寄ったりだ。


 「王国は『奴隷制度社会』だ。そして帝国は『奴隷制度のある社会』だ。メア、この違いが分かるか?」

 「……前者は奴隷制度が無いと成り立たない社会、後者は無くても成り立つ社会、ですか?」

 「よく分かったじゃないか」


 アレクサンダーはメアの頭を撫でた。

 メアは「子供扱いしないでください」と顔を赤くして文句を言った。


 「さて……奴隷市場に行く前にお前の服装をどうにかしないとな」

 「服装、ですか?」 

 「王国で奴隷にドレスを着せる物好きはいない」

 「あぁ……」


 王国では奴隷は粗末な服を着るモノとされている。

 そして同じ粗末な服でも細かい規定があり、上位の奴隷はそれなりに良い生地の服を着れるが、最下層の奴隷は全裸にボロ布一枚と言った具合に、大きな差がある。


 「別に奴隷にドレスを着せたからといって逮捕されることはないが、奇異の目で見られる」

 「目立つのは避けたいですよね……」

 

 メアは苦笑いを浮かべた。

 アレクサンダーは絶賛、逃亡中の身の上なのだ。変装をしているとはいえ、リスクは出来る限り下げたいところだ。


 「お前の首枷を隠したいが、隠せるサイズじゃないからな。というわけで、奴隷服を売っているところに行く。悪いが、お前には少し我慢して貰うぞ」


 「お気になさらず……猫耳猫尻尾よりはマシですので」


 二人は軽口を叩きながら専門店へと向かった。 

 店に入ると店主はメアの首枷を見て、目を細める。


 「お客さん、本日はどのようなご用件で?」


 「実はフロレンティア共和国からの旅行者なんだけどね……彼女、ああ、俺の奴隷なんだが、郷に入っては郷に従えと言うだろう? 目立ちたくないんだ」


 アレクサンダーはそう言って、アリーチェに発行して貰ったフロレンティア共和国の旅券を見せた。

 そこには「カルヴィング系の」フロレンティア共和国自由市民であることが書かれている。


 本当はアレクサンダーはカルヴィング系ではないのだが、まあそこはどうせ捏造するのであればカルヴィング人ということにした方が都合が良いという理由である。


 「なるほど、そういうことでしたか。これは失礼を……では奥へどうぞ。あ、お連れの方も……ええ、分かっておりますとも。ここの奴隷と同じ扱いをするほど、私も愚かではありません」


 奴隷関係の仕事に就いている以上、国によって奴隷の扱いが違うことも分かっている。

 メアを自国の奴隷と同様に扱ったら失礼になるだろうと判断した店主は、メアをアレクサンダーの愛人か何かと同様に扱うつもりでいるようだ。


 「それにしても……奴隷用具の専門店なんて、成立するんですねぇ……」

 「まあこれだけ奴隷がいれば、そりゃあ商売として成立するだろうな」


 棚には奴隷用の服や、首輪や首枷、足枷……調教用の鞭などが売られていた。

 中には使用用途のよく分からない物まである。


 「季節的に考えると、今はこの辺りの服が一番違和感ないですね。まあお望みならば、他にももっと露出の多い服もありますが」

 「どうする? メア。全裸みたいな服もあるみたいだぞ」

 「さすがにそれは嫌です」


 首を左右に振るメア。

 アレクサンダーは苦笑いを浮かべ……背中の部分が大きく開いた貫頭衣を購入した。

 露出は多いが、いつだかの奴隷服に比べれば比較的マシな作りである。


 「あと、このシールを背中に貼って頂けますか?」

 「うん? それは……奴隷紋か。なるほどね」


 王国では奴隷を奴隷と判断できるように、奴隷紋を刻むことが法律で定められている。

 大概は焼印か入れ墨だが、タトゥーシールでも問題はない。


 「そうか、そうだな……購入しよう。ああ、あと、そうだな……他のシールもまとめて買わせて貰えないか? 一番安いやつを百枚くらい」

 「百枚!? ええ、構いませんよ!!」


 想像以上の上客に、店主は笑顔を浮かべた。

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