第11話 チンピラ勇者は外道な命令をする
「それで順調ですか? 勇者」
「それなりにな」
テレジアの問いにアレクサンダーは答えた。
アリーチェからアドバイスを貰って三か月、いろいろと落ち着いてきたアレクサンダーは迷宮にテレジアを招待したのだ。
「まあ順調でしょうね、当然です。あの日から四か月以上も私を放置して、ずっと迷宮での建国に勤しんでいたのですからね。ええ、当然に決まっています」
「何だ、怒ってるのか?」
「怒っていませんよ」
そうは言うものの、やはり怒っているようであった。
ずっと放置されて拗ねているのだ。
ただ放置されただけならばともかく、アレクサンダーの近くにはメアやリリアナ、そしてアリーチェという女の影があった。
テレジアにとってあまり愉快なことではない。
「君が迷宮に移住できるように、二人で暮らしていけるように頑張ってたんだ」
「ええ、分かっています。ですから怒っていませんよ」
そう言うテレジアの表情には既に怒りは消えていた。
機嫌を直したようだ。
「というか、今からでも移り住めないか?」
「少なくとも帝国が迷宮を国として認識し、友好関係を築く気にならない限り難しいでしょうね」
テレジアは溜息混じりに言う。
「この身は私一人だけの物ではありませんから。家族がいるので……」
「まあ、そうだよな」
「ええ、さすがの私も勇者のお〇ん〇んと家族を天秤に架けられたら悩みます」
「そこは迷わず家族を取るべきだと思うぜ、人間として」
そもそもお前は一応聖女だろ?
と、アレクサンダーは苦笑いで言った。
「勇者、あなたはゴミみたいな倫理観の元犯罪者の社会のゴミのくせに、変なところでまともな道徳観念を持ってますね」
「たまに思うんだが、お前って俺のこと本当に好きなの?」
「大好きですよ」
そう言ってテレジアは頬を赤らめた。
言動がまるで一致していないが、これはいつものことである。
「あの、すみませんニャ。勇者様が元犯罪者というのはどういうことですかニャ?」
「そんなことよりも、私はあなたが猫耳と猫尻尾、語尾にニャをつけていることが気になりますニャ」
黒い猫耳カチューシャ、お尻に猫尻尾を付けてニャーニャー言っているメアを、テレジアが揶揄う。
無表情で「ニャ」を指摘されたメアは顔を真っ赤にして、弁解した。
「これは違います、ニャ! 好きでやっているわけではないんです、ニャ! 勇者、勇者様がやれとお命じになったんですニャ! 服従の首輪の所為で、逆らえないんですニャ!」
「本当ですかニャ! 勇者」
テレジアの問いにアレクサンダーは頷いた。
「宝物庫を漁ってたらな、獣人族変身セットっていうマジックアイテムがあってな。まあ魔王が作ったのか、たまたま略奪したのかは知らんが……装着すると本物の獣人族の耳や尻尾のように動くんだ」
「へぇ……確かにピクピク動いてますニャ、面白いですニャ」
「聖女様、お願いですから揶揄わないでくださいニャ、死にたくなりますニャ」
メアは顔を真っ赤にさせ、半泣きで言った。
そしてアレクサンダーに縋りついて言う。
「お願いです、ニャ。命令を解除してくださいニャ。は、恥ずかしいですニャ……」
「でも、お前最近態度が少し生意気だし……」
「反省しますニャー! 反省しますから解除してくださいニャ―」
耳まで真っ赤にしたメアがアレクサンダーに頼み込む。
アレクサンダーは少し考えてから、頷いた。
「分かった、解除する。普通にしゃべって良いぞ」
「ふぅ……あ、ありがとうございますニ、ごほん」
「ニャ」と言いかけて、メアは慌てて咳払いをする。
数時間ずっと「ニャ」「ニャ」「ニャ」と言っていたせいで少し癖がついてしまったようだ。
「犬耳と犬尻尾もあるしな」
「い、いやです! ワンは嫌です! 断固、絶対に嫌です!! お願いですから、もう語尾に何か付けさせるのはやめてください!!」
メアは首を左右に振る。
同時に尻尾も動く。……猫耳と尻尾の装着を外しても良い、という許可は下りていないのだ。
「ワン、ワン、ワン!」
「……テレジア、どうした」
「私がつけます、ワン」
真顔でテレジアは言った。
あまりにシュール過ぎる光景に、メアは無論、さすがのアレクサンダーも唖然とする。
「そ、そうか……よし、つけてやろう」
「ワン!」
アレクサンダーはテレジアの頭に犬耳を付ける。
黒い色の犬耳は、テレジアの髪の色に合わせて銀色に変化した。
「はい、これが尻尾な。ベルト式だ」
「穴に入れるんじゃないんですか?……ワン」
「んなわけあるか、ボケ」
テレジアはベルトを腰に巻く。
すると尻尾の色も銀色に変化した。
「面白いマジックアイテムですワン……どうです、勇者。似合ってますかワン?」
「ああ、似合っているよ」
「女の子に犬耳尻尾つけて喜ぶとは、とんだド変態ですワン。死んだ方が良いですワン」
「なあ、メア。服従の首輪って、もう一つ余ってないか?」
「ないです。というかあったとしても、聖女様なら何を命令されても喜ぶんじゃないですか? 無敵ですよ」
メアは呆れ顔で言い、アレクサンダーも「それもそうだな」と相槌を打つ。
テレジアは楽しそうにワンワン言いながら、犬耳と犬尻尾を揺らす。
「何をしているんだい、君たち」
「リリアナか」
迷宮内部の調査をしているはずのリリアナが、三人の前に現れた。
休憩ついでの冷やかしが目的だろう。
「何だか面白そうなものを付けてるね。僕の分はないのかい?」
「探せばあるかもしれんが、手元にはないな。着けたいのか?」
「いや、そんな恥ずかしい恰好はしたくないね。大人の女性として」
リリアナはテレジアを見ながらそう言った。
そして馬鹿にするように鼻で笑う。
そんなリリアナに対し、テレジアは嘲るように笑った。
「あなたの語尾は『ペチャパイ』です、ワン」
「はぁ? 僕は貧乳じゃない……こういうのはスレンダーって言うんだ! 君が無駄に脂肪を蓄えているだけだ、この無駄乳!」
「ふふ……僻みですか、ワン?」
「ああ! そのワンワンがムカつく!! 『モー』にでも変えたらどうだい?」
「別に良いですよ、あなたが『ペチャパイ』と語尾と付けてくれるならワン」
ヒートアップする口論。
やがて二人はそれぞれ武器を取り出した。
リリアナは両手にナックルダスターを嵌め、テレジアは戦鎚を構える。
喧嘩はやがて殺し合いに発展した。
「あの、勇者様」
「うん? 何だ」
「魔導士様は前衛が担当なんですよね?」
「ああ、そうだぞ」
遠距離攻撃もできないことはない。
が、リリアナの戦闘スタイルは「殴った方が早い」であるため、基本は前衛である。
「その近接が担当の魔導士様を相手に、互角に戦っている聖女様は何なんですか?」
「あいつも前衛だ」
「……攻撃こそ最大の回復ですか?」
「テレジアから聞いたのか?」
「冗談で言ったつもりなんですけど、本当にそう言ってたんですか。そうですか……」
迷宮のモンスターは強い、攻撃を喰らったら即死である。
後手に回ってしまう回復魔法は不適切。
故に先手必勝……相手から攻撃を受ける前に相手を殺せば良い。
つまり「攻撃こそ最大の回復」。
それが聖女テレジアが辿り着いた回復魔法の極致である。
……もう魔法でも何でもないが。
「あのー、お二人とも。勇者様が犯罪者だった云々って、どういうことか聞いて良いですか?」
メアが二人に声を投げかけると……
丁度、武器を放り投げて取っ組み合いをやっていたリリアナとテレジアの動きが止まる。
「取り敢えず休戦にしましょう、ワン」
「本当にムカつくね、そのワン。まあ、良いけど」
服が破れて大変セクシーなことになっていることも気にせず、二人はアレクサンダーとメアの元に向かった。
「端的に言うと、盗賊だったんだよ、勇者は」
リリアナはズレた眼鏡を直しながら言った。
メアが首を傾げる。
「チンピラなのは想像できますが、盗賊ですか?」
「芸術品専門、って言えばイメージし易いのでは、ワン」
テレジアの言葉にメアは「なるほど」と相槌を打つ。
アレクサンダーの芸術品に対する情熱はメアもよく知っている。
「別に俺も最初から盗もうなんて、思ってない……ただ、考えるより先に体が動いていたんだ。ほら、俺って生まれながらの勇者じゃん?」
「生まれながらの犯罪者は一味違いますね」
「メア、これから一か月は『ニャ』だ」
「そ、そんニャー!」
理不尽ですニャ―!
と泣きながらアレクサンダーに許しを乞うメア。
そんな二人を尻目に見ながらリリアナは尋ねる。
「二回目以降はどう言い繕うつもりだい?」
「知ってるか? 窃盗って、癖になるんだぜ」
「開き直ったら人間終わりですワン」
テレジアは呆れ声で言った。
もっともアレクサンダーも犬のお巡りさんに、人間がどうこう言われたくはないだろうが。
「そうだ、勇者……言い忘れていましたワン」
テレジアはポンと手を打った。
そして笑みを浮かべて言った。
「早くも人口十万人突破、おめでとうですワン」
「そいつはどうも」
アレクサンダーはニヤリと笑った。
すでにアレクサンダーの迷宮の人口は十万人を超え……
小国を名乗っても良い規模になっていた。