第10話 チンピラ勇者と吸血鬼はこれからの方針を練る
「うっ……この気候はダメだ、早く次の場所に移らせてくれ」
アリーチェは顔を顰めて言った。
三人の前に広がるのは第八階層『大砂漠』である。
一面を砂の大地が覆い、太陽……ではないが天井の光源が大地を照らしている。
ところどころにサボテンが逞しく生えている。
「すみません、配慮が足りませんでした。……移動しましょう」
メアはそう言ってアレクサンダーとアリーチェの手を握る。
そして景色が変わった。
「さっきよりはマシだね……木があるから。ここは第九階層かい?」
「いえ、同じ第八階層です。『大砂漠』はその全てが砂漠というわけではないんです」
メアが移動したのは大砂漠に点在するオアシスだ。
そしてそのオアシスから遥か遠方には大河が流れている。
「農民共に調べさせたが……大河やオアシスでは農業ができそう、とのことだ」
「はぁ……こんな環境に好き好んで住む必要性もないと思うけどね」
アリーチェは気怠そうにいった。
吸血鬼には砂漠という環境は厳しすぎるようだ。
「次の階層に移動してやるか」
「そうですね」
一行は第九階層に移動する。
「おや、ここは打って変わって過ごしやすいね……薄暗いし、気温も丁度いい。何という階層だい?」
「第九階層『大凍土・火山地帯』だよ」
『大凍土・火山地帯』の地形は大きく二つに分けられる。
活火山の密集する火山エリアと、極寒の凍土エリアである。
そして凍土エリアは氷河部と、極寒の海に分けることができる。
このような気候になっているのは、噴火した火山の火山灰が天井の光源から出る光を隠しているからだ。
そのためこの地は薄暗く、そして寒い。
例外的に火山エリアは地熱により、砂漠よりも熱い。
メアが転移の先に選んだのは、火山エリアと凍土エリアの中間点、気温の丁度良い部分だ。
「しかし土地は痩せているね。あまり産業的な旨みは無さそうだけど」
「農業は絶望的だな。だが珍しい動物もいるらしいぞ? ……ほら、あれだ」
アレクサンダーが指さしたところには、とても奇妙な動物がいた。
足は短く、その歩行速度はとても遅い。
嘴の存在が、その生物が鳥であることを示していたが……少なくともアレクサンダーやアリーチェにはそれが鳥とは認めがたい。
「父はあれを『ペンギン』、と呼んでいました」
「へぇ……ペンギンね。よく見ると可愛いじゃないか」
アリーチェは機嫌良さそうに言った。
吸血鬼とはいえ女の子なので、可愛い動物は嫌いではないのだ。
「寒いからか、良質な毛皮や羽毛が採れる動物が多い。それに海では魚が採れる。火山地帯は資源、特に金銀はそれなりにあるようだ。あと何より氷が採取できる、というのは大きい」
魔法や魔術で作り出された氷は味が良くない。
魔力、魔素が不純物として混ざってしまうからだ。
そもそも氷を作り出せる魔法使いや魔術師そのものが少ない、というのもある。
故に年中氷を採掘できるというのは大きな利点だった。
「あとは温泉が湧くな」
「温泉! それは素晴らしいじゃないか、アレクサンダー。一緒に入ろう」
アリーチェはそう言ってアレクサンダーの腕に絡みつき、妖艶に笑った。
「血を吸う気だろ?」
「温泉で温まった血液は中々良い味だよ……不満かな?」
「まあお前と入れるなら構わないが……今日は止してくれ」
「良いじゃないか……今日、私は泊まっていくよ。入ろう」
「温泉が湧くとは聞いてるが、どこにあるかは分からんぞ? 今は無理だ」
いちゃつき始める二人を見て、メアは眉を顰めた。
何故か、胸がモヤモヤする。
「あの、次に行きませんか?」
「ああ、悪いな。第十階層に向かおう」
「ふふ、悪いね……メア君。私とアレクサンダーは長い付き合いなのさ」
「……何の話ですか?」
メアは不愉快そうな表情を浮かべつつも……
転移で第十階層まで移動した。
「へぇ……海だね」
「ああ。第十階層『大海原』……一面海だな」
『大海原』は一面、海水で覆われた海の世界である。
海といっても陸地がないわけではなく……ところどころに大小の島々が点在している。
島の周辺部には多種多様な生物が生息していることが分かっている。
「気候はどうなってるんだい?」
「一から九階層まで……ほぼ全ての気候が揃っています。島によって異なりますね」
「迷宮というのは本当に滅茶苦茶だね」
アリーチェは苦笑いを浮かべた。
それから一行は第十一、第十二、第十三階層を見て回り……そして第十一階層『大宮殿』に一先ず移動した。
「それで……どうかな? フロレンティア共和国の執政官殿。何かアドバイスでもくれると嬉しいのだが」
「ふむ……人口は今、どれくらいかな?」
「四万だ。最初に三万集めた後……一万増えた」
王国と帝国は現在戦争中である。
発生源は不明であるが、迷宮に行けば助かるという噂が広がり……少しずつ人が増えたのだ。
「ふむ、良い傾向だね。……よし、食糧はフロレンティア共和国が中心となって輸出しようじゃないか。何ならお金を貸しても良い。とにかく人を集めるんだ」
「そいつはありがたい……が、どうやって?」
「今は王国と帝国は戦争中だ。迷宮で耕した土地は自分のモノにできる上に二年間は無税……と宣伝すれば、こぞってやってくるさ。噂は私が広めてあげよう」
「しかし……いくら戦争中とはいえ、そんなに大規模に人が動いたら王国も帝国も黙っていないんじゃないか?」
もっともな疑問だ。
しかしアリーチェは首を横に振る。
「防ぐ手段がない」
「軍隊を使えば良いんじゃないか?」
「アレクサンダー、兵士たちが戦争に参加するのは武功と略奪、強姦が目当て。強姦はともかくとして……貧民を殺しても武功は得られないし、略奪するだけの富は得られないよ。何より国境線が広すぎる……とてもじゃないが、全てを防ぎきるのは無理だろうね」
そもそもどこにどの集団が移動しているのかを捕捉するのも難しいだろう。
と、アリーチェは語った。
「俺が活動し過ぎた所為で王国と帝国が戦争を止めるって可能性は?」
「君は帝国にとっての王国、王国にとっての帝国ほど自分が脅威であると思っているのかい?」
「すまない、俺の間違いだったな」
アレクサンダーがどんなに王国と帝国にとって不利益になる行動を取ったとしても……
王国や帝国にとって、『目障り』程度に過ぎない。
無論、講和を後押しする要因の一つにはなり得るだろうが。
「あとは都市国家同盟からの移民も後押ししてあげよう」
「移り住みたい奴なんているのか?」
「都市国家同盟にも貧富の差はあるからね。それに大陸は今、全体的に農地不足なんだよ」
「何でだ?」
「人口は幾何級数的に増加するけど、農地は算術級数的にしか増加しないから……まあつまり人口の増え過ぎだね。魔王のおかげでここ最近、戦争もなかっただろ? それに気候も暖かく、収穫も安定していた上に疫病も流行らなかった」
魔王様様とはこのことだ。
魔王という厄介な存在がモンスターを指揮して王国や帝国、都市国家同盟への侵攻の構えを取ったことで三勢力の戦争が抑止されて、結果的に人口が増大したというのは実に皮肉な話である。
「まあ他にも輪裁式農業や新型農具の広がり、物流の活発化とか……いろいろ理由はあるんだけどね」
複合的な理由により食糧問題が起きず、疫病も発生しなかったため人口が増え過ぎてしまった。
それが農地不足の要因である。
「間抜けな話だな」
「はは、まあ仕方がないさ。増える時は増えるものだからね、人間は。あとは、そうだね……アレクサンダー、一応聞くけど君には宗教や人種的なこだわりはなかったと記憶しているが、それで正しいかな?」
「特にないな。まあ全身体色がドドメ色のドドメ色人が現れたらさすがに驚くが」
「安心したまえ。肌が白、黄、黒まで見たことはあるがドドメ色人は見たことが無い。まあそれはさておき……帝国で差別されている少数宗教、または王国で差別されている少数民族なんかを集められると良いんじゃないかな?」
差別から逃れ新天地へ。
というのは人口移動のプッシュ要因の一つだ。
「まあ確かに、エルフやドワーフ、獣人なんかは王国の支配に反発したせいで国を破壊されたからな……」
実は人族、特にカルヴィング人至上主義を採る王国の方が帝国よりも少数種族の数が多い。
帝国は宗教、神聖教を主柱にして穏やかに集まり国家が統合したのに対して、王国はカルヴィング人が侵略を繰り返したことで成立したからである。
元々王国側の方が少数民族が多かった、そしてまた人種差別により他種族交配が進まなかったという理由もある。
帝国の場合は種族が違えども、改宗すれば同じ国民として迎えられる。多数の人族と、少数のエルフやドワーフの交配が進めば後者が前者に飲み込まれるのは自明である。
「それに君は王国・帝国の下層民からの支持が厚いだろ?」
「まあそれもそうだが」
アレクサンダーは王国出身の非カルヴィング人である。
王国で幼少期を過ごし、帝国に移住して……その後勇者となり、貴族になった。
両国の国民にとっては立身出世の英雄、憧れの的である。
そんなアレクサンダーが呼びかければ、下層民たちが迷宮ドリームを夢見てやってくるというのは想像しやすい。
「だが俺は帝国に入国できんし、王国にもいろいろあって入国拒否されている。……頼むぜ?」
「宣伝は任せたまえ。商人たちの伝手を使い、大陸中に広げてあげよう」
アレクサンダーとアリーチェは手を結んだ。
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