帝都クレタ⑥
白金のコインを前にして動きを止めるギルド職員。
その態度を目にして固まるシャルル。
「えっと・・・・・」
緋色の騎士に遊ばれたのかと思い、シャルルがコインに手を伸ばそうとした瞬間、ギルド職員が凄い勢いで立ち上がった。
「大変申し訳ございませんでした!!」
「・・・え?」
腰を150度折り曲げ、顔が膝にぶつかるのではないかと思うほどに頭を下げる。状況が把握できず戸惑うシャルルに、ギルド職員が慌てて案内を始めた。
「どうぞ、いえ、どうか、あちらの個別相談室にいらして下さい」
ギルド職員が示す方向に目をやると、応接室のような部屋が見えた。特殊なクエストに赴くパーティの打ち合わせなどにしか使用されない特別な部屋だ。ギルド職員の豹変振りに困惑したものの、地図と許可証を受け取らなければならないため、シャルルはその指示に従う。
個別相談室に案内されたシャルルとパテトは、異常に座り心地の良いソファーを勧められる。更に、頼みもしないのに、目の前に高価そうな菓子と飲み物が並べられた。
「もう少しお待ち下さい」
ギルド職員は満面の作り笑顔を浮かべ、個別相談室を後にする。
この意味不明な状況に、シャルルは緋色の騎士のことを必死で思い返す。この対応が普通ではないことくらいは、十分に理解できていた。
それから30分ほど待たされ、そろそろパテトが痺れを切らし始めた頃に、ようやく個別相談室の扉が開いた。そこから現れたのは白髪の老婆と、あの緋色の騎士だった。
「何でワシが、Eランクの冒険者に会わねばならんのじゃ、まったく・・・」
「やあ、待たせてしまったね」
老婆はともかく、緋色の騎士の登場にシャルルは驚いた。
老婆はシャルルとパテトを交互に眺めた後、すぐに驚愕の表情を浮かべた。
「何と・・・お前さん達、本当にEランクなのか?この気配は、少なくともAランクじゃないか!!」
「当然でしょう」
緋色の兜を外しながら、緋色の騎士が頷く。
そして、その兜を小脇に抱えると、シャルルの顔を見詰めて上品な笑顔を見せた。
「当代の勇者、シャルル・マックール殿と、アニノート国の王女、パテト・チャタル姫なのですから」
「な、なんとっ!!」
口を大きく開き、奥歯が見えるほど驚愕する老婆。
その横で、長い紅の髪をサラサラと靡かせる美少女は、緋色の瞳を弓なりにして宣言した。
「私が3人目のパーティメンバーだ。
名はフィアレーヌ・アルムス、この国の第三皇女だ。フィア、と呼んでくれて構わないぞ」
「・・・は?」
白髪の老婆はウン十年前、Aランクよりも更に上、Sランクパーティの魔法師として活躍し、現ギルド本部のマスターであった。そのギルドマスターと同行して現われた人物が、緋色の騎士こと、アルムス帝国第三皇女であるフィアレーヌ・アルムスだ。
「ええと・・・色々と分からないんですけど?」
一度に大量の情報を捻じ込まれ、事態の収拾ができないシャルルは、テーブルを挟んで座る2人に顔を向ける。すると、その問いにフェアレーヌが答えた。
「ふむ。まず、そのコインについて説明しよう。
それは、所持している者が、皇族と繋がりがあることを示す物だ。そして、そのコインの裏に彫られている竜の紋章は、私、フィアレーヌの関係者だということを表している。だからこそ、ギルドから確認の連絡を受けた私が面白半分に来た―――という訳だ」
フィアレーヌの話を聞き、シャルルは大きく息を吐いた。
「まあ、何らかの意味がある物なのだとは思っていましたが、流石に少し驚きました。
でも、そのことはどうでも良いんです。それより、どうして僕が勇者だと、それにパテトの本名まで知っているんですか?」
あの場所でシャルルは、自分の名前を一言も口にしなかった。それなのに、どうしてシャルルの身元が判明しているのか。その点が一番の疑問だった。
その問いを受け止めたフェアレーヌは、淡々とした口調で再び説明を始める。
「実は、あの時ラスカの瞳が盗み出した物は、光の護符というアルムス家に伝わる宝物だったのだ。光の護符というのは、魔王を封印する時、テレス様が勇者に与えたとされる法具だ。一体、どういう効果があり、何のために使用されるの分かっていない。
ただし、1つだけ判明していることがある。それは、勇者が手にした時にだけ光輝く、ということなのだよ」
「なるほど・・・」
シャルルはそう口にしながら、その時のこと思い出す。
小箱を返却しようとして懐から出した時、確かに隙間から光が溢れ出していた。もし本当に、あの光が勇者であることの証明であるならば、身元が判明しても不思議ではない。
徐々に現状の把握が進むシャルルに、フィアリーヌが言葉を重ねていく。
「ああ、それと、パテト姫は覚えていないかも知れないが・・・今から3年前、ここクレタで開催された世界会議の時に一度会っているのだよ。それに気付いた私は、一国の王女が勇者パーティにいることに驚いた。まあ、だからこそ、パーティメンバーに潜り込んだのだがな」
シャルルが横を向くと、菓子を手にするパテトと目が合った。その意味を理解したパテトは、すぐに首を左右に振った。全く記憶にないらしい。
「まあ、皇族の方であれば、我々の情報を持っていても不思議ではありません。それに、調べようと思えばいずれ分かったことですから・・・でも、勝手に3人目のパーティメンバーになるとか、それはどうかと思うんですけど?」
シャルルの投げ掛ける正論に、フィアリーヌは苦笑を浮かべる。しかし、軽く謝罪をする仕草は見せたものの、現状維持のまま押し切ろうとした。
「それは・・・すまない。
昨日、盗賊一味の処遇が決定した直後、皇族の権力でゴリ押しして登録させてもらった。だが、それには理由があるのだ」
アルムス帝国の第三皇女がパーティメンバーになれば、自由に行動できなくなる可能性がある。最悪、国の管理下に置かれる危険性まである。パテトは一国の王女ではあるが、国が存続しているかどうかも不透明であり、本人は武闘家として修業の最中である。
そんなシャルルの胸中を見通したかのように、フィアリーヌは笑みを浮かべて話す。
「そもそも、私は第三皇女ではあるが、ある事情により王位継承権が無い。10番目とか20番目とかではなく、序列に名前が存在しないのだ。それ故、皇族としての地位は限りなく低い。皇帝の娘であるということ以外、特に何も持っていない。
ただ、生まれつき戦闘力が高く、自衛手段としての練磨の末に、現在は近衛騎士団の副隊長をしている」
そこで一拍置き、フイアリーヌは前のめりになって続ける。
「貴殿達は、これからアポネ遺跡に向かうのであろう?遺跡への入場は、皇族がパーティメンバーであることにより、特例として認めさせた」
フィアリーヌが視線を送ると、ギルドマスターが渋い表情で頷いた。
「まあ、仕方なかろう。ギルドと帝国は、持ちつ持たれつじゃ。それに、当代の勇者が挑むのであれば、それを阻むことはできぬ」
「挑む?」
不穏な言葉を耳にし、シャルルが聞き返す。しかし、その言葉は見事なまでに聞き流された。
「もし、貴殿が遺跡を踏破し、最奥の間に辿り着いたなら・・・
もし、貴殿がこの先に進むのであれば、必ず私の力が必要になる。
貴殿が帰還し、勇者として、勇者パーティとして先を目指すのであれば、私はこの国を捨てて共に行く覚悟だ」
驚くシャルルの目を、緋色の瞳が縫い付ける。
「遊び心ではないのだ。私は自分の全てを賭して、貴殿のパーティメンバーとして加入したのだよ」
そう宣言して、フィアリーヌは屈託のない笑顔を見せた。




