帝都クレタ⑤
何も言わず、教会を後にするシャルル。
その後ろ姿を見詰めながら、イリアは声を圧し殺して泣いた。
殴り付けるでもなく、罵倒することもせず、シャルルはイリアを見下ろしていた。それは、イリアを許すつもりがない―――という意志表示である。言葉を交わす必要がないと、話すに値しないと。
もし、パテトと同じように、胸倉を掴み大声を上げていたならば、イリアの言葉が、謝罪がシャルルに届いたかも知れない。しかし、まるで眼中にないかのような態度は、謝罪を受け入れないという強固な意志の表れだ。
しかし―――と、ひとしきり涙したイリアは、思い至る。
それは、当然のことなのだ、と。
パテトが罵ったように、自分達が逃げるために、シャルルを生贄に差し出したのだ。利用し、裏切り、確実な死が待つ空間に置き去りにしたのだ。絶望に恐怖し、信頼した人達に裏切られ心を闇に飲み込まれた。そんな仕打ちをしておきながら、たかが頭を下げた位で許されるはずがないではないか。少しばかり心を痛め、泣き明かしたところで、それが何だと言うのだろうか。私は、許されないことをしたのだ。
もしも、この先、シャルルが危機に陥る様なことがあれば、この生命を投げ打ってでも助けよう―――それが、唯一自分にできることなのだ。
イリアは立ち上がると、教会の最奥部で祈り続ける女神像の元に行き、その場に跪いて手を合わせた。
教会の外に出たシャルルは、すぐ外で白衣の老人に呼び止められた。金糸が使用された上等なローブは、その男性が高位の聖職者だということを示している。
「彼女を、許すことはできませんか?」
聖職者は、唐突にシャルルに訊ねた。その質問内容から、聖職者は事情を知っているのだと思われる。
「許すことはできません」
「人は、成長するものですよ?」
「それでも、過去は絶対に変えることができませんから」
「彼女を、永遠に許すことはない―――そういうことですか?」
再度の問いに、シャルルは少し考える。
「僕はまだ、自分の進むべき道が見えていません。自分の大切な人達を護りたいとは思いますが、世界を救うとか、人々の幸福だとか、そんなことには興味がありません。
・・・ですが、もしも僕が光の道を選択し、その道を共に歩むのであれば、許すことはできなくても、受け入れることはできると思います・・・勝手なんですよ、僕は」
そう言って背を向けるシャルルに、聖職者は頭を下げた。
「さあ、パーっと肉でも食べる?ねえねえ、肉でも食べようか?」
大聖堂からメインストリートに出てすぐの道端で、パテトがシャルルの前に回り込んで周囲を見渡す。望まない再会によって沈んだシャルルの気持ちを、どうにか盛り上げようとしているのかも知れない。
そんなパテトの姿に、苦笑いしながら答えた。
「ハハハ、まだ昼には早いし、一旦ギルドに帰ろう。遺跡の話も聞きたいしね」
「ええ・・・・・」
あからさまに、両肩を落として落胆するパテト。その落ち込んだ様子から、気遣いをしていたという推測は外れた。
気落ちするパテトに串焼きを買い与え、シャルルはギルドに戻って来た。相変わらず冒険者で溢れ返るロビーを進み、カウンターに座るギルド職員に声を掛ける。
「あの、遺跡のことについて聞きたいんですけど」
「遺跡ですか?ええ・・・と、どこの遺跡のことですか?」
対応した女性職員は、椅子に座ったままカウンター越しにシャルルを見詰める。その値踏みするような視線から、シャルルのランクを予想しているのだと推測できる。そもそも、ここは1階だ。Cランクまでの冒険者しかいないのではあるが。
「ちょっと聞いたんですけど、クレタの北に廃都があると」
「・・・都?」
シャルルが口にした廃都という言葉を耳にした途端、ギルド職員が冷笑を浮かべた。
「冒険者カードを見せて頂けますか?」
「はい」
促されるままシャルルが冒険者カードを差し出すと、それを確認したギルド職員が呆れたように確認する。
「シャルル・マックールさん。ここに、貴方のランクが記載されています。何と書いてありますか?」
「E・・・ですね」
ギルド職員は馬鹿にしたように、あからさまに溜め息を吐いた。
「そう、貴方のランクはEランクです。ようやく新人を抜け出した、駆け出し中の駆け出し。クエストを受注した10人中の7人が、3ヶ月以内に行方不明になるランクです。その貴方が廃都、アポネ遺跡を探索できるはずがありません。アポネ遺跡は難易度A以上、Bランクパーティだと3組以上、Aランクパーティでようやく入場が許される場所ですよ」
3本目の串焼きを上機嫌で食べていたパテトの表情が、ギルド職員の態度を見て徐々に険しくなる。シャルルはパテトの視界を遮るように移動すると、緋色の騎士に渡されていたコインを懐から取り出す。そして、その白金のコインを、カウンターの上に静かに置いた。




