パテト・チャタルと牢獄の泉⑦
「サラマンダーって、本当?」
訝しげな表情で、パテトが斜め下から眺める。失礼な態度ではあるが、パテトの反応はもっともである。四大精霊とは、この世界の至る所に存在する精霊達の四天王とも呼べる存在だ。その一体が、こんな場所で1200年もの間封印されているなど、安易に信じることはできない。
『い、いや、我は本当にサラマンダーなのだが・・・』
「まあまあ、この封印を解いたら分かるから」
焦る自称サラマンダーを宥めながら、シャルルが泉の前に立った。
「水牢って、結界というよりも呪いなんだよね。だから多分、解呪系の魔法でどうにかできると思う」
泉に向かって右手を翳し、シャルルがいちも以上に魔力を練っていく。術者と対象者が強力なため、中途半端な魔力では跳ね返されてしまうからだ。暫くすると、魔力を錬成させるシャルルの身体が、黄金色に輝き始めた。これは、魔力が極限まで集積されたことを示している。
「―――――ディスペル!!」
シャルルが魔法名を唱えると同時に、シャルルの右手から黄金の閃光が放たれた。その余りの光度に、その場に居合わせた全ての者達の視界が奪われる。そして同時に、パリンという甲高い破砕音が周囲に響き渡った。
無詠唱で発動したのは、解呪の古代魔法ディスペルである。この魔法は術者のレベルに比例して、難度の高い呪いを解くことが可能となる。
閃光が飛び散り、徐々に視界が回復していく。ようやく周囲が確認できるようになった時、そこにいた全員が明確な異変に気付いた。目の前に在ったはずの泉が消失し、そこに浮かんでいた透明な立方体も完全に無くなっていたのだ。
そして、水牢があった場所には、深紅のドラゴンがフワフワと浮かんでいた。小さな羽を携えた深紅のドラゴン。その大きさは人間の子供程度であったが、圧倒的な存在感はS級の魔物に匹敵、若しくは凌駕するほどのものだった。その羽が揺れる度に火の粉が舞い、身じろぎ一つで炎が天に昇っていった。
四大精霊のサラマンダーで間違いはなかった。
パテトは、その姿を目にして絶句している。どうやら、本気で偽物だと思っていたらしい。
『礼を言う。我等は死なないとはいえ、流石に1200年は長かったのだ・・・』
サラマンダーの言葉に、シャルルが軽く頷く。
『何か礼がしたいが、我にできることはあるか?』
霊力を取り戻したサラマンダーが告げる。サラマンダーに助力を受けるなど、それだけで伝説になっても良いレベルの偉業だ。
その申し出に対しシャルルは返事をせず、全く違う質問で返した。
「その初代勇者と一緒に戦うように言ったのは、女神テレス様なんだよね?大魔王との戦いの後、テレス様には会った事ある?」
シャルルの突拍子もない問いに、サラマンダーは困惑する。
何か特殊な武具が欲しいとか、一緒に来て貰いたいとか、もっと戦いに直結する要求をされることを想定していたのだ。実際には、それらはテレスの許しがなければ叶えられないのではあるが。しかし、仮にもサラマンダーは四大精霊の一角である。人間には伝えられていない精霊魔法の1つくらいであれば、こっそりと教えるつもりでいた。・・・にも関わらず、世間話のような質問が謝礼であるとは、全くの想定外であったのだ。
『テレス様とは、1200年前にお会いしたきりだ。元々滅多にお会いできる方ではなかったが、こんなに長い間お目に掛からないのは初めてだ。最後にお言葉を頂いたのは、確か、勇者アストが、大魔王をアトランティカ大陸で討ち取った直後だったと記憶している』
アトランティカ大陸?呼び名が変わったのだろうか。ユーグロード王国がある大陸がムーランド大陸で、アルムス帝国がある大陸がエストランド大陸だ。アトランティカという名の陸地は存在しない。
シャルルはサラマンダーの話を聞きながら、頭の中で世界地図を描いていた。
『なぜ、そのようなことを訊ねる?』
不思議に思ったサラマンダーが、反対にシャルルに訊ねた。
「いや、ここ数百年の間、女神様からの啓示が届いたという記録がない。それに、地上に顕現されたという話も聞こえてこないんだよね・・・
ああ、それと最後にもう1つだけ。どうして、勇者アストは貴方を封印したと思う?」
サラマンダーは目を伏せ、頭を左右に振って答えた。
『それは分からない。いきなり不意打ちで氷結の最上級呪文を打ち込まれ、動けなくなった所を水牢の魔法で封印されたのだ。しかも、更にその外側にも結界を張られて。その時のアストの思い、その後のアストの行方も、我には全く想像ができない』
「・・・なるほど」
そう言って、シャルルは頷いた後、急に黙り込んだ。
そんなやり取りの後、サラマンダーはシャルル達の目の前から姿を消した。
結局何も解決していないし、様々な疑問が中途半端なままだ。それでも、点であった情報が集まって線になり、少しずつ暗闇が照らさた気はする。
その後、シャルルとパテトはハイオークと共に集落に戻り、預けていた家畜を受け取った。そして、すぐにエレタルの街に帰還し、牛同伴で食事屋に突撃した。




