パテト・チャタルと牢獄の泉⑥
勇者パーティは勇者であるシャルルを生贄にして、ラストダンジョンから逃亡した。
アニノートを襲撃した新国王一派とシャルルは無関係だった。逆に、共通の仇とも言える。
それに、大切な人、護りたい人として、自分の名前があった。そのことに、パテトは心の底から喜んだ。
喜んだ?
なぜ?
「―――と言うか、いつまで抱き締めてるのよ」
勢いのない口調で、抗議する振りをするパテト。しかし、その言葉を耳にしたシャルルは慌てて離れた。
シャルルに背を向けたままのパテトは、少しだけ念話についてレクチャーをする。
「あのね、念話を使う時は自分の思考を制御しないと、相手に色んなことがダダ漏れになるから気を付けて」
それを聞いた瞬間、シャルルは顔を真っ赤にして背中を向けた。パテトの言葉を要訳すると、シャルルの思考が全部流れ込んできた、ということである。
背中を向け合って固まる2人。平時であれば微笑ましい光景であるが、ここは森の最深部、得体の知れない封印の目の前である。
『・・・それで、結界をどうにかしてくれるのか?』
先程まで聞こえなかった声を耳にし、シャルルが驚いて我に返る。そして、周囲を見渡した後、深紅の球体が声の主だと確信して話し掛けた。
「えっと・・・これは、水牢の結界という古代魔法なんだけど、強力な炎系の魔物を封印するために使用される魔法なんだ。つまり貴方の正体が、厄災級の魔物である可能性が高いという事になるんだけど・・・もしかして、魔王とか?」
隣で話を聞いていたパテトの表情が変わる。まさか、そんな強力な魔物が封印されているとは思っていなかったのだ。
『それは違う。我は魔王ではない。まあ、何と言うか、魔物でもないんだが・・・』
シャルルは小首を傾げた。
魔王でもなく、魔物でもなく、でも強力な力を秘めた存在。そんな者が、この世界に存在するのだろうか?
「この水牢を解除することは、そんなに難しくないからできると思う。でも・・・その前に、どうしてここに封印されたのか、その経緯を教えて欲しい。それを聞いて納得できないと、危なくて解放なんてできないよ」
『ふむ、それは当然であるな』
封印されている存在は、意外なほどにあっさりとシャルルの条件を受諾する。
外に張り巡らされていた結界のレベルを考慮すれば、相当高位の魔法師、或いは勇者か賢者が設置したとしか思えない。しかも、最終的に古代魔法まで使用して念入りに封じるているのである。余程の理由があるのだろう。
『我がここに封じられたのは、今から1200年前だ』
「え、そんなに長く?」
想像以上の長期間であったため、流石にシャルルも驚いた。
『当時、この世界は、異世界より襲来した大悪魔によって滅亡の危機に瀕していた。大悪魔の配下には強力な悪魔が複数おり、人類や亜人達は抗戦したものの、次々と撃破されていった。次第に大規模な戦闘は無くなり、人類達の単発的な奇襲攻撃が行われるのみとなった。
その時、我等は確信した。この世界は滅亡する―――とな』
深紅の球体は少しだけ明滅しながら、一度そこで話を区切る。
シャルルにとって、この話は未だかつて聞いたこともない内容だった。確かに、以前から魔王の伝承は存在した。それに、シャルルは実際に封印が解けたベリアムとも戦った。しかし、今の話に登場したのは魔王ではなく大悪魔だ。
驚愕するシャルルを余所に、再び話が始まった。
『しかし、そうはならなかった。
女神テレス様の神託を受けた者が立ち上がったのだ。その者はテレス様により授けられた強力なスキルや、ドワーフから提供された特殊な武器を装備し、次々に悪魔達を討伐していった。しかし、1人きりで戦うには限界があった。そこで、テレス様は我々に、その者の味方をするように指示を出された。それ以降、我はその者・・・つまり、初代勇者と共に凶悪な悪魔、ついには強大な大悪魔を撃破し、この世界に再び平和と安寧をもたらしたのだ』
誰も知り得ない当時の記憶。どこにも記されず、口伝ですらも残らなかった事実。滔々と語られる信じられない真実。普通であれば真偽を精査するべきであるが、シャルルに疑念が浮かぶことはなかった。
『その直後、状況が把握できないうちに、この場に封印されてしまった』
「誰に?」
『勇者アストの手によって、だ』
「勇者と喧嘩したとか?」
『それはない』
「仲が悪かったとか?」
『協力者の中では、一番懇意にしていたはずだ』
「じゃあ、どうして?」
質問と回答が繰り返され、結局、最初の疑問に立ち戻る。しかし、今度は違う答えが返ってきた。
『推測にすぎないが・・・我の動きを封じると共に、護ろうとしたのだろう』
護りたかった?
目を閉じて思考を巡らせるシャルル。しかし、どう考えても意味が分からない。それはそうだ。シャルルは根本的なことをまだ訊ねていない。
「結局、貴方は一体・・・何者なんですか?」
『我は四大精霊と呼ばれる、サラマンダーである』




