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パテト・チャタルと牢獄の泉⑤

「とりあえず、その念話スキルをくれ!!」


 我慢できなくなったシャルルは、自分を見詰めるパテトに向かって叫んだ。珍しく感情を顕わにしたシャルルに、パテトは反射的に頷いてしまう。


「よし。じゃあ、抱き締めるから」


 しかし、その後に続く言葉を耳にした瞬間、後ろに飛んで距離をとった。柄にもなくパテトは顔を真っ赤に染めて叫んだ。


「アンタ、何言ってんのよ!!

 だ、だ、だ、だ、だ、抱き締めるとか・・・簡単に抱き、抱き、抱き、抱き締めるとか、有り得ないんだけど!!」


「そうは言っても・・・」


 自分が他人のスキルをコピーするという特殊なスキルを持っていることを明かし、コピーするためには相手を抱き締めることが条件であることをシャルルは説明する。


 しかし、説明をされたからといって、パテトは簡単に抱き締められる訳にはいかなかった。

 あの後、アニノートがどうなったのかは分からない。しかし、自分が生きている限り、アニノートは滅びない。だからこそ、パテトは異性に抱き締められる訳にはいかないのだ。王女が身を任せる相手は真に信頼できる者だけであり、将来の伴侶になるべき者なのだ。


 ・・・しかし、スキルのコピーを許したことも事実だ。


「分かった。もし、アタシを倒すことができたら、抱き締めても良いわ」

 パテトはそう告げると、続けて「獣化」と口にする。

 恐らく、全力で戦ってもシャルルには敵わないだろう。それでも、拳を交えない訳にはいかない。せめて、抗ったものの力及ばず組み伏せられた―――と、いう言い訳が欲しかったのだ。それでも、当然ながら簡単には負ける気はなかった。


「え?」


 唐突に戦いを挑まれたシャルルは、意味が分からず困惑していた。どうしても嫌なのであれば、断っても良いと思っていたのだ。いきなり「抱き締めるぞ」と言われ、「分かった」と納得する女性などいない。それくらいのことは、シャルルにも分かっている。

 確かに、目が血走っていたかも知れないが、それはそれ、なのだ。


 そんなことを考えているシャルルの眼前で、獣化したパテトが身構えた。全身から発する闘気が可視化できるほどに膨れ上がっている。


 次の瞬間、重心を落としたパテトが瞬動でシャルルの懐に飛び込んだ。

 想像を超えた速さに、慌ててシャルルが後方に飛んで避ける。しかし、その動きに追撃するために、パテトが鋭い飛び蹴りを放った。シャルルは反射的に腕を交差させてで受け止めるが、威力は殺せず後方に吹き飛ばされた。

 地面に片膝を突いたシャルルが顔を上げる。そこに、パテトの狙いすました闘気砲が大気を引き裂きながら迫った。音速を超えた衝撃波は衝撃音を響かせ、地面にクレーターを作った。


 そのクレーターから、魔法盾シールドを纏ったシャルルが無傷で飛び上がる。その姿を目にしたパテトは苦笑いを浮かべた。


「あれでノーダメージなんて、ホントに傷付くわ・・・」

 そう言いながら、パテトは再びシャルルに突撃する。そして、戦法など無視した打撃技を連続で繰り出した。


 常に全力ではあるが、今回は安全マージンなど考えない本当の本気だ。周囲の木々を薙ぎ倒し、激しい激突音を辺り一体に響かせる。大地を抉り、巨大な岩石を粉砕する。それでも、シャルルには届かない。


 肩で息をするパテトを前にしたシャルルは、「もう、いいから」という言葉を飲み込んだ。

 これは、パテトの決意と意地なのだ。それを、こちらから踏みにじる真似はできない。シャルルが簡単に口にした言葉は、パテトにとっては重い約束だった。それに気付いたからといって破棄しようとしても、パテトは納得しないだろう。普段は食べて遊んでいるだけであっても、パテトは気高いアニノートの王女なのだ。


 ここで、シャルルが初めて身構えた。自然体でいて、全身に気が充実している全く隙の無い構えだ。それに応じて両の拳を握ってファインティングポーズをとった瞬間、パテトの視界からシャルルの姿が消える。ほんの一瞬の出来事だった。背後の気配に気付くと同時に、回り込んでいたシャルルの手刀が的確にパテトの首筋を捉えた。


 前のめりに倒れようとする身体を、シャルルが背後から抱き締める。

 これ以上、無理をさせないように。

 これ以上、傷付けないように。

 強く抱き締めた―――


「もう1人で突っ走るな。お前は1人じゃないんだ。これからは、いつも僕が傍にいるから」


 スキル念話のコピーが完了する。

 念話の回線が、シャルルとパテトの間に繋がった。

 シャルルの思念が、過去の出来事が一気にパテトに流れ込む。

 シャルルが感じている孤独感と絶望感。

 その原因になったパーティの裏切り行為。

 薄暗いダンジョンに、たった1人で置き去りにされた絶望感。

 人間に対する不信感と、この世の全てに対する虚無感。

 パテトは泣いていた。

 いつの間にか、涙が溢れて止まらなくなっていた。


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