パテト・チャタルと牢獄の泉④
シャルルが木陰で寝ていると、突然足元にパテトが現れた。驚いて起き上ると、パテトは険しい表情で、再び森の中へと全速力で駆け出して行く。
どこからか吹き飛ばされてきた訳ではなく、明らかに魔法による転移だった。パテトが転移魔法を使えないことを知っているシャルルは、小首を傾げた。
一方パテトは、結界の場所を目指し全力で木々の間を走っていた。
正真正銘の全力で結界を殴り付けた瞬間、一瞬で森の外まで飛ばされた。結界の防御魔法の1つに、転移魔法が含まれていたのであろう。たかが結界に転移魔法まで組み込んであるとすれば、結界を破壊するのは並み大抵のことではない。それはパテトにも分かるが、諦めるという選択肢はない。
なぜなら、そこに助けを求める者がいるからだ。
再び結界の前まで辿り着いたパテトは、ゼイゼイと肩で息をしながらも即座に構える。触ると飛ばされるのであれば、触らなければ良いだけのことだ。
足を開き、左手を前に突き出すと、右の拳を腰元に構えて闘気を練る。拳から気を衝撃波として飛ばす闘気砲、いわゆる発勁の一種で攻撃を仕掛けるつもりだ。パテトの身体が薄紫色の光に覆われ、闘気が充填されたことを示す。
「はああああああっ!!」
パテトが素早く拳を打ち出した瞬間、闘気が激しく渦を巻きながら結界に向かって放たれた。城塞都市の防壁さえも打ち抜くほどの闘気砲。その衝撃波によって、結界が吹き飛ぶ―――――予定だった。しかし、結界はパテトの闘気砲を、反射魔法で数倍にして跳ね返した。
蒼白になるパテト。放ったパテトですら、受け止めることができないほどの威力。下手をすれば、生命を失う可能性すらもある。それでもパテトには、その闘気の塊を処理する方法が思い浮かばなかった。
「何をやってるんだ?」
呆然とするパテトの耳に、最近ではもはや耳に馴染んだ声が聞こえる。パテトの所業を心配したシャルルが、様子を見に来たのである。同時に、眼前に迫っていた闘気の塊が空へと打ち飛ばされた。
その光景を目の当たりにし、パテトは薄暗い笑みを浮かべる。助かったことには感謝したいが、かなり複雑な心境だった。パテトの全身全霊を傾けた攻撃が数倍にまで膨れ上がった攻撃を、シャルルは容易く跳ね返してしまったのだから。
「姉さん、大丈夫ですか!!」
パテトの元に、ワイルドウルフとハイオークが集まって来る。
シャルルには、「ガウガウ」と「ブヒブヒ」にしか聞こえなかったが、パテトは会話として成立していた。
「大丈夫よ。・・・だけど、この結界はアタシには無理かも知れない」
シャルルとパテトの目が絡み合う。
シャルルは、「それって、念話だよね?そのスキルが欲しいんだけど」と思い―――パテトは、「アンタなら、この結界破壊できるよね?やって欲しいんだけど」と考えていた。
ほぼ同時に、パーフェクトな作り笑顔を浮かべ、互いが同じ速度で歩み寄る。
「そのスキル、コピーさせてくれない?」
「この結界、破壊してくれない?」
2人の言葉が空中で正面から激突し、粉々に砕け散る。
引き攣った笑顔のまま見詰め合う2人。仕方なく、シャルルの方が先に折れた。
「ふう、分かったよ。この結界を解除するから、念話のスキルはコピーさせてくれ」
スキルをコピーする、という言葉の意味は分からなかったが、とりあえずパテトは頷く。
「―――ブレイク」
シャルルが魔法名を口にした瞬間、目の前にあった結界があっさりと消え去った。
「あれだけ複雑な術式を・・・なんてデタラメな」
瞬時に消失した結界を確認し、パテトは納得いかない表情でシャルルを眺めた。
「約束だからな。念話をコ―――――」
その時、シャルルの言葉を遮るように、森の最深部から呻き声が聞こえてきた。呻くというよりは、もはや絶叫に近い。
「ギャギャギャオオウウウウ―――!!」
防音の魔法により封じられていた声が、結界の消失と共に外に漏れるようになったのだ。
「・・・助けてくれ?」
そう呟いたパテトが、更に森の奥へ全力で走って行った。
シャルルには雄叫びにしか聞こえなかった声は、パテトには助けを求める悲鳴に聞こえていたのだ。つまり、声の主は人間ではない。
パテトの後を追い、シャルルも森の最深部を目指して地面を蹴った。
結界が張られていた場所から500メートルほど中に入った場所で、ピタリとパテトの足が止まった。
目の前に直径30メートルほどの円い泉があり、その中心に一辺が3メートル前後の立方体が浮かんでいたのだ。その透き通った立方体は、内部に深紅の球体を囚えている。
恐らく、この深紅の球体を封印するために、何者かが結界を張ったのだろう。
「そう、そこから出たいのね。でも、この泉は絶対にヤバイわよね・・・?」
口を開いたパテトが、シャルルの顔を覗き込む。
あれほどの結界を張った者が封じ込めた、得体の知れない何か。その何かを封印しているあの立方体が、自分に破壊できるとは到底思えかったのだ。
シャルルはシャルルで、言葉とは思えない鳴き声と会話するパテトを見て、ますます念話のスキルが欲しくなっていた。




