パテト・チャタルと牢獄の泉③
「姉さん!!」
「姉さん!!」
「姉さん!!」
次第に上機嫌になるパテト。身長が148センチのパテトは、いつも子供扱いされているため、「姉さん」という呼ばれ方に有頂天になっていた。
「うん、まあ、他に美味しい獲物がいれば、そっちで良いかなあ」
全てのワイルドウルフが、内心でガッツポーズをする。これで、なんとか食肉として解体される危機は脱した。
「―――で、獲物はどこ?」
次の肉を求めるパテトは、飢えた野獣のような目で一番大きいワイルドウルフに問う。ワイルドウルフは足をガクガクと震わせながら、更に森の奥を前足で指した。
「あの奥に、オークの集落があります。我々だけでは無理ですが、姉さんが一緒ならば勝てると思います」
「オーク?豚の亜人の?」
「そうです。奴等は我々など比較にならないくらい美味いですよ」
「美味い」という単語に反応したパテトは、いきなり1人で駆け出した。ワイルドウルフ達が、全く追い付けないほどのスピードで。
薄暗い大木の区画を通り過ぎると、木々が徐々に低くなり、木々の合間に広い空間が現れた。木と草を組み合わせた簡素な造りではあるが住宅が連なり、何者かが集団生活していることが見て取れる。その集落に暴風を纏ったパテトがいきなり突入した。
動揺する住民。その全てがオークだった。
丸々と太った脂身。はち切れそうな肩はロースにしか見えない。腹部は脂肪が多そうではあるが、太モモの肉はまるで熟成されたハムのようだ。辛抱たまらん!!という表情で、涎を垂らしながらパテトが叫んだ。
「さあ、誰からアタシの胃袋に入るの!!」
大胆な宣戦布告。それに応じたのは、集落50匹のリーダーであるハイオークだった。ハイオークはオークの上位種であり、単体でもCランク判定を受ける。オークよりも攻防全般の能力が強化され、剣や鎧を装備している。
「面白い、オレが相手になろうではないか!!」
ハイオークがそう応じた瞬間、パテトはその懐に瞬動で潜り込み、意識を刈り取るためだけに顎先に向けて飛び膝蹴りを掠らせた。その一撃でハイオークは呆気なく意識を失い、轟音と共にその場で大の字に倒れた。
ハイオークを見下ろし、肩ロースだの、モモ肉だのブツブツと呟くパテト。その頭は既に、肉の食べ方で一杯になっていた。しかし、背後から掛けられた声に、仕方なく振り返った。その提案が魅惑的だったからだ。
「あの・・・我々オークよりも、アレの方が美味しいと思います。全て差し上げますので、どうか見逃して下さい」
オークが示す先には、囲いの中で数頭の牛と羊が飼われていた。それを見たパテトは、涎とともに二つ返事で了承した。
牛2頭を譲り受けることになったパテトは、早急に肉が食べたかったため、すぐにその場を立ち去ろうとした。しかし今度は、ようやく意識を取り戻したハイオークに呼び止められた。
「その強さを見込んで、お願いしたいことがあります!!」
平伏するハイオークを目にし、パテトは足を止める。
「何?」
あからさまに不機嫌な声音で訊ねるパテト。とにかく早く帰りたいようだ。ハイオークは大量の冷や汗を流しながら、早口で答えた。
「ここよりもう少し奥に、結界が張られたエリアがあるのですが、その中から、助けを求める声が時々聞こえてくるのです。もしかしたら、同胞が何者かに捕えられているのかも知れません。しかし、我々では結界の中に入ることができないのです。
どうか、我々の代わりに、中の様子を調べて頂けませんか?」
そう言って、ハイオークが地面に額を擦り付ける。
「分かったわ」
パテトは即答した。先程までの、肉のために少しでも早く帰ろうとしていた姿が嘘のように、あっさりと承諾したのだ。言ってみただけ的なハイオークは、その豹変振りに次の声がなかなか出なかった。
パテトは、ただの肉が大好きな暴れん坊であるが、パテト・チャタルは王女である。自分を頼り、頭を下げる者達の申し出を断る事はしない。それが例え自分の身の丈を超える嘆願であっても、パテトは躊躇する事なく受諾する。それが、王女としての責務だと、そうパテトは理解しているのだ。
「それで、どこ?」
牛をオークに預け、ハイオークにその場所への案内を依頼する。
ハイオークの後に続くパテトの顔を見たオーク達は一斉に平伏した。その表情は、先程までの粗暴な少女ではなく、一国の王女の威厳に満ちていたからだ。背筋を伸ばし、凛として前を見る姿は、皆の期待に応えようとする王そのものであった。
ハイオークの後に続き、更に森の奥へと足を進めるパテト。森が深くなるに従い大気中の魔素は強くなり、同時に空間の歪みも大きくなっていく。目的地が近くなると、魔素の濃度が高過ぎるため、視界が霞むほどになる。
ようやくハイオークが立ち止まり、パテトの方を向いて告げた。
「ここです」
確かに、ハイオークが示す場所に結界が張ってあった。しかも単純な結界ではなく、複雑な術式が重なる超高等技術を駆使した代物だった。外側には何重にも張られた防御結界も張り巡らされており、力任せに突撃したからといって破壊できるようなものでなかった。
しかし、だからといってパテトは他に方法を持たない。




