パテト・チャタルと牢獄の泉②
「確か、街の北に森があったと思うんだ」
鼻歌交じりに先を急ぐパテトに、シャルルは仕方なく付いて行く。
馬車の車軸の修理は、車体の調整も含めると2日かかるらしい。乗って来た駅馬車で引き続き旅をするのであれば、出発は明後日ということになる。急ぐ旅でもないし、パテトの肉に対する欲求を考慮すれば、駅馬車と一緒にこの街に滞在した方が良い。乗客もこういう事態に慣れているのか、全員がこの街で修理を待つことにしたようだ。滞在費は自費であるため、ある程度余裕のある人達なのだろう。
エレタルの街は周囲に壁がある訳でもなく、どこからでも街の外に出ることができる。北側に向かって歩いて行くと、すぐに建物が無くなり、草原に出ることができた。
確かに、パテトが口にした通り、街の北側に鬱蒼とした森が見える。森の規模からすると、見た感じ近そうに思えるが実際は以外に遠いのだろう。
意気揚々と歩みを進めるパテト。いつもながらに無駄に元気だ。その後ろを、一向にヤル気が感じられないシャルルが続く。30分近く歩き、ようやく森の入口に辿り着いた。
「ここで待っとくから、狩りが終わったら起こしてね」
シャルルは森が見える位置に生えていた大木の根元に腰を下ろすと、背もたれにして足を伸ばした。完全に寝る態勢である。その態度に口を尖らせたが、食欲が勝っているのかパテトは1人で森の中に向かって歩いて行った。
パテト・チャタル―――獣人国家アニノート国の第一王女であり、犬の獣人。本人からは何も話していないが、シャルルにはその正体がバレている。そのことを。本人は気付いていない。今はこうしてシャルルと共に旅をしているが、いずれガザドランを倒すと心に決めている。
そもそも、シャルルに特別な感情がある訳ではない。ある程度気は許しているものの、完全に信じ切っている訳ではない。なぜならカルタスの防衛戦で、シャルルが勇者だと分かったからだ。アニノートへの奇襲を決めた新国王も、実行部隊の指揮官であるガザドランも、勇者のパーティだったことをパテトは知っている。だからこそ、シャルルを完全に信じることができないのだ。
近衛兵長であるカレンが使用した転移結晶は、単に遠くに飛ばすという物ではなく、この世界で一番安全な場所に転移させる機能を持った特別製だった。魔法が客観的に選択した最も安全な場所が、シャルルの傍だったのだ。
それを考えると、シャルルを信用するべきだとも思う。
森の中に足を踏み入れたパテトが、違和感を覚えて周囲を見渡す。森に入った途端、急に魔素が濃くなり、空間に僅かな歪みを感じたのだ。一応、パテトは原因を考えてみたものの、当然のように分かるはずもない。結局、気にしないことに決めた。重要なことは肉の確保であり、謎解きではないのだ。
再びパテトは、獲物を求めて森の奥へと突き進んで行く。
巨木が重なり合う場所を抜け、少し開けた場所に出たところで、パテトが不意に足を止めた。そして、顔を上げて周囲を見渡しながら叫んだ。
「もう分かってるんだから、出てきなさい!!」
その言葉が木々の間を駆け抜けると、大木や岩陰から獣が姿を現した。森に住む魔獣、ワイルドウルフが8体。Dランクの魔獣であり、群れであればCランクに判定される。とはいえ、今のパテトの敵ではない。
拳を固め、態勢を低くして身構えるパテト。飢えた目でワイルドウルフを睨み付け、全身から闘気を噴き出す。その目に写っているはずのワイルドウルフは、骨付き肉にしか見えていないのかも知れない。
次の瞬間、残像を発生させるほど速さで、パテトが飛び出す。そして、一番美味しそ、一番大きいワイルドウルフの前に突如として現れた。その瞬間、大人の3倍はあろうかという巨体が宙を舞う。その結果を見届けることなく、パテトは次に大きい個体に向かって跳躍した。2匹目のワイルドウルフはどうにか反応したものの、パテトの蹴りを避け切ることができず、背後の巨木に叩き付けられて昏倒する。
その様子を目の当たりにした他の6匹は、攻撃する素振りさえ見せず木陰に退散した。
2匹の巨大な魔獣を前にして、パテトは大きく息を吐きだした。その顔には満面の笑みを浮かべている。
「・・・す、すいません。まさかと思いますが、食べようとしているんですか?」
話し掛けてきたのは、最初に殴り飛ばされたワイルドウルフだ。人語を喋っている訳ではなく、パテトの念話スキルが魔獣との会話を成立させているのだ。
「そうだけど?」
当然のように答えるパテトに、その巨体を地面に擦り付け、弱者ポーズをしながら反論する。
「そ、そんな・・・それでは、共食いじゃないですか」
「共食い?アタシは犬なんだけど。ただの、犬」
パテトの言葉に首を捻るワイルドウルフ。明らかに、その答えに納得していないようだ。そこに、木陰に避難していた他の個体が声を掛けてくる。
「あ、姉さん!!」
「姉さん・・・ってアタシ?」
全力で頷くワイルドウルフ達は、凄まじいほどの悲壮感に溢れていた。




