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精霊の小道②

 目が眩むような閃光が煌めいた後、イリアの眼前には広大な森が広がっていた。

 周囲には先ほどまでいた水車小屋は見えず、街どころか人の気配すら感じられない。パノマとは違う場所に飛ばされたことは理解できていたが、イリアにはここがどこなのか全く分からなかった。


 とりあえず、何か情報を得なければならない。そう思い、イリアが足を踏み出した時だった。


「―――動くな!!」


 不意に、鋭く警告する声が聴こえた。その声は正に、聴こえた、というもので人間の声とは完全に別物だった。音というよりは、思念と表現した方が正しいのかも知れない。


 イリアは警告通り、それ以上動かず様子を窺った。相手が何者なのか分からならければ、対処のしようがない。すると微かな羽音と共に、周囲を囲むようにして30センチほどの、空中に浮かぶ小人が出現した。それは、蝶のような2枚1組の羽を持つ妖精だった。


 妖精は透明な羽を持ち、膨大な魔力によって強力な魔法を操る種族である。人間の前に姿を現すことは稀で、交流を持ったことが伝承になるほどである。ムーランド大陸最北の地に、妖精王を中心とした国が在ると伝えられているが、そこに辿り着いた者はいない。


 妖精の出現に驚くイリア。

 そんなイリアを取り囲む5匹の妖精。そのうちの1匹が、イリアを問い質した。

「お前は誰だ。結界が張ってあったはずだが、どうやって入って来た?」


 理由を隠す必要もないイリアは、ありのまま正直に答える。

「転移結晶を使ったらここに。・・・ここは、一体どこですか?」


 質問に質問で返された妖精は、5匹が集まって何やら相談を始める。暫くすると話しがまとまったのか、再び代表して5匹のうち1匹が問い掛けてくる。


「お前からは、微かにテレス様の気配が感じられる。もしかして、テレス聖教の聖女なのか?」

「はい、確かに聖女と言われています。正確には次期ですけれど」

「ふむ、とりあえず、ついて来い」


 妖精達がイリアの周囲を取り囲むと同時に、眩い閃光が駆け抜ける。その光が霧散すると、既にそこにはイリアも妖精達の姿も無かった。



 妖精達の転移魔法により森の最深部に連れて来られたイリアは、周囲を数十匹の妖精達に囲まれていた。妖精は個々がAランク相当の力を有している。この数の妖精に襲撃された場合、小国であれば壊滅、大国でも半壊するほど戦力である。


 イリアは未だにここがどこなのか分からず、平静を保ちながら周囲をグルリと見渡す。


「なるほどな、確かにテレス様の気配を感じる」

 突然響いた声に慌てて振り返ると、いつの間にか人間と変わらない背丈の女性が現れていた。


 その女性は草木で緻密に作られた椅子に座り、イリアを見詰めていた。

 淡い緑色に発光する身体。エメラルドグリーンの髪には金色の王冠が乗り、背中の羽は虹色に輝いている。生物とは思えない神々しい顔は、美しいという表現が陳腐に感じられるほどだ。思わず頭を垂れてしまいそうな雰囲気により、イリアは思い至った。


「もしかして、ここは妖精の国ティラですか?そして、貴女が―――」

 イリアはその女性の方に向き、片膝を突いて頭を下げた。

「確かに、ここは妖精の国ティラ。そして、わらわがティルレーラじゃ」


 妖精王ティルレーラ。数々の伝説に登場し、勇者やその従者に対し助言を与えた存在。女神テレスの眷属ともいわれる架空の人物。その、空想上の存在であるはずの妖精王が、イリアの目の前にいた。


「そなた、古の転移結晶を使って参ったのじゃな?」

「はい、古の物かは存知ませんが、水車小屋に隠してあった物を使いました。申し訳ございません」


 膝を突いたままのイリアに、ティルレーラは立つように促しながら頷く。

「うむ。その転移結晶は昔、当時の勇者に対し与えた物じゃ。妾の手を離れた物について、何か言うつもりはない。しかし、転移先も分からぬ結晶石を、次期とはいえ聖女が使うことになるとは・・・ユーグロードにて不穏分子が暗躍しているようだのう」


 王位がダムザに渡った後のユーグロードの惨状を、イリアはありのままティルレーラに話した。ティルレーラは伝説上の存在で、強大な魔力と影響力を持つ存在だ。もし、妖精国が味方してくれれば、ダムザの凶行を止められるかも知れない。

 しかしティルレーラはイリアの話しを聞き終わっても、直ぐに言葉を発する事はなかった。


 ティルレーラは透き通った淡い緑色の瞳をイリアに向け、全てを見透かしたように口を開く。


「聖女よ。妾はテレス様の指示により、この世界を破壊する魔王を封印するために、人間に力を与えることはある。しかし、人間同士の争いに善悪はなく、妾がどちらかに加担することはない。行き過ぎた破壊行為は抑えるが、まだその段階ではない。

 それに、妾には、この地を来たる日まで守護する役目があるのじゃ。些事に力を割くつもりもない」


 落胆したイリアは、その場で肩を落とす。妖精王の言葉が覆ることはない。もはや、ダムザの暴挙は止める者はいなくなったのだ。


 ティルレーラは値踏みするように眺めると、平坦な口調でイリアに問い掛ける。

「そなたは、ここに何しに参った。なぜ逃げて来て、これからどうしようと考えておるのじゃ?」


 イリアはテレス聖教の、ユーグロード王国の民への思いを胸に抱え、顔を上げて毅然として答えた。

「私は、圧政を布くユーグロード王から王国の民を護るため、弾圧されるテレス聖教の教徒を救うため、その方法を探すために逃げて参りました。しかし、それは間違っていたと、今は思います」

 イリアの言葉を聞き、初めてティルレーラの表情が動いた。

「ほう・・・それで?」


「ユーグロード王国の、国王ダムザの暴走は私達の怠慢が招いたものです。命懸けで換言する者がいれば、平和的に中央集権を行う方法を考えていれば、反対派の貴族を惨殺することも、他国を侵略することも、テレス聖教の教徒を蹂躙させることもありませんでした。

 ですから私は、シャルルを、勇者を探し出し、許してはもらえないかも知れませんが・・・それでも、荷物運びでも何でもして・・・共に魔王を、民に仇成す者達を討ちたいと思っています」


「ふむ」

 イリアの決意を確認したティルレーラは、そう言って満足そうに頷いた。

「そなたの望みは、妾が聞き届けよう。必ず、当代の勇者に巡り合うことができるであろう。ただし、勇者の許しが得られるのかどうかまでは、妾の関知する範囲ではないがな。

 そこでじゃ、勇者に会った時に伝えて貰いたいことがあるのじゃ。今の勇者に理解できるかどうかは分からぬが・・・妾はこの地にて、女神テレス様との約定通り、彼の地へと通じる道を維持しておる。とな」


 ティルレーラはそう告げると、イリアの返答も確かめないまま、右手で目の前の空間にクルリと輪を描く。そして、何の呪文も唱えず、魔法名だけを呟いた。


「妖精の小道」

 すると、円を描いた空間に穴が開き、その奥に真っ直ぐに続く小さな道が出現した。


 目を見開くイリアに、ティルレーラが道を示す。

「行くが良い。この道は、そなたと勇者が再会する場所へと通じておる。勇者が英雄となり、そなたが許されておれば、再び会うこともあろう」

 それ以上話す必要が無いかの様に、ティルレーラは口を噤んだ。


 イリアは深々と頭を下げると、妖精の小道に足を踏み入れた。その瞬間、入口は閉じ、小道の先に小さな出口が出現する。その出口に向かって、イリアは歩き始めた。


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