精霊の小道①
ユーグロード王国、王都パノマ中心部にあるテレス聖教パテノ支部大聖堂。
そこは近衛隊を率いるアドバンによって破壊の限りを尽くされていた。門扉は斜めに傾き、そこにいた聖職者達も手当たり次第に殺された。アドバンにとって、最も尊い存在は国王のダムザであり、女神テレスなどに何の関心もなかったのだ。目につく者全てを剣で串刺しにし、若い女性は全員奴隷として連行させた。
女神像の前で、ダムザが指示したイリア・テーゼを発見し、背後から最後の言葉を伝える。ダムザ様の妻となり、後宮に入れ―――と。
誇り高いイリアの返答はアドバンの想定通りであり、仕方なく剣を構えた。しかし、その直後、嫉妬に燃えるララ・ローランドの上級魔法が放たれた。炎系魔法の上級魔法。その威力は絶大で、人間であれば姿形どころか、灰すら残らない。
これではイリアの死を証明することはできないが、ララに証言してもらえば大丈夫だろう。
そう思いながら、アドバンは抜いていた剣を鞘に収めた。
ララの上級呪文が唱えられると同時に、イリアは発動を保留していた魔法を解き放っていた。
聖職者最強の魔法師に対する絶対的な防御魔法、絶対魔法防御。アンチ・マジック・シールドに包まれたイリアにララの魔法は届かず、逆に姿を隠す絶好の遮蔽物となった。
イリアは女神テレス像の背後にある隠し階段に飛び込むと、入口の石をスライドさせて塞ぐ。その直後、超高熱と巨大な炎が作り出す旋風により、祈祷室は灼熱地獄となった。数分後にララの魔法が沈黙した後には、人間どころか構造物さえも残らない、半分溶解した瓦礫の山ができあがった。
「流石に、死んだでしょ?」
満面の笑みで惨状を眺めるララ。その悪魔の横で、アドバンは渋い表情を見せている。
「これだと、ダムザ様の所に首が持って行けないじゃないか」
「大丈夫よ。私が一緒に説明するから」
ララの言葉に仕方なく頷き、アドバンは祈祷室を後にする。
「よし、敷地の隅々まで、くまなく残党を探せ。1人残らず八つ裂きにしろ!!」
遠ざかるアドバンの声を聞きながら、ララは自ら行使した魔法の効果に満足する。
ダムザはララの前では口にしたことはなかったが、常にイリアのことを気に掛けていた。イリアさえ首を縦に振れば実家の格もあり、王妃の座はイリアの物になっていたはずだ。そのことをララは十分に承知していた。だからこそ、この機会にイリアを抹殺しておきたかったのだ。
ララが満足気に瓦礫の山を眺めていた頃、イリアは隠し通路をひたすら走っていた。
1人がようやく通れる程の幅と高さしかない狭い通路を、ライトの魔法を灯した杖を手に進む。万一の場合に備え、城下町の外へと続く通路が隠されていたのだ。しかし、王国による迫害を想定していた訳ではない。実際は、魔王の襲撃や魔物の侵入など、外敵から皆を救済することが目的に作られた通路だった。
先が見えない通路を30分程走った頃ようやく行き止まりになり、地上へと続く階段にイリアは辿り着いた。その階段を上り切ると、そこはどこにでもある郊外の水車小屋だった。
小屋にある小窓から外を見ると、小さくパノマの城壁が見える。イリアは、この場所がパノマから近いため、直ぐに逃げなければならないと思う。しかし、自らの服装や追手の可能性を考えると、すぐに動くことはできなかった。
仕方なく、暗くなるまで水車小屋で息を潜めることにし、小屋の片隅にイリアは腰を下ろす。何気なく天井を見上げたイリアの目に、梁の上に置かれている木箱が写った。その木箱をフロートの魔法で浮き上がらせると、手元まで運ぶ。
自らの手に持ち、木箱を観察し始める。木箱は所々が朽ちていて、鑑定眼など持ち合わせないイリアにも、相当古い物だということが分かった。
イリアは暫く逡巡した末に、その木箱を手にしていた白銀製の杖で砕くことにした。ガキッという鈍い音が響き、木箱は簡単に壊れる。
「転移結晶・・・?」
木箱から出てきた物は、青白い球体の結晶石だった。形状からすると、どこか定められた場所に強制的に移動させる転移結晶のように見える。しかし、どこに転移するのかが分からない。木箱にも結晶石にも、転移先についての記載はなかったのだ。
その転移結晶を手にし、イリアは思案する。
使用した瞬間、王の間に転移する物であれば、笑えないどころか、死刑を宣告されることと大差がない。しかし冷静に考えると、その可能性は限りなくゼロに近い。ここは、パノマの市街地から脱出するための通路だ。それなのに、また王宮に転移させられるなど考え難い。ということであれば、このパノマから、ダムザから遠く離れた場所に行ける可能性の方が高い。
イリアは手の平に転移結晶を置き、魔力を注ぎ込む。青白色の結晶石が徐々に赤色を帯びていき、更に強く魔力を注入した瞬間、中心部が深紅に染まり破裂して飛散した。
埃が舞い上がり、真っ白に煙る水車小屋内部。飛び散った破片の影響で塞がれた視界が晴れると、そこにイリアの姿はなかった。




