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カルタス防衛戦⑥

「獣化!!」

 シャルルも初めて見るパテトの獣化。スキルの発動と同時に、パテトの身体が変化していく。耳が立ち、目が鋭くなると同時に長くなった尻尾が左右に揺れる。獣化による基礎体力、攻撃力、瞬発力の補正はプラス10レベル。つまり、現在のパテトはレベル39と同格なのだ。


 尻尾をユラユラと揺らしていたパテトが、その場に残像を残して消える。本当に消えた訳ではないが、低レベルの者が見れば消えたと見紛うほどの速さで飛び出したのだ。


 パテトと対峙していた食屍鬼グールの腕が根元から飛び、脛から下が瞬時に細切れとなる。封魔の爪による裂傷は、その者が闇もしくは魔の力を有している限り回復しない。正に、アンデッドの天敵と呼べる武器だ。


 その横で、シャルルの剣が闇に糸を引くようにして加速していく。食屍鬼は反撃をする時間も隙も与えられず、足を斬り飛ばされて動きを封じられた上で滅殺されていく。それは一方的で、まるで手慣れた作業のようであった。


 パテトが2体、シャルルが3体。カルタスを襲撃した食屍鬼はここに全滅した。残るは、不死の魔法師リッチのみである。


「マサカ、コノ軍勢ガ全滅スルトハナ。ダガ、シカシ、所詮ハ烏合ノ衆。コレモマタ仕方ナイ犠牲ダ」


 そう呟くリッチに、シャルルは告げる。

「去れ。お前が求める者はここにはいない。それでも戦うと言うなら、本気でいかせてもらうぞ!!」

 ここでシャルルとリッチが戦えば、少なからずカルタスの街にも被害が出てしまう。仮に決着をつけるにしても、今夜この場所でなくても良い。


「馬鹿ナ、アレホドノ力ヲ見セテナオ、手加減シテイタト言ウノカ?

 マア、良イ。確カニ、オマエノ言ウ通リ、ココニ我ガ求メル者ハイナイ。今夜ノトコロは去ルトシヨウ。又、イズレ必ズ会ウデアロウ。我ガ主トトモニ―――」

 そう応えると同時に、リッチはシャルルの目の前から忽然と姿を消した。


「もしかして、転移魔法なの?」

 獣化を解いたパテトが、驚愕の表情でリッチがいたはずの場所を凝視している。転移魔法は古代魔法として忘れられた魔法の1つである。その魔法が、目の前で行使されたのだ。


「パテト、驚いている所悪いんだけど、この場所にいると色々都合が悪いから、僕達も退散するよ」

 まだ勇者として認知されたくないシャルルはパテトの手を取ると、カルタスの街の中に転移した。その直後、パテトが腰を抜かしたのは言うまでもない。


 ギルドの2階に直接転移したシャルルは、傍らで呆然としているパテトに苦笑いする。

 まだカルタスでの顔馴染みは偽勇者パーティだけだ。とりあえず、あの場所から姿を消してしまえば、シャルル達だったと確信を持って言える者はいないだろう。勇者として祀り上げられたくはないし、そもそも、この街には既に勇者がいる。


「ちょちょちょちょちょっと、転移魔法が使えるなんて聞いてなかったんですけど!!」

 我に返ったパテトが立ち上がって文句を言う。

 パーティを組んだからといって、スキルや使用できる魔法、所持品の全てを公開しなければならないという慣例はない。逆に、いつ解散、解雇されても良いように、極力自分の力は秘密にするものだ。


「当然、言ってないから。・・・それより、その格好をどうにかしないとマズイよね」


 禁呪クラスの魔法を行使したにも関わらず、何事もなかったかのように振舞うシャルル。その態度が気に入らないのか、パテトが唸る。しかし、シャルルはそれさえ完全に無視して魔法を使った。


「リフレッシュ」


 無属性の初級魔法リフレッシュ。遠征途中で付着した敵の血や体液、汚泥等で汚れた場合のために開発された魔法。衣類や防具の汚れを落とし、武器を整備し、自分の身体さえも入浴した時と同等に綺麗になる。風呂や水浴びができない時に、非常に役立つ魔法だ。特に女性に覚えている人が多い。


 一瞬で新品同様に綺麗になった自分の装備を見て、再び唖然とするパテト。新品同様になるリフレッシュなど聞いたことがなかったのだ。通常リフレッシュは、若干汚れが落ちる程度なのだ。


「とりあえず、ゆっくり休もう。もう、この街でやることはないし、パテトが良ければ明日にでも街を発とうと思ってる」

「あ、ああ、うん。アタシはヒマだし、次の街に行きたい」


 即断即決。シャルルの提案を快諾するパテト。内心の動揺を隠すように、すぐに背を向けて歩き出す。その先は、昼間に借りておいたギルドの宿泊施設だ。当然、シャルルとパテトは別々の部屋になっている。


 その背中を見送ったシャルルは、次のことを考える。

 次に目指す街は、いよいよ帝都だ。まず、帝都のギルドに行き本登録を済ませる。その後、帝都に暫く滞在して、様々な情報を集め歴史の謎を解き明かす。


 シャルルも目を擦りながら、自分の部屋へと入った。



 翌朝、目が覚めたシャルルがギルドの1階に下りると、ロビーには入りきれないほどの冒険者達が転がっていた。怪我をして倒れている訳ではなく、全員酔い潰れている。よく見ると、全ての者が致命傷ではないが、身体のどこかに傷を負い、装備の端々が痛んでいた。


 シャルルがその光景を眺めていると、ギルドの女性職員が苦笑いしながら声を掛けてきた。


「皆さん、昨夜の防衛戦でアンデッドと戦った人達なんです。相手のゾンビやグールを打ち倒し、今朝方ギルドに凱旋されたんですよ。相手にはリッチまでいたそうで、本当に街が全滅してしまうところでした。本当に、皆さんには感謝しています。ですから、すいませんが、このまま寝かせておいてあげて下さい」

 そう言って、職員はシャルルに頭を下げてカウンターの中に入って行った。


 確かに、討伐隊の奮戦がなければ、シャルルの心は動かなかっただろう。自分の生命さえも投げ打って誰かのために尽くす姿勢を見なければ、シャルルの勇者としての資質が目覚めることもなかった。


「もう、いつでも大丈夫よ」

 シャルルの背後から、まだ眠たそうなパテトの声が聞こえた。

「じゃあ、行くか」

 シャルルはカウンターで宿泊費を精算すると、寝転がっている冒険者達を避けてギルドの外に出た。


「―――おい、待ってくれ!!」


 扉を潜り抜けて外に出た所で、背後からシャルル達は呼び止められた。振り返ると、そこにはマックスと3人の仲間達が立っていた。激闘に参加した証として、鎧は欠け、全身至る所から血が滲んでいる。


「アンタがいなけりゃ、オレ達は・・・いや、この街は全滅していた。本当に、ありがとう!!」


 マックスを始め、他の3人も同時に深々と頭を下げる。

「見て分かったよ。アンタは本物の勇者だろ。あんなことができるヤツは、勇者以外に考えられない。今回のことで、よく分かった。所詮、偽物は偽物。いざという時には、何の役にも立たないって・・・」


 マックスの話しを聞いていたシャルルが、ここで初めて口を開いた。

「勇者が1人しかいない、というのは間違ってる。勇者とは護るべき人がいて、その人のために戦う全ての人々のことだと思う。だから貴方達は間違いなく、この街の勇者だ。少なくとも、僕はそう思うよ」


 その瞬間、マックスの目から大粒の涙が溢れた。

 勇者は涙を見せてはいけない。でも、今日この時だけは・・・


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