カルタス防衛戦⑤
たった1人で数百の敵に斬り込み、竜巻のように吹き飛ばすシャルルを、討伐隊は呆然と眺めていた。そして、誰もが同じことを考えた。
もし、この世界に英雄と呼ばれる存在がいるのだとすれば、あのような存在なのだろう。現れた瞬間に理由も無く安心感に満たされ、期待を裏切らない圧倒的な力で敵を薙ぎ倒す。まさに、守護神だ―――と。
未だ300体以上いた骸骨戦士の殲滅に要した時間は20分余り。余りの剣圧に、ダークウルフは群れごと尻尾を巻いて逃げ失せた。残りは5体の食屍鬼のみ。ただし、これまでの敵とは違い、自然治癒能力を有した巨人である。この難敵である食屍鬼が、斬撃や打撃による耐性が強い事は誰もが知っている。しかも、魔法による攻撃は自然治癒力を超える威力がなければ、ダメージを与えることはできない。
闇雲に振り回されるこん棒がシャルルの足下を砕き、破砕音を周囲に撒き散らす。鈍重な攻撃ではあるが、その一撃一撃が致命傷に成り得る威力を有している。
頭上を通過する腕をかい潜り、振り下ろされるこん棒を飛び越える。5体のグールが、まるで何者かの指示にでも従っているかのような、連携した動きを見せ始める。
余り長引かせるべきではない―――そう、判断したシャルルが手にしている剣を天に翳した。これは、シャルルがシアで見せた、聖なる光による攻撃だ。しかし、シャルルが魔法名を唱えようとした瞬間、掠れた声で別の魔法名が唱えられた。
「絶対魔法防御」
「ホーリーレイ!!」
カルタス上空が輝き、天空から浄化の光が降り注ぐ。その聖なる光は5体の食屍鬼を貫き、全ての者を浄化し在るべき姿へと還す―――はずだった。
詠唱後の硬直時間を突き、巨大な拳がシャルルの身体を襲う。シャルルはその一撃をどうにか剣の柄で防ぎ、威力を殺すために自ら後方に飛んだ。
態勢を立て直すシャルルの前に、浄化したはずの食屍鬼が無傷のまま仁王立ちしている。しかも5体とも、浄化どころか傷も負っていない。
「まさか、絶対魔法防御とは・・・」
聖職者のみが行使可能な最上級の防御魔法、絶対魔法防御。一定時間、術者の魔力が切れるか、魔法の効力を解くまで、その防御範囲内にいる者にはあらゆる魔法が無効化さえる。
リッチは生前の能力をそのまま引き継ぎアンデッド化している。反教義的であるとはいえ、聖職者の魔法が使えないとは限らない。
100メートル以上後方に控えるリッチは、その空虚な目に深紅の灯りを宿し、シャルルを見据えていた。
「魔力ガ高イヨウダガ、所詮ハ非力ナ人間ヨ。魔法ヲ封ジラレタオマエハ、我ガ僕ニヨッテ死ヌノダ」
淡い光を纏った食屍鬼が、一斉にシャルルに襲い掛かる。アンチ・マジック・シールドによって防御された食屍鬼は、物理攻撃で倒すしかない。
シャルルはそれを目にすると、左右に首を振って呆れたようにリッチの方を向く。そして、顔に向けて振り切られたこん棒を、軽々と片手で防いで見せた。その足下は、微塵も動きはしない。容易く受け止められた攻撃を目撃し、食屍鬼達の動きが止まった。
「僕は一度も、魔法が得意なんて言った覚えはないんだけど。どちらかと言うと、剣での戦いの方が慣れているかも知れない」
そう口にした瞬間、シャルルは目の前の食屍鬼に向けて剣を振った。スヒンという軽やかな音と共に、食屍鬼の左肩口から右腰へと一直線に赤い線が浮き上がる。次の瞬間、その線から赤黒い体液を噴き上げながら食屍鬼の身体が斜めにスライドして崩れ落ちた。
自然治癒による再生を果たすはずのグールは、しかし、何のスキルも発動せずその場で灰になる。その一部始終を観察していたリッチが驚愕して叫んだ。
「マサカ、ソレハ太陽ノ剣カ?
古ノ技法ニヨリ作ラレシ魔剣・・・ヌウ、取リ囲ンデ圧シ潰シテシマエ!!」
リッチの指示により、食屍鬼達は一定の距離を保ったままシャルルを取り囲む。完全に統制されているようで、無意味に突っ込む個体はいない。
こん棒を振りかぶり、或いは、人間の3人分以上ある巨石を持ち上げ、握り締めた拳を突き出し、グール達はジリジリと距離を詰める。しかし、あと数歩で一斉に攻撃するはずだった食屍鬼の後頭部から、突然花火のように体液が噴き出した。そして、その頭上には、武器として持ち上げていた巨石が落ちる。
悲鳴を上げて蹲る食屍鬼の背後に、封魔の爪を装着したパテトが立っていた。頭部が凹み、顔が胴体にめり込んでいる食屍鬼の頭頂部に爪を突き立てたパテトは、シャルルに向かって不貞腐れたように言った。
「もう全員退避したし、アタシも参加して良いよね?」
獰猛な笑みを浮かべ牙を見せて威圧するパテト。
シャルルが討伐した骸骨戦士の経験値が、パーティ効果によって10分の1がパテトに加算されていた。それによって、パテトのレベルは23から29にまで急上昇した。既に、帝国最強と言われる近衛隊と比較しても遜色がない。




