カルタス防衛戦④
本当の意味での勇者とは、自ら勇気を振り絞り、絶望に立ち向かう者のことを言う。
それは職業ではなく、在り方であり、存在。震える足を踏み出し、涙が溢れそうな目を大きく開き、困難に打ち勝つ為に心に火を灯す。
素直な心。誰かを思う純粋な思いは人の心を打ち、身体の底から生命の火を灯す。それは、勇者の火と重なり合って、大きく燃え上がる。
既に尽きたはずの力が滾り、嗄れ果てた声が唱を奏でる。逆境を跳ね返し、奇跡を起こす。
それが、勇者だ。
マックスの言葉に、シュバルタスが大声で笑った。
「震える勇者様よ、俺は貴方に付き合おう。もう止めだ。生きて帰れなくても良い。この命が尽きるまで、共に戦おう!!」
その言葉と同時に、後衛から呪文を唱える声が聞こえる。それも、1つではない。既に尽きていたはずの魔力を振り絞り、最後の1滴までもを呪文に込める。
「我に炎の理在り。天に炎の精霊在り。地に炎の脈動在り。敵に炎の穢れ在り。其れ万物開闢の宿業成り―――ファイヤーアロー!!」
空中に炎の魔法を纏った矢が無数に出現し、壁に近付いていたアンデッド達に降り注ぐ。
それを合図に、再び武器を持って立ち上がる討伐隊。剣を杖として、柵に捕まって状態を引き起こす。その目には、生命の炎が爛々と輝いている。喚声が湧き上がり、再び戦闘が開始される。シュバルタスを始めとする数名は、マックスの元へと飛び出して行く。
護りたい人―――
その光景を傍観していたシャルルは思う。
護りたい人。
それは誰だ?
一緒に旅をしたマリア?
そうだ、マリアは死なせたくない。あの笑顔を、曇らせる全てのものから護りたい。
一緒に火山に登ったドドラ?
そうだ、ドドラには又会いたい。親方にも、ドワーフ達とも又酒を飲みたい。
一緒にいる、パテト?
そうだ、当然パテトの泣き顔など見たくない。
アンデッドを放置していれば、いずれサリウに侵攻するかも知れない。もしかすると、ジアンダが襲撃されるかも知れない。この、カルタスに友人がいて、万一のことがあると泣いてしまうかも知れない。
ああ、そうか。
大切な人がいたんだ。
大切な人の笑顔を護りたい。
大切な人を悲しませたくない。
大切な人を護るため、戦わなければならない。
大切な人を護るために戦いたい。
勇者になんかなりたくない。
でも、もう宿命から逃げない。
街の勇者に鼓舞され、再び立ち上がる討伐隊。懸命に剣を振るい、槍を突き立てる。
しかし、どんなに気持ちを奮い立たせても、限界まで力を振り絞っても、身体は徐々に動かなくなり、1人、また1人と戦線を離脱していく。
絶え間なく押し寄せるアンデッドの群れ。心身を硬直状態にさせる食屍鬼の雄叫び。食屍鬼が持つ巨大なこん棒が、ついにシュバルタスを捉えた。シュバルタスは外壁へと吹き飛ばされ、その衝撃で血反吐を吐き、前のめりに倒れた。
一気に均衡が崩れる。時を同じくして、マックスが振り下ろした剣が骸骨戦士の盾に受け止められ、根元から折れた。次の瞬間、骸骨戦士が振り上げた剣がマックスへと振り下ろされる。限界を超えた戦いを繰り返していたマックスは、避けることもできず自分の死を幻視した。
しかし、その剣がマックスを切り裂くことはなかった。目の前にいたはずの骸骨戦士は、真っ二つになって地面に転がったからだ。
「パテトはこの人達の保護と回復を頼む。アンデッドの相手は僕がするよ」
淡々とした口調で話す人影。それは、マックスを路地に追い詰め、偽物だと知っている人物であるシャルルだった。声にならない言葉を伝えようとするマックスに、シャルルは自信を持って答えた。
「大丈夫。必ず、みんなを護るから」
その言葉を聞いた途端、マックスは意識を失った。
シャルルは腰に佩いていた剣を引き抜き、右手に持って自然体で構える。手にした剣はドワーフの刀匠ガナナが最高の一品だと言ったミスリル製の剣クラウジーン。刃渡り120センチの直剣であり、太陽の力を宿した魔剣である。
今のシャルルには戦う理由がある。その剣に、もはや迷いはない。
飛び掛かって来るダークウルフを縦に一閃する。頭上で真っ二つになり、ダークウルフは左右に別れて通り過ぎた。背後を確認することなく、シャルルはアンデッドの群れに飛び込んで行った。
アンデッド相手に手加減をする必要はない。シャルルが横薙ぎに剣を振るう度に、10体以上の骸骨戦士が吹き飛び、粉々に砕けて消滅した。シャルルが地面スレスレを滑るように移動する度に、ダークウルフの足が大地に転がった。たった1人の人間、シャルルの反撃により、再び形勢は逆転する。
動きが緩慢な骸骨戦士の大部分を殲滅し、ダークウルフの群れを蹴散らす。




