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カルタス防衛戦③

 恐怖の余り固まる身体が、更なる恐怖によって動き出す。しかし、それは逆の意味である。1人が逃げ出すと、それは次々と伝播し、一気に全面的な敗走となったのだ。

 討伐隊の指揮を執っていたシュバルタスも、我先にと走り出していた。この街で生まれた訳でもなければ、義理がある訳でもない。ただ、割が良いクエストを見付けて参加しただけなのだ。


 討伐隊の背後からダークウルフが襲い掛かり、その後を骸骨戦士と食屍鬼が追う。リッチはその光景を、背後から静かに見詰めていた。


 討伐隊が態勢を立て直そうとして砦に逃げ込む。追い掛けて来たダークウルフは、弓隊が作る矢衾により行く手を阻まれ追撃を中止した。

 睨み合う討伐隊とダークウルフ。しかし、膠着状態は一瞬で終わり、骸骨戦士と食屍鬼を交えた乱戦になったのだ。圧倒的な物量と攻撃力により瞬時に砦は破壊され、討伐隊の面々は必死に最終ラインである門へと飛び込んだ。


 大半の者が満身創痍ではあるが、幸いなことに落命した者はいなかった。

 全ての砦を放棄した討伐隊は、門に設置していた堅固な柵の中から攻撃を仕掛ける。長槍を構え、突き出し、ありったけの矢を打ち込む。再び乱戦となり、一進一退の攻防が続いた。ダークウルフはそのスピードを生かせず、骸骨戦士は槍によって動きを抑えられている。砦や柵などその剛腕で打つ砕く食屍鬼は、執拗に目を矢で狙われ、思うように攻撃できていない。そこに、防壁の上から矢が降り注いだ。


 徐々に数を減らしていくアンデッド。討伐部隊は十分に善戦していると言えた。勿論、この防衛線はいずれ崩壊するが、それでも称賛に値する粘りであった。


「人間如キガ・・・煩ワシイ」


 干からびた体に漆黒のローブを纏い、10本の指全部に魔法器具マジックアイテムである指輪を装着した不死の魔術師。ミイラと化し、骨と皮だけになった顔が討伐隊の方へと向く。そして、手にしていた黒檀の杖を門に向けて翳した。


「―――火球ファイヤーボール


 無詠唱。通常であれば、杖の先に数十センチの火の玉を作るだけの魔法にも関わらず、リッチの唱えたそれは、直径が数メートルに及んだ。そして次の瞬間、その火球が門に向かって発射された。


 絶句する討伐隊。その火球を防ぐ術などない。

 その場に伏せ、目を閉じて、ただひたすらに祈る。

 轟音のあと、瓦礫が飛散する音が響いた。


「みんな、無事か!?」

 シュバルタスの声を耳にし、顔を上げて周囲を確認する。


 信じられない光景だった。ただの火球の魔法で、門のすぐ横の防壁が粉々に砕けて崩れていたのだ。幅にして約5メートル。食屍鬼でさえも、余裕を持って通り抜けられる広さだ。当然、そこに柵は無く、討伐隊の陣地も無ければ、防衛する人員も装備もない。

 つまりの空間は、カルタスの街がアンデッドによって蹂躙される死門だということを意味している。


 愕然とする討伐隊の面々。開戦から2時間近く経過し、予想以上の戦闘によって何もかもが限界だった。今夜2度目の絶望感。1度目はどうにか踏み止まったが、今度こそどうすることもできない。

 真っ先にダークウルフが動き、それに引き摺られるようにして、骸骨戦士と食屍鬼が移動を始める。


 目の前から去る危機。

 しかし、自分達を信じて送り出した人達は皆殺しにされてしまう。

 それは分かっている。

 分かってはいても上がらない腕。

 ひたすら振り続けた剣は体液で汚れ、何も斬れはしない。

 矢筒に手をやるが、そこには何も無い。

 呪文を唱えようにも、声が震えて紡げない。

 絶望。

 目の前で、人々の平穏な生活が壊される。

 自分達の力が足りないために。

 それでも、もう体は動かない。


 先頭を走っていたダークウルフが、崩れた壁から市街地に飛び込んで行く。

 カルタスの街が修羅場と化すと思われた刹那、そのダークウルフが外に飛び出してきた。

 何が起きたのかと、確認するように凝視する討伐隊の視線の先。そこには、バスターソードを構えた男性が立っていた。


 3人の従者と共に壁にできた空間を埋める男。それは、偽勇者マックスだった。

 誰が見ても分かるくらいに足はガクガクと震え、肩から腕にかけて小刻みに揺れている。それでも、マックスは震える声で思いの丈を叫んだ。


「オレは、この街の勇者マックス!!

 この街のため、この街を護るため、オレは来た!!

 オレは、この街が好きだ。この街の人達が好きだ。こんなオレにも優しくしてくれ、明るく活発なこの街が好きだ。飯屋のオヤジさんは、いつも美味い飯を食わせてくれる。花屋のオバサンは、いつも綺麗な花を街に飾ってくれる。居酒屋のオヤジは、焼き鳥をおまけしてくれる。

 この街は、この街の人達は、こんなオレを勇者だと言ってくれる。この街の人達は、オレに生きる勇気を与えてくれる。この街の人達を、オレはどうしても護りたいんだああああっ!!」


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