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滅んだ街とアンデッドの逆襲④

 翌朝、シャルルとパテトはカルタスに戻るため、シアを後にすした。

 転移魔法で戻ることも可能ではあったが、この魔法が古代魔法であり、現在において忘れられた魔法の位置付けであると知ったシャルルは、極力使用しないようにしていた。


 朝日が昇ったシアは、昨夜の異様な光景を全く連想させることがなかった。古の建物が建ち並ぶ、趣き深い街だった。


 ウガメラと共に教会から出たシャルルは、朝日を反射して白く輝く街並を眺める。

「貴重な情報、ありがとうございました」

 頭を下げるシャルル。その横で、パテトは腰に封魔の爪をぶら下げて、その光景を眺めている。一番礼を言うべきはパテトなのだが、2人ともそれを突っ込むことはしなかった。


 出発しようとするシャルルに、ウガメラが声を掛ける。

「ユーグロード王国に、あるラストダンジョン。それが枯れたという情報が教会本部に届いておる。魔王ベリアムが倒されたからだろう。これはワシの勝手な想像だが、当代の勇者が討伐したのだと思う」


 シャルルの表情を覗き込み、ウガメラは話しを続ける。

「しかし、じゃ。ワシはその勇者に問いたい。本当に魔王を打ち滅ぼしたのか?と。そして、伝えたい。

 魔王ベリアムは元々スライムだったそうじゃ。最弱の魔物であるスライムが成長し、魔王と呼ばれるほどの魔力を蓄えたのじゃ。魔王と呼ばれる魔物は、レベルでは測れない力を持っておる。スライムは分裂し、分身を作り出すことができる。もし、簡単に倒せたとすれば、本体は別にいる可能性が高い。そのことを肝に銘じろ、と」


 「墓守」は、テレス聖教の教皇が引退した後に就く職である。

 教皇として女神テレスの教えを説き、祈りを捧げ、世界の平和と民の平安を願う。先代の墓守が逝去すると同時に教皇を次代に引き継ぎ、墓守の地位を承継するのだ。ウガメラ・ダイオスは、前教皇である。誰も知り得ない情報の蓄積と、アンデッドを無詠唱で屠る魔力。前教皇だと知れば、その力にも納得できるというものだ。


 そのウガメラが魔王復活の可能性に言及する。それはつまり、魔王復活を宣言したことと同義である。そして、その魔王討伐を、現勇者であるシャルルに託したのだ。

 シャルルが当代の勇者であることに、逸早くウガメラは気付いた。しかし同時に、未だ精神が未熟であることも理解した。だからこそ、カルタスの救済を依頼したのである。しかし、シャルルはそのことに全く気付いてはいない。


 その日の夜遅く、シャルルはカルタスに到着する。


「何だ、あれは?」

 カルタスの防壁が見える場所に到着したシャルルは、その光景を目にして思わず呟いた。

「ゾンビ・・・かな?多過ぎて分からないけど」


 パテトの言葉通り、無数のゾンビが防壁に取り付いていたのだ。まるで死骸に群がる蟻のように、ゾンビの群れがカルタスの都市を襲撃していた。幸い、食屍鬼グールなどの強力なアンデッドは含まれていないようで、内部に侵入されそうな気配はない。


 しかし、数が異常に多い。見える範囲だけでも500体を超えている。ウガメラの言葉通り、濃い瘴気によってアンデッドが活性化し、魔王の復活を促しているのかも知れない。


「こんな場所で野宿するわけにもいかないし、反対側に回って、ゾンビがいない場所から壁を登ろうか」

 シャルルの誘いに、パテトも簡単に頷く。

「まあ、あれくらいの高さなら問題ないでしょ」


 シャルル達は感知されない距離を保ちながら遠巻きにカルタスの周囲を回ると、ゾンビがいない場所の防壁に近付く。守備兵はゾンビが多い場所に集結しているらしく、見回りの兵すら見当たらない。その隙を突き、2人は難なく都市内に潜り込んだ。


 シャルルとパテトは何食わぬ顔で防壁から飛び下りると、街の中に紛れ込む。夜遅い時間とはいえ、ギルド支部であれば宿泊できる。そのままギルドに向かうと、シャルル達は2階の施設に宿泊した。



 翌日、シャルルは1階から届く喧騒によって目を覚ました。

 窓の外を見ると、まだ夜が明けたばかりだ。着替えを済ませ、その原因を確かめるべくロビーに下りる。ロビーには溢れんばかりの人々。冒険者だけでなく、街の住民も集まっていた。冒険者達は自らの利益のために、住民達は自らの安全のために集まっているようだった。


「商工ギルドだ。ゾンビ達の討伐クエストを、金貨10枚で!!」

「北区域の住民代表だ。ゾンビ達を殲滅してくれ、金貨15枚出そう!!」

「ジョルダン侯爵様より、ゾンビ討伐隊を編成し、根絶やしにするようにとの御指示です。報酬は参加者1名につき、金貨5枚です」


 冒険者達の歓声が上がる。稀に見る好条件のクエストだからだ。数が多いとはいえ、所詮はゾンビである。街の住民や商人、この地を治める貴族にとっては難問であったとしても、冒険者達にとっては簡単な仕事である。たかがゾンビを倒すだけで、大金が手に入るのだ。大きなチャンスに、冒険者達が盛り上がるのも無理はない。


 昨夜は、ゾンビの襲来したにも関わらず、誰ひとりとして討伐はしていない。つまり、ゾンビは1体も減っていない。遠目に確認しただけでも500体を超えるゾンビがいた。今夜はもっと増えることが予想される。


 昨夜の光景を目にした者達はすぐに集会ミーティングを開き、自分達の身の安全のためにギルドに対応を依頼した。旅の者は出て行けば済むが、街の住民はそうはいかない。しかも、カルタスは交通の要衝であり、この地が安全でないと流通が滞ってしまうのだ。


 ギルドのクエスト発注により集結した冒険者は52名。大半はE、Dランクであるが、偶然カルタスに滞在していた帝都の冒険者も参加していた。その者達はCランクパーティで、ゾンビであれば数十体いようが問題にならない戦闘力を保持している。


 そのCランクパーティを中心として討伐隊が編成され、そのリーダーの掛け声でギルドに雄叫びが上がった。出陣は日暮れ前。待機場所は門の外だ。


「もう、うるさくて寝てられないんだけど!!」

 今更のように起きてきたパテトが、目を擦りながらシャルルの横に並ぶ。


「ゾンビ討伐のクエストが出たんだよ」

「ホントに?あんな汚れる相手を討伐だなんて、アタシはイヤ」

 相変わらずの態度に苦笑いしながら、シャルルが答える。

「大丈夫。参加するつもりはないよ。でもまあ、もし街に侵入されるようなことにでもなれば、話は別だけどね」


 ゾンビだけであれば、恐らく問題はないだろう。しかし、カルタスに着いた夜に、シャルル達は食屍鬼に遭遇している。もし、アンデッドの群れに食屍鬼が複数体いた場合、討伐隊はかなり苦戦するだろう。もし、そこにリッチが加われば、間違いなく全滅する。


 リッチは高度な魔法を行使するアンデッドであり、同等、もしくは人間よりも高い知能を有する難敵である。ランクはC以上。万一、僧侶系の魔法を唱える個体であれば、その危険度はB以上に跳ね上がる。


 討伐隊のメンバーを眺めていたシャルルが、この中に偽勇者一行がいないことに気が付いた。こういう時こそ、彼らは先頭を切って闘わなければならないはずである。

 その姿がないことに、シャルルは失望する。シャルルは彼等に期待していたのだ。


 士気が上がる討伐隊の中を通り抜け、表通りに出たシャルル。その後ろにパテトが付いて来ていることを確認すると、朝の街中へと駆け出した。どうしても、偽勇者に会って訊ねたかったのだ。


 街の人達のために戦わないのか―――と。


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