滅んだ街とアンデッドの逆襲③
教会には結界が施されているのか、アンデッドは侵入していない。
礼拝堂を抜けて、正面の扉を開ける。そこは、まさにアンデッドの楽園、死神が支配する空間になっていた。通りを徘徊するゾンビの群れ、隊列を組んで行進する骸骨。屋根の上ではゾンビウルフが遠吠えをしている。まるでシアの住民のように溢れかえるアンデッド達。
頭上に浮かぶ死霊が、ウガメラに気付く。レイスは恐慌状態を誘発させる悲鳴を上げながら、襲い掛かってきた。
レイスの悲鳴をレジストし、ウガメラが神官の杖を頭上に掲げる。
「ターンアンデッド!!」
瞬時に放たれる無詠唱魔法にレイスが瞬殺される。しかし、それは戦端が開かれる合図に過ぎなかった。視認できる範囲だけでも50体以上のアンデッドがいる。その全てが、3人が立つ方向に向かって集まって来た。
「毎日、こんなに多くのアンデッドが現れるんですか?」
いくらなんでも、これは多過ぎる。旅慣れたローランが、情報収集を怠っているとも思えない。シャルルは現状を把握するため、ウガメラに確認する。
「いやあ、これは多いのう。いつもは3体とかなんじゃが」
司祭の帽子を脱ぎ、磨き上げられた頭を撫でるウガメラ。その表情から、嘘ではないと判断できる。
「とりあえず、殲滅すれば良いんでしょ?」
銀の鉤爪、封魔の爪をその手に装備したパテトが飛び出した。封魔の爪は、拳に装着する3本の爪が付いた武器である。主に、手足による攻撃を駆使する武闘家の武具である。
パテトのレベルは23であるがスキルの恩恵もあり、ゾンビや骸骨程度に遅れをとることなど、まず有り得ない。シャルルとウガメラの眼前で、一方的にアンデッドを蹂躙するパテト。動く死体を細切れにしていく姿は、皮肉なことに死神にしか見えない。
暫くすると、半数近くを打ち滅ぼしたパテトが浮かない表情で戻って来た。
「手は汚れないけど、服が汚れる・・・・・」
普通に考えると、そうなるだろう。
「何だそれ・・・分かったよ」
シャルルは周囲を見渡し、それぞれの位置を確認すると無詠唱で魔法を放った。
「―――聖なる光りの矢」
シャルルが魔法名を口にすると同時に、夜空が一瞬輝いた直後、シアの街に光の筋が降り注いだ。その全てが聖なる力が込められた浄化の光であり、それに貫かれたアンデッド達は淡く発光して次々と消えていった。
「・・・まさか、聖なる光を無詠唱とはのう」
その光景を見ていたウガメラが、掲げていた杖を下ろして呟いた。
「それにしても、何か嫌な予感がするのう」
再び静寂に包まれたシアの街並を眺めながら、杖を持ったウガメラが思案顔になる。
「こんなにアンデッドが現れるということは、大気中の魔素と瘴気が濃いということじゃ。今年で魔王が封印されて300年。もしかすると、魔王が復活するのかも知れぬ」
「魔王は、一体どこに封印されているんですか?」
ウガメラは杖の先で地面を叩きながら考えていたが、目を伏せたまま答えた。
「それは、教えられぬ。これは、教会の極秘事項じゃ。万一国民に知られでもしたら大騒ぎになるからの」
シャルルは国を出奔した一介の旅人に過ぎない。国家の機密情報と言われれば、それ以上訊ねることはできない。しかし、ウガメラが漏らした魔王の情報からも、助力を求めている様子も窺える。
シャルルは仕方なく、自分から助け舟を出した。
「それで、僕達に協力できることがありますか?可能な範囲で手伝わせて頂きますよ」
その言葉を受け、ウガメラ待ち構えていたように、シャルルの予想を上回る情報を口にする。
「おそらく、すぐにでも魔王が復活する」
「―――は?」
「墓守を始めとするテレス聖教の暗部が収集した情報によるとな、魔王が復活する前兆として、ロドニ大戦が勃発した地域近郊に魔素や瘴気が高まり、ゾンビなどのアンデッドが大量に出没する。そのアンデッド達はやがて大軍となり、その一部がカルタスを襲撃。更に、残りが魔王を迎えに進軍するのじゃ。
普段3体ほどしか出没しないアンデッドが50体以上発生するとか、明らかに異常じゃわい」
その言葉を受け、シャルルは先日の出来事をウガメラに話した。
「なるほどの。カルタス近郊にグールまで現れたということは、もう間違いあるまい。しかし・・・
口ごもるウガメラに、シャルルはその先を促す。
「しかし、じゃ。ワシの仕事はシアの浄化。ここを離れる訳にはいかぬ。テレス聖教の本部や帝都に援軍を頼んでも、まず間に合わない。困ったのう、困った、困ったあ・・・」
その時、見え見えの罠にパテトが頭から突っ込んだ。
「そんなもの、アタシ達に任せれば簡単よ!!」
腕組みをし、堂々と余計な事を口にするパテト。同意を求めてシャルルを見詰める。服が汚れるからゾンビと戦えないパテトに、そんなことを口走る資格はないはずだ。
「ふう、分かりましたよ」
「そうかあ、すまんのう!!」
満面の笑みで何度も頷くウガメラ。確かに、シアの監視が責務ではあろうが、遠征する気力も無いのだろう。シャルル達に丸投げして、安堵しているようにしか見えなかった。




