滅んだ街とアンデッドの逆襲②
教会の薄い壁を挟み、何かが這い摺り回る気配がする。
生命の気配は全くしないが、オオカミの遠吠えが聞こえてくる。
闇が世界を包み込むと同時に、シアの風景は一変する。
死の世界。
アンデッドが統べる街に。
そんな外の気配を全く意に介さず、ウガメラは話し始めた。
「墓守は、このシアに蔓延する死を、外に漏らさないようにすることが仕事じゃ。
この地に刻まれた怨念は余りにも深く、1200年経った今でも全く弱まる兆しはない。アンデッドは浄化できるが、いくらでも発生する。これを放置しておくと世界が滅んでしまう。だから、テレス聖教から派遣された司教が、この街の浄化をし続けているのじゃ。ワシで何代目なのかも、もはや分からない」
「300年前の魔王というのは―――」
「まあ、そう焦らずとも、今から話すわい」
ウガメラはどこからともなく茶菓子を取り出すと、目の前にあるテーブルに置く。それを見ていたパテトの手が、見えないほどの動きで菓子に伸びた。
「300年前に襲来した魔王は、エルダーリッチだった。闇の魔法師であるヤツは、様々なアンデッドを従えてカルタスを蹂躙し、続いて帝都を攻めた。しかし、当時の勇者がヤツを抑え込み、そして封印したのじゃ」
「封印」という言葉に、シャルルの表情が曇る。魔王ベリアムも、勇者の手により封印されていたからだ。当時の勇者にベリアムを滅するだけの力が無く、止むを得ず封印したと聞かされている。
「あの・・・封印ということは、勇者は討伐しなかったのですか?」
「その通りじゃ。魔王の力が余りにも強かったため、封印することしかできなかった。それはまあ、その時の勇者に限ったことではないがの」
益々シャルルの頭は混乱する。ウガメラの話していることが全く理解できなかったのだ。そんなシャルルの様子を目にし、ウガメラは真実の断片を提示する。
「何か勘違いをしているようじゃな。これを見るが良い。まあ、読めたら、じゃがの」
そう言って、ウガメラがシャルルの前に石板を置いた。刻まれている文字は古代文字で、それだけで、少なくとも500年以上前の物だと判断できる。
折角の機会なので、シャルルは遠慮なくその石板の文字を読んでいく。
何気なく読み進める石板。その内容は、テレス聖教の上層部、それも極一部の者しか知り得ないものだった。万一、この情報が外部にでも漏れようものならば、世界中がパニックに陥る可能性があった。
石板を読むシャルルの目が大きく見開かれる。
石板には、カルタスに出没した魔王について記されていた。魔王について記録が残っていることに驚いたのではない。魔王について、古代文字で記されていることに衝撃を受けたのだ。
300年前にカルタスに出没し、帝都を襲撃した魔王と呼ばれるエルダーリッチ。当時の勇者には滅ぼせず、アルムス帝国の何処かに封印された。
石板には、こう記されている―――
『今から約600年前、エルダーリッチがカルタスに出没し、アルムス帝国で猛威を振るった。その後、数万人に及ぶ犠牲を出した魔王は、当時の勇者に封印された。それから遡ること300年前、シアに出没したエルダーリッチがカルタスを襲い、全人口の半数を虐殺し帝都に侵攻。当時の勇者により、カルタスの平原に封印された。後に、このエルダーリッチが魔王と判明した』
「これは、本当の事なんですか?」
石板を凝視していたシャルルが顔を上げ、ウガメラに訊ねた。
「やはり読めるのか。それは、歴代の墓守により残されてきた真実の記録じゃ。魔王は約300年周期で封印を解き、復活する。そして、もう気付いていると思うが、魔王は1体ではない」
それは、世界の常識を根底から覆す言葉だった。
魔王が2体、片方は300年周期で復活する。しかも、信じられないことに魔王は滅びない。
「これを聞いて、お前さんは・・・シャルル・マックールはどうする?」
「―――――ど、どうして!?」
ウガメラは静かに笑みを浮かべた後、不意に立ち上がった。
「さあて、そろそろ仕事の時間じゃ。ゾンビどもを浄化しなくてはな」
神官の杖を持ち、部屋から出て行くウガメラ。シャルルも立ち上がり、その後を追う。
「あ、あの、手伝います」
「え、ええ・・・・・ゾンビはちょっと」
パテトはあからさまに嫌悪感を滲ませる。そんなパテトを見て、ウガメラが笑いながら棚を指差した。そこには、古びた青銅製の箱があった。
「手伝ってくれるなら、それをあげよう。これから暫くは、君の役に立つだろう」
パテトは頭上に疑問符を浮かべたまま、その箱を手に取った。そして、上部に積もった埃を勢いよく吹き飛ばし、恐る恐るその箱を開けた。
そこに入っていた物は、銀で作られた鉤爪だった。しかも、魔法で精錬された魔法武器であり、強化、浄化効果、自動修復機能まで備えた一級品だった。明らかに、教会のレアアイテムだ。
「良いんですか?」
「ワシのではないからの、大丈夫じゃ」




