滅んだ街とアンデッドの逆襲①
カルタスから滅びた街と呼ばれるシアまでは、徒歩で2日。シャルルとパテトならば、1日あれば到着する距離だ。カルタスで1泊した2人は、門が開くと同時にシアに向けて出発した。
数万人が死んだとされる古戦場に赴く者は皆無で、前にも後ろにも全く人の姿は見えない。しかも、激戦で地形が変わってしまっているのか、平坦な土地が続き、集落もなければ丘さえも見当たらなかった。草木さえも生えていない不毛の土地が続き、魔物にさえ1度も遭遇しない。
しかも、道周辺の至る所に瘴気溜まりがあり、もう少し濃くなるとアンデッドが発生しそうな場所まである。もしかすると、日が暮れるとゾンビ程度であれば徘徊しているかも知れない。
「うげげっ、最低。あちこちにゾンビがいるわ。まだ昼間だから地面の中に隠れてるけど」
腐臭に敏感なパテトが歩きながら嫌な情報を提供する。パテトの表情を見ると、それが冗談ではないことが分かった。シャルルは苦笑いし、少し歩く速度を上げる。明るい内にシアに辿り着いた方が良いと思ったのだ。
休みなく歩き続けたシャルルとパテト。その目にシアの街並が写ったのは、日が暮れる少し前だった。隣を歩いているパテトが、フウッと安堵の溜め息を吐く。こんな所で野宿することになれば、アンデッドに群がられて眠るどころではない。
しかし、シアが近付くに従い、パテトの目に落胆の色が濃くなっていく。シアは300年前に起きたアンデッドの襲撃により、滅びた街なのだ。建物は残っているかも知れないが、ここに住んでいる者などいない。
目の前に広がるシアの街。街の周囲には外壁など存在せず、街と外部を隔てる柵させも見当たらない。領都や重要拠点であれば防壁を積み上げ防御力を上げる必要があるが、田舎の集落に負担が大きい物を造る必要はないのだ。
もはやその境界線は不明だが、街のメインストリートらしき道を奥へと進んで行く。分かっていたことであるが、生物の反応が全く感じられない。
本当に、墓守と呼ばれる者はいるのだろうか?
「本当に、こんな所にいるの?」
シャルルの思いを代弁するかのように、周囲を見渡して左右に首を振るパテト。
しかし、そのその心配は杞憂に終わった。街の中心付近にあった教会から、老齢の聖職者らしき者が出てきたのだ。
もしかすると、あの人物が墓守なのかも知れない。
シャルルはゆっくりと近付き、驚かせないようにして声を掛けた。
「すいません、墓守の方ですか?」
「うおっ、亡者浄化魔法!!・・・ん・・・お前達、生きておるのか?」
「いきなり、魔法攻撃とか。このオジイサン、ぶっ飛ばしても良いよね?」
拳を握り締めながら同意を求めてくるパテトを宥め、シャルルは穏やかに問い掛ける。
「墓守さんですよね?」
「うむ、ワシが墓守こと、ウガメラ・ダイオスじゃ」
老齢の男性は、何事もなかったかのように頷いた。
「で、お前達は、こんな所まで、一体何の用で来たんじゃ?」
「ロドニ大戦と、300年前の魔王について知りたくて。ギルドで、墓守という仕事をしている人が一番詳しいと聞いたもので」
ウガメラはシャルルを一瞥すると、背中を向けながら誘う。
「まあ、立ち話しも何だし、そろそろアンデッド達が動き出す頃だからの」
シャルル達はウガメラの後に続き、正面にある古い建物に入った。
建物の中にはいくつものベンチが並べられ、正面の一段高い場所に、祈りを捧げる美しい女性の像が飾ってある。
「女神テレスの像・・・ということは、テレス聖教の教会ですか?」
シャルルの呟きにウガメラが頷く。
「そうじゃ、ここはテレス聖教のシア支部。そして、ワシが司教をしておる」
女神テレス像の横を通り抜け、右奥にある部屋へと案内するウガメラ。シャルル達も、促されるままその後に続いた。
そこは司教の個人的な生活スペースであり、教会とは隔絶された空間であった。どこから運ばれてくるのか、食料など生活に必要な物は一通り揃っていた。ウガメラは2人を椅子に座らせると、飲み物を用意してその正面に腰を下ろす。
「それで、一体、何のために大昔のことが聞きたいんじゃ?」
先程までとは打って変わった鋭い視線をシャルルに向けた。その眼は聖職者として長年務めてきたためか、虚言を許さない厳しいものだった。シャルルは溜め息を吐くと、諦めたように本当の理由を語り始めた。
「つい最近、ユーグロードの最果てにあるダンジョンに封印されていた魔王が復活しました。その魔王は、200年前に封印された強力な魔法を行使する凶悪な魔物でした。・・・でも、カルタスで耳にした魔王は、300年前に現れたアンデッドです。もし、何かご存知であれば、お聞かせ頂けないかと」
ウガメラは、厳しい視線を向けままシャルルに問う。
「それを知ってどうする?」
シャルルは、ウガメラの問いに目を伏せて俯いてしまう。
「分かりません」
「・・・ふむ」
ウガメラはひとつ頷いて目を閉じると、元の穏やかな表情に戻った。
「墓守について、少し話してやろう」




