偽物の勇者と魔王③
自称勇者様の後を追うようにして外に出たシャルルは、左右に視線を飛ばしてその姿を探す。派手な服装だけに、行き先はすぐに分かった。
自称勇者様一行は道向かいの飯屋に入り、朝食をとうろうとしていた。シャルルもその店に入り、一行のすぐ隣の席に座る。なぜか無関係なはずのパテトが、満面の笑みで店員を捕まえている。そして即座に、聞き取れないほどの速さで注文繰り出す。
淡々と食事をする一行。シャルルの5倍は注文したはずにも関わらず、既にパテトの前には何も残っていない。シャルルが2個目のパンを食べ終えた時、自称勇者様が立ち上がった。ようやく、朝食が終了したらしい。
それに続いて立ち上がるシャルル。しかし、そこで不思議な光景がシャルルの目の前で展開された。一行がレジの前を素通りしたのだ。驚いたシャルルは、レジで精算を済ませながら店員に訊ねた。
「今の人達は、食い逃げですか?」
その言い方が面白かったのか、店員が大声で笑った。
「ハハハハ、違いますよ。あの方は、この街の勇者様です。だから、この街での飲食代は全て無料なんです。商人ギルドの話し合いで、この街を護ってもらっている対価として、飲食代金無料と決めたんですよ」
「・・・そう、なんですか」
店員の話を聞き、シャルルは複雑な心境になった。別に、勇者を騙られることについてはどうでも良い。しかし、護る力も無い者が、その対価を受け取っていることが許せなかったのだ。
「何か、釈然としないわよね。あれじゃあ、ただの無銭飲食じゃない」
通りの真ん中を歩く自称勇者様を眺めながら、満腹のパテトが悪態をつく。確かに、これではただの詐欺師だ。
シャルルはその姿を追い掛けながら、鑑定スキルを使った。
その鑑定結果を目にし、シャルルは驚愕する。
マックス・カーリー、23歳。LV45の剣士。職業、勇者。
確かに、職業欄に勇者の文字が入っている。しかし、勇者は1人しかいないはずである。しかも、LV45の剣士となると、ラストダンジョンに挑戦した時点でのダムザよりも高い。しかし、どう見ても、あの時のダムザよりも強いとは到底思えない。
再度鑑定するシャルル。すると、特別なスキルがあることに気が付いた。
「真実なる嘘」・・・完全なる偽装。誰にも暴かれない偽装を施すことができるスキル。確かに一級品のユニークスキルではあるが、使用者が完璧でなければスキルの偽装を忘れてしまうこともありそうだ。
勇者だと認識させている仕組みは分かった。
あとは、どこかで捕まえて始末すれば良いだけだ。
当初、シャルルはそう考えていた。しかし、偽勇者マックスを追い掛けているうちに、徐々にその考えを改めるようになっていく。それは、マックスに声を掛ける街の人達が、全員笑顔だったからだ。騙されている者が、あんなにも心からの笑顔を見せるものだろうか?どんなに巧妙に誤魔化しても、その内に秘めた思いは少なからず伝わってしまうものだ。
様々な思いを巡らせながら追っていたシャルルは、マックス達を人気のない路地で呼び止めた。
「勇者様」
マックスは金色のトサカを上下に揺らしながら、優雅に、そして華麗に振り返る。従者の3人は全く気配に気付いていなかったのか、慌てて武器を構えて振り向いた。しかし、一行はシャルルとパテトを視認するなり、一気にその緊張を解く。2人を勇者様ファン、くらいにしか思わなかったのだろう。
しかし、シャルルの言葉が状況を一変させる。
「いや、偽勇者様かな―――?」
その問いに、驚いた従者達がマックスの顔を見る。マックスは従者達に目配せすると、堂々と胸を張ってシャルルに歩み寄った。
「オレ様はれっきとした勇者だ。そのことは、冒険者ギルドも商人ギルドも認めている事実だ。・・・それでも文句があるというなら、力づくで信じてもらうしかないな。オレ様のレベルは45。勝てると思うなら、どこからでも掛かってこい!!」
「あ、っそう」
マックスの言葉を聞いた瞬間、パテトの拳が地面を砕いた。単なる威嚇であったが、マックスの足下に直径5メートルほどのクレーターが発生する。
「次は本気でいくけど?」
「すいませんでしたあああああああっ!!」
勇者様は、即座に見事な土下座を披露した。
背中をピンと伸ばした姿勢で、地面に額を擦り付けている。正に地面と水平。素晴らしい土下座だった。しかし、今は芸術鑑賞している場合ではない。
「マックスさん」
自己紹介をしていないにも関わらず本名で呼ばれたマックスは、驚愕の余り小刻みに震え始める。
「あ、僕は鑑定のスキルがあるだけなので、誰かの刺客なんてことはないですから」
その言葉に安堵したマックスが大きく息を吐く。余程緊張しているのだろう。
「真実の嘘・・・確かに凄いスキルだとは思いますけど、街の人達を騙すのはどうかと思いますよ。飲食もそうですけど、雑貨屋で買い物をしてもタダだそうじゃないですか」
スキル名まで看破されたマックスは、驚きの余り目が点になっている。それでも、頭を振って震える声で話し始めた。




