凶暴な犬とアンデッド⑤
アンデッドは生者に対して執着心を持っている。それが、生前への恨みなのか、魂を食らうためなのかは謎のままだ。しかし、生者を執拗に狙うということだけは間違いない。
風に乗って漂ってくる腐臭が強くなり、草を踏み締める音、呻き声が聞こえてくる。ゾンビの動きは緩慢だが、その足が止まることはない。焚き火の灯りが届く範囲に、ゾンビは足を踏み入れた。
「うりゃああああああ!!」
野太い声が響き、盾を手にした筋肉質の男性がゾンビの群れに突撃して行く。その後ろから、剣を振りかぶった男性が近付いて来るゾンビの首を切り落とした。その2人の攻撃により、生者対アンデッドの戦いが始まった。
ユラユラと襲い掛かってくるゾンビの群れは、ローランが雇った冒険者達の手によって叩き伏せられていく。所詮、ゾンビは動きが遅い魔物に過ぎない。不意を突かれない限り、Dランクの冒険者が遅れを取ることなど有り得ないのだ。
「おい、骸骨もいるぞ!!」
ゾンビの背後から現れた骨格だけのアンデッド。ゾンビとは違い、錆びた剣や壊れた盾などの武器を装備している。しかも肉体を失っていることから弱点らしい部位が無く、粉々に粉砕するしか止める方法がない。Eランクの魔物ではあるが、複数の骸骨に囲まれた場合はその限りではない。
この骸骨の出現により、戦況は一転する。剣士は変わらず主戦力として活躍していたが、ゾンビに対し有効であった魔法が効かないのだ。神官系の浄化魔法であれば絶大な威力を発揮するが、ここに聖職者はいない。通常の魔術師が使える魔法は、炎系統でない限り威力が半減してしまう。
何よりも、根本的に数的に圧倒的な劣勢にある。20対以上骸骨を迎え討っているのは、僅か5名の冒険者なのだ。
「うん、ゾンビでなけりゃ大丈夫」
その言葉を残し、シャルルの隣で戦況を見詰めていたパテトが姿を消した。瞬動により、骸骨の群れに突撃したのだ。豪快な衝撃音と共に5体の骸骨が胴体に丸い穴を開け、一拍置いて粉々に砕け散った。純粋な高威力の打撃を、骸骨に防ぐ術はない。
唖然とする冒険者達の目の前で、次々に粉砕される骸骨。瞬く間に、襲撃してきた骸骨は粉々になって地面に散らばった。
「ス、スゲエな、お嬢ちゃん!!アンタ、一体何者なんだ!?」
剣を持った冒険者が声を掛けたが、パテトは返事もせず、暗闇を見詰めたまま身構えた。
「・・・来た」
「え?」
漆黒の闇に湧き出る巨体。腐った身体から紫色の瘴気を撒き散らし、腐り落ちる血肉を物ともせず蠢く死肉。生者を圧倒する闘気を噴き上げ、口元に大量の涎を垂らし、その剛腕と耐久力で獲物を追い詰め捕食する―――Cランクのアンデッド、食屍鬼。
打撃、剣戟、魔法に対する抵抗力が高く、ダメージを与え難い魔物である。討伐するにはCランク以上のパーティが必要だとされている。しかし、その動きはやはり緩慢であり、逃げるだけならば特に問題はない。
しかし、ここはカルタスの門前であり、逃げる訳にはいかない。食屍鬼であれば、木製の門など打ち破る危険性が高い。仮に、街に侵入でもされてしまうと、一体何人、いや何百人の犠牲者が出るか分からない。
各々武器を手にして食屍鬼を取り囲む冒険者達。そんな中、パテトはシャルルの元に戻って来た。
「アタシ、本当にアレ系はダメなんだって。殴ると何か変な液体が噴き出してくるし、変な虫が湧いてたりするんだもの・・・」
シャルルの視線の先では、食屍鬼と冒険者達の戦いが始まっていた。
やはり、戦況は思わしくない。盾役の戦士は食屍鬼の打撃に耐えられず吹き飛ばされ、剣士の斬撃は薄皮を切ることしかできていない。後方で呪文を唱える魔術師は先の戦闘で魔力を使い果たし、低レベルの攻撃呪文しか使えなていい。そんな魔法では、食屍鬼にダメージを入れることなどできやしない。
やがて魔術師の魔力は枯渇し、戦士は立ち上がることもできなくなり、ついに剣士の剣が根元から折れる。盗賊の短剣は役に立たず、回復師の魔法も残り少ない。あと数十分もすれば、パーティが全滅している可能性が高い。
「亡者浄化魔法!!」
その声が聞こえると同時に食屍鬼の足下に魔方陣が浮き上がり、淡い白色の光が腐った身体を包み込んだ。その白光はそのまま空に向かって伸び、そして天と繋がった。食屍鬼の彷徨う魂は天へと昇り、地上に残った腐った屍体は一瞬にしてドロドロになって溶けた。
「いやいや、そんな呪文が使えるなら、最初から使いなさいよ!!」
パテトの鋭い突っ込みに、シャルルは苦笑いする。
―――――シャルルは、ずっと思っていた。
人にはそれぞれ人生があり、運命がある。
ダンジョンで捨てられて死ぬ。それが自分の運命ならば、それを受け入れなければならない。
今日ここでアンデッド達に襲われて命を落とす。それが自分の運命ならば、それはそれで仕方がない。甘受しなければならない、と。
しかし、マリアと出会い、ドドラと共に過ごし、少しずつ考え方が変わり始めていた。




