凶暴な犬とアンデッド③
「それで、これからどうするんだ?」
満腹になりお腹をさするパテトに、シャルルが後片付けをしながら訊ねる。
「うん、とりあえずシャルルと一緒に行くことにするよ。お金も食料も無いし、土地勘も全くないしね」
「え?」
驚くシャルルに、パテトは短い牙を剥き出しにして笑う。
「こんな可愛い子と旅ができるなんて、シャルルは幸せ者だねえ」
ふう、とタメ息を吐き、シャルルは諦めたように頭を振る。ガザドランがアニノートに攻め込んだ原因がダムザにあるならば、シャルルも無関係とは言えない。ラストダンジョンに、いやそれ以前に自分自身が強ければ、ダムザが国王になることなどなかったのだ。
無言で立ち上がり、カルタスへの道を歩き始めるシャルル。その横に、紫色の髪をしたパテトが並んだ。同じ紫色の尻尾を左右に揺らすパテトを横目に見て、先ほど確認したステータスを思い出す。
シャルルが「欲しい」と強く思った念話のスキル。それは、仲間との意志疎通、或いは言葉が通じない心がある動植物との会話を成立させる能力だ。
確かに強力な固有スキルではあるが、シャルルが気にしているのは、その一段下にあったスキル欄だった。そこにスキルスロットはあるものの、スキル名が明記されていなかったのだ。それは、スキルが存在していないという訳ではなく、何かによってスキルが阻害されているという意味である。何者かが、何かの目的のために、スキルの発現を封じているのだろう。それが何なのかは、シャルルには分からない。
シャルルは隣を歩くパテトの左腕に、金色のリングがあることに気付く。
「パテト、その左腕にあるリングは何だ?」
唐突に声を掛けられたパテトは、自分の左腕を持ち上げ、手首にはまっているリングを触った。
「これは、幼い頃に母上が誕生日祝いにくれた物よ。御守りだから常に肌身離さず持っておくようにって・・・」
リングを触る手に涙が落ちる。パテトは歯を食い縛って前を向くと、シャルルの前に移動した。泣き顔を見せたくないのだろう。
「御守り・・・か」
シャルルはそう呟くと、思案顔になった。
シャルルの歩く速度は常人の倍以上の速度である。しかし、パテトは獣人の身体能力のお陰なのか、軽々とその速度に順応する。
1人の時と同じ速度で進めたため、翌日の夕暮れにはカルタスの防壁が見え始めた。そして、太陽が地平線に沈むと同時に、シャルル達はカルタスの街門に到着する。
しかし、通過する直前で門は閉じられてしまった。
「――――-は!?」
シャルルの目の前で、パテトが間の抜けた声を漏らした。
その気持ちは分かる。門の目の前に人がいるにも関わらず、兵士が平然と門を閉じたのである。常識的に考えて、こんなことは有り得ない。
「アッタマにきたあっ!!」
パテトが門の前に立ち、両足を肩幅まで広げて構えた。気の高まりと共に、硬く握り締めた拳が青白く輝き始める。街門は高さ3メートル、幅4メートルあり、それを木製の扉2枚で塞いでいる。大きいとはいえ、所詮は木だ。パテトの拳撃ならば、もしかすると破壊できるかも知れない。
「止めとけ」
「キャン!!」
瞳に炎を燃え上がらせるパテトの頭上に、シャルルのゲンコツが落ちた。
「こんな所で騒ぎを起こすと、何かと面倒になる可能性が高い。明日まで待てば入れるんだから、今日はここで野営するぞ」
頭を押さえながら、涙目でシャルルを睨むパテト。渋々といった表情で、その指示に従う。門の正面を避け、少し離れた場所に移動して腰を下ろした。
シャルル達が移動して間もなく、門の前に荷馬車が3台停車した。シャルル達と同様に、締め出されてしまったのだろう。先頭の馬車から商人らしき男性が下車し、門前で頭を抱えて何か叫んでいる。
「アハハハ、仲間だ」
パテトがそれを見て、笑いながら呟いた。
男は門に向かって暫く何かしら叫んでいたが、中からは全く反応がなかった。ようやく諦めた男は、シャルル達の存在に気付いて歩み寄って来た。
「こんばんは。貴方達も締め出されたんですか?」
「はい。よく分からないんですけど、目の前で門を閉じられてしまって」
男は帝都で雑貨店を営む商人で、ローランと名乗った。サリウまで納品に行った帰りで、今夜はカルタスに宿泊する予定だったらしい。サリウに新しい軍事顧問が就任して以来、領内の整備が急ピッチで進んでいるのだと説明した。
ローランは護衛に休息を指示した後、再びシャルル達の元に戻って来た。
「まあ、こんな所で一緒になったのも何かの縁ですし、食事でもいかがですか?」
手にしていたのは高級そうなワインと、干し肉、それに保存食用の薄くて硬いパンだった。折角の申し出なので、シャルルは好意を受けることにした。もっとも、硬い乾パンにパテトは納得していなかったが・・・
保存機能が付いたアイテムボックスは、超レアスキルである。そんなスキルを持っていると知られると、何かと面倒なのだ。特に、商人に知られてしまうのだけは避けなければならない。
一緒に食事をしながら、シャルルはローランに疑問に思っていたことを訊ねた。




