凶暴な犬とアンデッド②
シャルルは柔らかい笑みを浮かべ、掴んでいた手を放した。
「そもそも、君を治療したのは僕だ。いきなり襲い掛かってくるよりも先に、言わなければならないことがあるんじゃないのか?」
そう告げられ、ハッとした少女は自分の身体を見下ろして驚愕する。ガザドランとの戦闘で負った打撲や裂傷どころか、数か所の骨折すら完治していたのだ。
通常、回復薬で骨折は治癒しない。それは、治癒の魔法でも同じことがいえる。あらゆる怪我を完治させる魔法はあるが、それは高位の神官や聖女、賢者でなければ不可能なのだ。
しかし、どう見ても、目の前に立っている怪しい少年は、神官や賢者には見えない。一体どういうことなっているのだろうか。しかし、助けてくれたことだけは間違いない。しかも、いきなり殴り掛かってしまったこも詫びなければならない。
「先ほどは大変無礼なことをしてしまい、すまなかった。また、傷の手当てをしてもらい、感謝の言葉もない。この通りだ」
居住まいを正し謝罪する少女。その所作により、少女が一般人ではなく、明らかに高度な教育を施されてきた、高い地位にいる者だということを証明した。
「・・・して、貴殿は何者であろうか?未熟者とはいえ、私の拳撃は音速を超え、岩程度であれば簡単に破壊する。それを軽々と掴むなど、普通では到底有り得ないことだ」
シャルルは、その問いに答えることができない。身元が割れしてしまうことだけは、どうしても避けたいのだ。シャルルはさりげなく、しかし強引に話題を変えた。
「えっと、同じような年齢なんだし、その堅苦しい話し方は止めてもらえないか。
僕の名前はシャルル。出身はユーグロードだけど、色々あって国は捨てたんだ。今は、考古学者みたいなことをしながら旅をしているんだ」
ユーグロードという言葉に少女はピクリと反応したが、すぐに緊張を解く。国民が悪いのではない。ガザドラン、いや現国王が非道を働いただけなのだ。
少女はシャルルの言葉に従い、姿勢を崩して口調を年相応なものに戻した。
「私の名前はパテト・チャ・・・パテトと呼んでくれれば良いわ。理由あってこんな場所まで転移結晶で飛ばされたけど、必ずアニノートに戻らなくちゃならないの。でも、シャルルの言う通り、悔しいけど今の私では、仇敵を倒すことはできない。だから、強くなるまで、この国で武者修行をすることに決めたわ!!」
拳を握り締め天を見上げるパテト。そして、その視線をシャルルに戻して両手を合わせた。
「お腹空いて倒れそう・・・何か食べ物持ってない?」
大きくタメ息を吐き、シャルルは鞄経由でアイテムボックスからパンと牛乳、そして干し肉を取り出した。牛乳を手渡した後、パンと干し肉を平らな石の上に置き、その石を炎の魔法で炙る。すると、間接的に炙られた干し肉が、直ぐに香ばしい匂いを漂わせた。
パンを齧り、干し肉を頬張るパテトを眺めながら、シャルルは考える。
「パテトは一体、何の獣人なのだろう?」、と。
通常、獣人は獣化した時に変身する獣の形跡が、身体のどこかにある。例えば、変身後がキリンであれば首が長くなるとか、ゴリラであれば胸毛が濃くなるなどである。その中でも、必ず影響が残るの部分は頭髪だ。変身後の毛色と、通常時の髪の色は必ず同じである。
それを前提にして考えると、パテトが一体何の獣人なのか分からなくなるのだ。なにせ、パテトの髪の色は紫なのである。そんな動物を、少なくともシャルルは目にした経験がない。しかし、色々と事情がありそうなパテトが、自分から話しをしてくれるとは到底思えない。
仕方なくシャルルは、パテトのステータスを確認する。
スキルがあるとはいえ、シャルルは他人の情報を盗み見ることが好きではない。敵対者であれば何とも思わないが、普通に知り合った人に対しての使用は躊躇する。誰だって、自分のステータスを暴かれたくはないのだから。
一心不乱に肉を食べ続けるパテトを、スキルを使用しながらシャルルが見詰める。
肩程の長さに切り揃えている紫色の髪。小さめの丸顔に、クリクリとした大きな紫紺の瞳。バランスの取れた鼻と、薄い唇から牙が少しだけ覗く口元。きめ細かい肌は透き通るように白く、アニノートの貴族なのか、どこか気品を感じる―――――パテトと目が合っていることに気付き、シャルルが動揺する。慌ててもう1枚パンを渡し、その場を取り繕う。
再び食事に夢中になるパテト。
胸を撫で下ろしたシャルルは、雑念を払い鑑定に専念する。
パテト・チャタル、14歳。職業はLV22の武闘家。犬の獣人・・・犬?
シャルルはそのステータスに違和感を覚えた。
紫色の毛並をした犬など、この世界には存在しない。しかも、犬という表示の後に括弧と空欄がある。初めてのことなのでよく分からないが、何か意味があるはずだ。
そして、スキル欄に瞬動と豪拳の文字が浮かんでいる。正に天才。生まれながらにして、拳聖になれる素質を持っている。獣人の基礎戦闘力の高さとこのスキル編成を考えれば、LV30以下の人間では相手にすらならないだろう。
そして3つ目のスキル「念話」。
これは多分、獣人だけのユニークスキルだ。シャルルの目が光る。欲しい、と。




