ダムザの凶行②
当代の勇者であるシャルル・マックールが行方不明になり、勇者パーティは解散した。その後、ダムザを始めとするパーティメンバーは、ユーグロード王国の要職に就いた。唯一人、テーゼ公爵家の二女であるイリア・テーゼだけは国から距離を置いた。
イリアは元々、テレス聖教の次期聖女と目されていた。聖女とは、女神テレスの魔法陣を使える者の敬称であり、現聖女を除けば世界中でイリアしか存在しない。そのためイリアはパーティ脱退後、パノマにある大聖堂に入り、祈りを捧げる日々を送っている。
それは、女神テレスに対する感謝と共に、不可抗力とはいえダンジョンに置き去りにしてしまったシャルルに向けた贖罪の祈りでもあった。
女神像の前で瞑目するイリアの元に、突然若いシスターが駆け込んで来た。その荒々しい呼吸音によって火急の用件だと気付き、イリアが目を開けて振り返る。
「イリア様!!たった今、王宮より使者が参り、今日、現時点をもってテレス聖教の禁止し、全施設の撤去を行う―――と!!」
床に倒れ伏すシスターの背中に手を置き、イリアはパノマの空に視線を向ける。その先には赤く染まる雲と、悲鳴、そして飛び散る火の粉が見えた。
その光景を目にしてもまだ、イリアはシスターを言葉が信じることができなかった。テレス聖教は国教であり、1000年以上も前からユーグロード王国で信仰されてきたのだ。それを、禁止するどころか、迫害するなど、正気の沙汰とは思えなかったのだ。
女神テレスは、人々の祈りを力にして世界に平和と安寧をもたらす。そう、信じられてきた。事実、人々の祈りが途絶えた時に魔王は出現している。
喧騒と絶叫が、徐々に近付いてくる。そして、ついに総本山である大聖堂にまで、兵士がなだれ込んだ。廊下に金属製の鎧が擦れる音が響き、破壊音とシスターの悲鳴が礼拝室の静寂を破る。女神像の前に立つイリアの前に、先頭を突き進んで来たアドバンが姿を見せた。
「久し振りだな、イリア」
パーティを組んでいた時には敬語であったが、今は対等に言葉を交わすアドバン。現在、アドバンの役職は近衛隊の隊長である。公爵家の娘であっても、修道女となったイリアよりも立場は上である。それを承知しているイリアも、それを気にする素振りも見せない。
「どうして、何の政治力もないテレス聖教を禁止するの?それに―――」
その瞬間、大聖堂内に爆発音が響き、同時に熱風が吹き抜けた。そして、ほぼ同時に真っ赤な炎が噴き上がり、聖堂内を焼き尽くしていく。
「イリア、久しぶりね」
爆煙を掻き分けて姿を現したのはララだ。魔術師の主装備である杖は、ララの手の内で既に赤く輝いている。それは、何らかの呪文が待機状態にあることを示している。しかも、その煌々とした明度から、上位の魔法であることは間違いない。
イリアはララの存在に気付いた瞬間、厳しい視線で糾弾する。これほどの被害をもたらす魔法は、王国広しと言えどララにしか行使できないからだ。
「ララ、これをやったのは貴女ね。どうして、罪もない人達を・・・どうして、テレス聖教を襲撃するの!?」
イリアの罵倒をそよ風の如く受け流し、ララが手にしている杖を向ける。
「ふん、たかが修道女の分際で、誰を呼び捨てにしているの?
クソ女が・・・私のことは、ララ様と呼びなさい!!」
杖の先端に取り付けられている魔石が、一層その明度を増していく。
「落ち着いて下さい」
2人の間に身体を滑り込ませたのは、部隊を率いるアドバンだった。安堵するイリアであったが、アドバンは2人の仲裁をした訳ではない。
「イリアよ、我が王ダムザ様からの王命を伝える―――後宮に入り、我が妻となれ」
その言葉耳にした瞬間、イリアが叫んだ。
「誰が、裏切り者の妻になるものですか!!」
刹那、鞘より抜き放たれた剣がイリアの首を狙って閃く。しかし、回避不可能なはずの斬撃は、見えない壁に阻まれて弾かれた。イリアを護るシールドが、瞬時に展開されたのだ。
目を見開くアドバン。そんなアドバンの耳にイリアの声が届く。
「女神様の加護がある私に、そのような攻撃が届くはずがないでしょう」
「そうかしら?
剣は届かなくても、超高温の炎に焼かれれば死ぬんじゃない?アンタは邪魔だから、灰になるまで確実に焼いて上げるわ」
ララの宣言と同時に、待機させていた魔法へと魔力を注ぎ込む。赤く輝いていた魔石の色がより一層濃くなり、杖の先端を中心に魔力が渦を巻いた。
「さあ、死になさい―――――灼熱激波大爆発!!」
炎系上級魔法である灼熱激波大爆発は800度を超える超高熱の炎の波を作り出し、それで相手を攻撃する魔法である。その威力、攻撃範囲は凄まじく、小規模な村であれば一撃で殲滅させ、城塞都市の城壁でさえも崩壊させる威力を発揮する。
通常は巨大な魔物に使用するものであり、対人で使用することはしない。それは、相手が跡形もなく灰になってしまうからだ。




