ダムザの凶行①
奇襲による先制攻撃でアニノート王宮を奪取したユーグロード軍は、獣人の単発的なゲリラ攻撃に悩まされながらも占領作戦を継続していた。指揮系統を完全に破壊されたアニノート軍が武力により統合されるのは、最早時間の問題だった。
早馬により勝利の報告を受けたダムザは、王の間で高笑いした。何もかも計算通りであり、一番厄介だった獣人の王国が壊滅状態なのだ。アニノートさえ飲み込んでしまえば、残りの3国などただの作業でしかない。
「戦勝おめでとうございます、陛下」
鮮血のような飲み物を手にしたダムザは、リリスの言葉に口元を歪める。
「リリスよ。こうなることは、やる前から分かっていた。祝いの言葉など不要だ。それよりも、次はどうすれば良い?申してみよ」
「はい、では私の意見を述べさせて頂きます」
ダムザの目の前に片膝を突き、頭を下げるリリス。その豊満な胸が、膝に押し上げられドレスからはみ出る。その膨らみを視線で追い、立ち上がったダムザが谷間に右手を滑り込ませた。溢れる甘い吐息に絡まるようにして、リリスの案が提示される。
「汚らしい獣人さえ死に絶えれば、もう他に憂いはありません。この大陸を全て、手に入れたも同然です。しかし、この地には、もう1人統治者がいます」
片方の眉毛を下げ、怪訝な表情を浮かべるダムザ。兄である皇太子を追放し、最大の障害になる可能性があったアニノートも潰した。他に、何が行く手を阻むというのであろうか。
「誰だ?」
妖艶な笑みを浮かべリリスが立ち上がる。そして、窓辺に歩み寄ると、その細い指先で外を指す。同様にダムザが視線を動かすと、その先には日輪のマークを掲げる教会の建物があった。
「テレス教会は必要ありません。この地の王はダムザ様お一人です。ダムザ様以外に、民衆が跪く相手がいてはなりません。国民はダムザ様だけを崇拝し、ダムザ様だけを敬えば良いのです。即刻、国内の教会を全て焼き払い、聖職者達を処分するべきです」
テレス教は、女神テレスを信仰する宗派である。女神信仰が起源であるため世界で最も信者が多く、各国の首都に大司教が常駐しているほどだ。女神テレスは魔王討伐にも助力し、封印の方法伝授したと言われている。
その女神信仰を、今、この場で破棄するようにリリスは言っているのである。女神を裏切れと。
民衆の反発を買うことは間違いない。それでも、リリスは提言する。
教会を潰せ―――と。
「アドバン・ラザール!!」
「―――こちらに!!」
ダムザが名前を呼ぶと同時に、野太い声が王の間に響く。玉座より10メートル程離れた位置に、アドバンが頭を垂れて片膝を突いた。
「直ちに、テレス聖教の施設を破壊しろ。王都だけではない。全ての都市において、テレス聖教の布教活動を禁止し、あらゆる施設を焼き払え!!」
「はは!!」
普通の臣下であれば、君主の下知であろうと再度確認する内容である。テレス聖教は国教であり、この世界において絶対的に信仰されている宗教なのだ。その教会を破壊するということは、女神を冒涜する行為だからだ。
しかし、アドバンに一切躊躇はない。なぜなら、アドバンにとっての絶対的な存在はダムザであり、象徴的な存在である女神などではないのだ。
指示を受けても尚、立ち上がらないアドバンが顔を上げる。
「陛下、イリア・テーゼはいかが致しましょうか?」
「イリア・・・ふむ」
イリアの名を聞き、多少逡巡して口を開く。
「イリアを確保したら、オレの後宮に入るかどうか聞け。入るなら連れて帰れ。拒否するなら、殺せ」
「承知致しました!!」
再度頭を下げ、アドバンが立ち上がる。即座に行動を起こそうとしているのだ。そこに、ララ・ローランドが姿を見せる。
「私も、参加致しましょう。魔術師がいた方が、何かと便利でしょう?」
ララはダムザの正室として確固たる地位を築くため、貴族の懐柔などあらゆる手段を講じている。リリスは妖艶な美女ではあるが、元々は娼婦であり、ララを脅かす存在には成り得ない。仮に、自らの地位を奪う者がいるとすれば、イリアしかいないと考えている。イリアさえ排除すれば、自分の地位は安泰だと―――
隙を窺っていたララに、公然と、しかも永遠にイリアを排除するチャンスが訪れたのだ。
この機会を、ララは絶対に逃すつもりはなかった。イリアの答えは重要ではない。どういう返事をしても、渾身の魔法で灰にするつもりでいる。同じ勇者パーティのメンバーだとか、一緒に冒険をした仲間だとか、全く関係がない。邪魔な存在は消す。ただ、それだけだ。
「よし、ララも同行し、全てを灰にしてこい!!」
「はい」
ララがドレスの裾をつまみ、優雅に一礼して王の間を後にする。アドバンは、その後を追うようにしてその場を離れた。
「これで、俺の王座も盤石だな」
「はい、仰せの通りです」




