ラストダンジョン⑤
自分のステータスを信じ切れていなかったが、銅の剣に革の鎧という初心者装備でありながら、ラストダンジョン最深部に向かう道は、シャルルにとって近所をブラリと散歩することと大差がなかった。
通常であれば刃が通らないメタル系の魔物が、銅の剣で真っ二つになる。今まで使えなかった魔法が、頭の中で思い描くとおりに使える。しかも、最深部へと続く20階層を踏破する間にも、レベルアップの音が、しきりに響いていた。もはや、シャルルは自分のレベルがどうなっているのか、確認することも面倒になっていた。
そして、ほんの半日足らずで、今度こそ本当に、シャルルは最深部へと辿り着いた。
目の前に、銀色に輝く金属で作られた強大な扉が立ちはだかっている。縦横30メートル以上あるこの扉。この輝きは、もしかすると、全て幻の金属と呼ばれるミスリルかも知れない。
ミスリルは、秘境に住むというドワーフのみが精製できる、銀をも凌ぐ輝きを持ち、鋼よりも硬いと言われる金属だ。王国で有名なA級以上の冒険者は、最低でもミスリル製の武具を所持している。強者における、一種のステータスのようなものだ。
「もし、魔王を倒せたら、扉ごと持って帰ろう」
扉の前に立ち、シャルルが右手を翳す。すると、扉全体が赤く輝き、地鳴りとともにゆっくりと開き始めた。扉の隙間から見える最下層は長い上り階段になっていて、その最上部に巨大な何かが暗黒のオーラを撒き散らしながら立っていた。
あの禍々しいオーラ。間違いない、あからさまに怪しいアレこそが、本物の魔王ベリアムだ。
最下層に足を踏み入れた瞬間、頭上から威圧の魔力が込められた声が降ってきた。
「勇者よ、よくぞここまで辿り着いた。誉めてやろうではないか!!」
そのセリフを吐いた後、ベリアムはキョロキョロと挙動不審に周囲を見渡し、困惑したように言葉を続ける。
「あーえー、パーティメンバーが見えないようだが・・・トイレ、ではあるまい。まさか、本当にオマエ1人なのか?」
厳しい魔王の指摘に体力を削られながらも、シャルルは正直に答える。どうせ、戦闘が始まれば分かることなのだ。
「えっと・・・暗黒土偶に負けそうになって、僕を置き去りにして逃げてしまって・・・」
「ああ・・・そ、そうか。まあ、人生いろいろあるからな。まあ、そのうち良いこともあろう」
魔王の優しさに、シャルルは癒されてしまう。
「しかーし!!
勝負は勝負だ。覚悟しろ、勇者よ!!」
魔王ベリアムとの最終決戦が、タイマン勝負となった。
いまだかつて、勇者VS魔王の戦いが、1対1などということがあっただろうか。前回の決戦も、古い記録に残る聖戦も、必ず、勇者パーティと魔王との多対1だ。強大な魔王は、勇者といえども一人では倒せないのだ。
それが証拠に、魔王は高さ10メートル以上の巨体であり、全身は紫色で漆黒のオーラを纏っている。更に、見上げる先にある馬よりも大きい頭からは2本の角が伸び、牛も丸のみできるほどの巨大な口からは、3メートル以上ある真っ赤な下が蛇のように垂れ下がっている。更に更に、人間の3人分はあろうかという腕には毒液が滴る爪があり、左手には伝説級のマジックアイテムらしき禍々しい杖まで持っている。
魔王ベリアム。勇者が残した手記によると、この外見にも関わらず魔法攻撃が主体であり、人間では使用が困難な最上位の魔法を使いこなすという。かつての英雄、歴戦の勇者パーティでも封印することしかできなかった凶悪な魔王。
シャルルはベリアムを見据え、鞘から剣を抜いた。
各階層の魔物は何の問題もなかったが、相手は魔王である。5階層ごとにいた階層守護魔などとは、比較にならない強さだろう。しかし、もうやるしかない。魔王を倒さなければ、ここから出られないのだから!!
シャルルが銅の剣を構えた瞬間、魔王が目の前に飛び降りて来た。そして、青黒い毒液を撒き散らしながら、その巨大な右腕を振り下ろす。シャルルは瞬時に、最近覚えた防御魔法を展開して、それを防御する。
「―――シールド!!」
魔法名を耳にし、ベリアムが嘲笑う。
「そのような下級魔法で、我が攻撃を防げるとでも思っ―――――」
ガキッ!!という盛大な音とともに、魔王の爪が魔法の壁によって防がれた。
「え?」
驚愕の表情をした魔王が、その巨体からは想像もつかない身軽さで後方に飛び退いた。
「卑怯な。シールドと口にしておきながら、上位の防御魔法を使いおったな!!」
「い、いや、本当にただのシールドなんだけど。というか、これしか防御魔法知らないし」
左右に頭を振って否定するが、シャルルを卑劣なヤツだと思い込んだ魔王は、遠距離で左手に持っていた杖を向けた。