鍛冶職人の矜持④
酒宴は延々と続き、皆が酔い潰れたのは日が変わった頃だった。今度は盗まれないようにと、聖光の鎚はドドラが抱き締めている。そんなドドラを護るようにして、シャルルは鍛冶場の壁にもたれて目を閉じた。
翌朝、シャルルが目を覚ますと、周囲にドワーフ達の姿はなかった。皆それぞれ、自分の持ち場に向かったようだ。あれだけ飲んで二日酔いになっている者がいないのは、無駄に凄いと思う。
背伸びをして周囲を見渡すシャルルの目に、鍛冶場の中で鎚を振るドドラの姿が写った。隣に腕組みをして仁王立ちしているのは、親方であるガナナだ。ドドラを本気で、一人前の鍛冶師に育てるつもりらしい。
目を覚ましたことに気付いたガナナが、シャルルの方に向かって歩いて来た。
「小僧、寝過ぎなんじゃねえのか?」
ガハハハと豪快に笑いながら、手にしていた物をシャルルに向かって投げる。慌てて起き上ると、シャルルはそれを右手で掴んだ。
「そいつをくれてやる。どういうつもりで銅の剣なんかぶら下げてんのか知らねえが、腕相応の剣を持つべきだ。それが、強者のマナーってもんだぞ」
シャルルは鞘に入ったままの剣を左手に持ち、その柄を握る。その瞬間、自分の魔力が剣に吸い込まれ、抜いていないにも関わらず青白く輝き始めた。溢れ出る閃光に驚いた鍛冶職人達が、周囲を囲むように集まって来る。そんな中で、シャルルはその剣を抜いた。
青白く輝く刃先。初めて手にしたにも関わらず、まるで長年愛用してきたかのような感触。試しに一振りすると、光が線になり空中に軌跡を残した。
軽く、尚且つ魔力の伝導性が高く、鋭く丈夫な剣。間違いなくミスリルの一級品。決して市場には出回らない、職人秘蔵の剣。もし仮に市場に出れば、金貨1万枚では手に入らないだろう。
「これを、貰っても良いんですか?」
「仕方ねえだろ。まだまだ、英雄の剣はできそうにねえ。ドドラの腕がこんなだからなあ。ガハハハ!!それに、材料になるオリハルコンがねえ。手は尽くしてみるが、正直なところ、剣1本分も手に入るかどうか分からねえ」
右手で髪を掻きながら、渋い表情をするガナナ。
オリハルコン。その名前を聞きシャルルは思い出した。インゴットではないものの、アイテムボックスの中に大量のオリハルコンが眠っている。
「オリハルコンならありますよ」
そう言って、シャルルは目の前の空間に手を伸ばした。
「小僧、オメエさんアイテムボックス持ちだったのか」
驚くガナナに軽く頷くと、アイテムボックスから金貨を取り出す。
「これって確か、オリハルコンに金メッキがしてあるとか聞いたんですけど?」
シャルルが手にしている金貨を受け取り、ガナナが顔を近付けて確認する。
「こりゃあ、マーヤ金貨か?」
首肯するシャルル。マリアに数枚買い取って貰った時、マーヤ金貨はオリハルコンに金のメッキをした硬貨だと、説明されたことを思い出したのだ。しかし、マーヤ金貨を手にしたガナナは苦笑いする。
「確かに、こりゃあオリハルコンに違いねえ。しかも、とびきり純度の高い上物だ。だが、これっぽっちじゃあ、何の足しにもならねえよ」
確かに、たった1枚ではコレクションにしかならない。しかし―――
次の瞬間、ガナナは口を大きく開いたまま固まる。シャルルが、ジャラジャラと音を立てながら、マーヤ金貨の山を作っていたからだ。唖然とするガナナとドワーフ達。幻の金属であるオリハルコンが、目の前に大量に存在していることが信じられないのだ。
剣5本分相当の金貨を取り出すと、シャルルは満足気に頷いた。
「これで、問題は解決ですね」
「あ、ああ、ま、まあな」
上機嫌なシャルルを眺めながら、汗をダラダラと流すガナナ。親方をしているだけはあり、小山となったマーヤ金貨の価値が分かるのだろう。
オリハルコンを受け渡しを済ませたシャルルは、そろそろ次の伝承を探す旅に出発することを決める。このままここで、剣が完成するのを待つ訳にもいかない。
その表情から出発することを察知したのか、ドドラがシャルルに声を掛ける。
「もう、出発するのか?」
「まあ、もうここには面白そうな伝承も遺跡もなさそうなので・・・」
それに、酒臭いし―――という言葉は、流石に飲み込んだ。
「世話になっただけで、何も返せずに悪いな。その代わり、必ず英雄の剣を作ってみせるから、絶対にまた来てくれ!!」
ガッチリと両手で握手し、再会を誓う2人。
ここでシャルルは、自分がやり残してたことを思い出した。そう、マッピングスキルのコピーだ。
「ドララさん、ちょっと抱き締めますね?」
「・・・え?」
唐突に怪しげな宣言をされ、身の危険を感じるドドラ。
しかし、構わずドララを力強く抱き締め、シャルルは耳元で囁いた。
「また会いに来るから、ちゃんと覚えていないと・・・許さないぞっ!!」




