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鍛冶職人の矜持②

 評議会会館に到着して10分後、刀鍛冶師の頂点であるガナナ・バルブージが姿を見せた。いつもと同じように、頭にタオルを巻き、長い髭を捻って巻いている。知らなければ、刀鍛冶の親方とは思わないだろう。


 ガナナはズカズカドララに歩み寄ると、金色に輝く鎚を見詰める。震える手を伸ばそうとして躊躇し、再び手を伸ばす。それを何度か繰り返し、最終的に手を引っ込めた。


「本当に見付けるとはなあ」

 そう感慨深げに吐き出すと、ドドラに背を向ける。

「ついて来い」


 ガナナに促されるまま、ドドラとシャルルはその後を追い掛ける。向かっている場所はパルテノの最奥部、刀鍛冶師の領域のようだ。そこにはパルテノが世界に誇る鍛冶職人達と、その心臓部たる鍛冶場がある。


「僕も行って良いんですかね?」

「良いんじゃないのか?」

 今更ながらの問いに、肩を窄めて答えるドドラ。聖光の鎚に注目が集まる今、そんな些細なことを気にしている者はいない。


 鍛冶場の最奥部、その更なる中心部でガナナの足が止まる。そこは、鍛冶職人の親方であるガナナ専用の鍛冶場前だった。ガナナはすぐ隣にある、今は使われていない鍛冶場を指差した。


「ここを、オメエにくれてやる」


 その言葉に、ドドラもその周辺で様子を窺っていた鍛冶職人達も目を丸くする。

 そこは、空室でありながらも、誰にも与えられなかった鍛冶場であった。親方の隣であり、最高の設備と環境が整えられている、全ての鍛冶職人が望んでいた場所だ。


「ここは、聖光の鎚を手にし、鎚に認められたヤツが使う場所だ。今日からオメエは、ここで腕を磨き、英雄のために最高の剣を作れや!!」


「お、親方・・・伝説の道具なんて信じてなかったんじゃあ・・・」

 明らかに動揺するドララの胸を、ガナナがドンと突いた。


「信じていない訳がなかろう。英雄が手にしていた剣は、間違いなくこの場所で作られた。それを作ったのはドワーフの鍛冶師。そんな栄光の歴史を、なぜ否定しなきゃならねえんだ?

 だが、それをワシが公言する訳にはいかねえ。その鎚を手にすることができるのは、ドウェル一族のみだ。それに手を貸すことも、ワシらにはできんからな。外野の声に惑わされず、信じて疑わず、その鎚を手にして帰ったことには本当に頭が下がる思いだ。よくぞ、見付けて帰った。ここは、オメエの鍛冶場だ!!」


「親方・・・」

「まあ、まだまだ腕がなっちゃいねえからな。今日から寝られると思うなよ!!」

「え・・・」


 ガナナの笑い声が高らかに響き、どこからともなく集まってきた鍛冶職人達が「祝杯だ!!」と叫びながら酒盛りを始めた。酒さえ飲めれば、何だって構わないらしい。


 仕事も放り投げて始まった酒盛りは、鍛冶職人だけではなく、その他の職人も入り乱れて本格的なお祭り騒ぎとなった。恐らく参加者の大半は、一体何がきっかけだったのかさえ知らないだろう。


 鍛冶職人仲間と杯を酌み交わすドドラを眺めながら、シャルルは普段は飲まない酒をチビチビと口に運ぶ。まだ16歳のシャルルに酒の旨味など分かるはずもなく、顔をしかめて舌を出した。

 その時、不意に背中をバシリと叩かれた。思わず、床に前のめりに突っ込みそうになる。シャルルが驚いて振り返ると、そこには刀鍛冶の頂点であるガナナの姿があった。ガナナは豪快に笑いながら、シャルルの隣にドッカと腰を下ろした。


「小僧、オメエさんが当代の勇者だな?」

 ズバリと言い当てられ、流石に動揺するシャルル。別に秘密にしている訳ではないが、公表したい訳でもない。


「いや、別にどうこうしようって訳じゃねえんだ。ただ、ワシが知っている言い伝えでも、最後の扉は勇者が開けるってことになってたんだ。2人で行って開いたってんなら、必然的に小僧が勇者ってことになるだろ?ただ、それだけの話だ。ほれ―――」

 そう言って、ガナナは持っていた酒瓶をシャルルに向ける。当然断ることなどできるはずもなく、シャルルは手にしていた猪口を空にして酒を受けた。


「ワシはな、まだ駆け出しだった頃、先代の勇者に会ったことがあるんだ。当時の親方が、集光の鎚で、勇者の剣を作るところをこの目で見た。まあ、鎚は盗まれちまったがな。ガハハハハ!!」

 再び豪快に笑うガナナ。「そこは笑うところではないだろう」と、シャルルは心の中で激しく突っ込む。


「あの時会った勇者はなあ、本当に勇者だった。どう表現すれば良いのか分からねえが、間違いなく勇者だった。だが、オメエさんは、まだ勇者になっていねえな。勇者見習いってところだ」


 最近思っていたことをガナナに突かれ、シャルルは思わず言葉を失う。その様子を見たガナナは、穏やかな笑みを浮かべてシャルルの肩を抱いた。

「別に責めてる訳じゃねえ。ワシだって最初から鍛冶師だった訳じゃねえし、親方だった訳でもねえんだ」

「―――そうそう、ただの気の短いドワーフってだけだったよなあ」


 そこに、先日、評議会会館で出会った鉱山師の頂点であるサブロが加わってきた。あからさまに嫌な顔をするガナナを無視し、シャルルの正面に座った。そして、手にしていた酒瓶をシャルルに向ける。当然断る訳にもいかず、シャルルは再び自分の猪口を空にした。


「おうおう、いける口だねえ」

 そう言って、サブロがニヤリ笑った。


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