溶けない意思⑤
ちょうど太陽が真上に差し掛かった頃、2人は火口に辿り着いた。体感温度は70度を超えているだろう。事前に用意していた水の護符が無ければ数分で、倒れていたに違いない。
ドドラは相変わらず迷う素振りも見せず、火口の縁を歩いて行く。そして、火口の内側へと続くスロープ状の溶岩を発見すると、躊躇することなく滑り下りた。
その先は、まさに「溶岩の濁流」だった。グツグツと気泡を吐き出すマグマの間を縫うようにして、1本の狭い道が奥へと続いている。恐らく、道幅は30センチも無い。一歩でも足を踏み外せば、間違いなく1000度を超える超高温の濁流に飲み込まれるだろう。
ドドラの体力は限界に近い。しかも、体中傷だらけの状態である。奥へと続く道は、終わりが見えない。普通に考えれば、行くべきではない。だが―――
「よし、行こう!!」
ドドラの言葉に、苦笑いを浮かべながらシャルルは同意する。
慎重に一歩ずつ確実に前へと足を運ぶ。
死と隣り合わせの行軍は、想像以上に神経を摺り減らしていく。
徐々に上体が揺れ始めるドドラ。足下が震えている。ようやく終点が見えてきてはいるが、まだ300メートル以上はある。
そして、ついにその足が止まった。膝が笑っている。鎚矛を持つ手が力無く下がり、もはや持ち上がりそうにない。
もう、今度こそダメかも知れない。
シャルルは静かに、その後ろ姿を見守る。
最悪の場合、シャルルがドドラの手を掴んで転移する。それで終わりだ。ドドラが死ぬことはないだろう。死ぬことはない・・・
―――そうか?
本当にそうなのか?
蔑まれ、笑われ、信じてもらえず。それでも、必ずあると信じ一族は探し続けた。自分達のためではなく、世界のために、人々を護るために。何度倒れても、全身傷だらけにしても、死力を尽くしてここまで来た。ここで立ち止まり、引き返して、例え命があったとして、それは生きていると言えるのだろうか?
―――違う。
それは、絶対に違う!!
「ドドラさん!!」
シャルルが絶叫する。
シャルルの意志、本当の心がこもった声援。
その声が、ドドラの背中を突き抜ける。その瞬間、ドドラの頭が前を向いた。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
鎚矛を振り上げ、雄叫びを上げる。
そして、右足が動く、それに左足が続く。再び歩き始めるドドラ。その視線の先には、溶岩の濁流の終点。荘厳なミスリルの扉が見えていた。
ついに溶岩の濁流を踏破し、扉の前にある僅かな空間にドドラが倒れ込む。足はガクガクと震え、もはや立つことさえもままならない。それでもミスリルの扉を見詰め、ドドラは満面の笑みを浮かべる。
1000年以上前、マララ・ドウェルが封印したという伝説の鎚。誰も信じず、それでも一族は探し続けた。その鎚が、もう手の届く所にあるのだ。
逸る気持ちを抑え、呼吸を整えたドララが立ち上がり扉に歩み寄った。そして、扉に両手を当てると全体重を乗せる。震える足に力を叱咤し、最後の力を振り絞る!!
・・・しかし、微動だにしない。扉は全く動く気配を見せない。ドドラががどんなに力を込めても、勢いをつけて体当たりをしても、鎚矛で精一杯殴り付けても、まるで何かの結界でも張ってあるかのように1ミリも動かない。
「そうか、結界か」
ドドラが石板に刻まれていた言葉を思い出した。
確かに、シャルルはこう言った。―――真の勇者を導き―――と。
真の勇者という存在を思い浮かべたドドラは即座に理解する。聖光の鎚は、英雄が使う剣を鍛錬するための道具だ。職人だけが訪れたところで、何の意味もありはしないのだ。真の勇者が共にいて、初めて存在価値がある道具なのだ。
扉の前で両膝を突き、俯いたまま今度こそ力尽きるドドラ。
自分の力でどうにかなるのであれば、「諦める」という選択肢は有り得ない。しかし、自分では解決しようがない理由なのであれば、引き返すしかないではないか・・・ここに、真の勇者などいないのだから!!
その時、一部始終を見ていたシャルルがドドラの横に並ぶ。ゆっくりと、ドドラはシャルル見上げた。その視線の先で、シャルルが扉に手を翳す。その瞬間、パキィンという破砕音が周囲に鳴り響き、ミスリルの扉がゆっくりと内側に向かって動いた。
驚愕するドドラ。シャルルは全く表情も変えず、内部を見て呟いた。
「さあ、最後の試練のようですよ」
その言葉に、ドドラは弾けるように前を向く。
扉の向こう側はかなり広い空間で、奥行きが30メートル以上あった。その最奥部には祭壇があり、そこに金色に輝く鎚が立てられている。それが伝説の鎚、聖光の鎚に間違いない。しかし、扉と鎚との中間地点に、真っ赤な炎が揺らめいていた。
「ウィル・オ・ウィスプ・・・鍛冶の精霊」
極悪人であった鍛冶職人のウィルが、神によって鬼火に変えられたという伝説が起源である。しかし現在は、現世に未練を持った鍛冶職人が精霊化したものと言われている。




